エピローグ 大学で  9月21日 午前11時

 歓迎旅行から帰って私はとにかくバイトに精を出した。

 たまに法子と会って渋谷や原宿に行ったり、世田谷区の祖師谷にある法子の実家にお邪魔したりしたが、何かしていないと藤堂さんのことで頭が混乱してしまいそうだった。

「律子、ホントに藤堂さんのこと好きだったんだね?」

 法子にそう言われて私もそう思った。やっぱり、藤堂さんのこと好きだったんだって。

 私はそんな程度で混乱してしまうような女だが、法子はもっと辛かったに違いない。

 華子先輩に藤堂さんを警察に売った女だと非難され、同好会から抜けるように宣告された。とんでもない話だ。結局裕子先輩のとりなしでそのことはおさまったが、法子の受けた傷は深かったはずだ。

 それでも法子はそんなことを全然感じさせない笑顔で、逆に私を慰めてくれた。私はそんな法子の心遣いが嬉しくて泣いてしまい、余計彼女に迷惑をかけてしまった。


 そんな中で事件に関する様々な情報が田島さんからの定期的な法子への手紙でわかっていった。彼、真剣に法子に交際を申し込んだらしい。でも法子は、

「私なんて、気が強くて口論好きで同性に嫌われるタイプですから、他の方とおつき合いされた方がよろしいですよ」

 丁重に断った。しかし田島さんは諦めきれずに、捜査の報告と称して手紙を送って来ているのだ。

 田島さんからの手紙でわかったのは、まず第一に静枝が妊娠していなかったということ。

 彼女も武さんも死んでしまった以上真相は闇の中だが、恐らく静枝は武さんが心変わりをしているのを知り、何とか二人の仲をつなぎ止めるために行子までだまして妊娠したフリをしたのだろう。今となっては何とも悲しいお芝居ではあるが。

 そして、もう一つ。藤堂さんの武さん殺害の真相だ。これはかなり衝撃的だった。

 武さんは静枝の妊娠を疑っていなかった。ただ自分ではないと考えていたようだ。彼は、藤堂さんを疑っていた。

 実は藤堂さんは静枝にも手紙を出したり、電話をかけたりしていたらしい。もちろん、以前は裕子先輩にも。とにかく藤堂さんは、女と見れば誰彼かまわず誘惑していたのだ。えっ? ということは、お誘いがなかった私って一体何? ちょっとムカつくな。

 武さんはそのことを静枝から聞いて知っていたらしい。だから藤堂さんがあの日の夜部屋に来た時、静枝の妊娠のことを話し、藤堂さんを問いつめた。藤堂さんは身に覚えがないことで非難されたので頭に来て武さんを殴り殺してしまったのだ。

 だが、動機はそれだけではなかった。武さんは、藤堂さんが法子に気があるのも気づいており、早く彼女にしないと俺がとってしまいますよ、と言ったようなのだ。つまり、武さんが好きな同好会のメンバーとはやはり私の睨んだ通り、法子だったのだ。

 藤堂さんは静枝のことはまだ我慢できたが、法子のことには我慢がならなかったという。それが武さん殺害の一番の動機だった。要するに、藤堂さんは発作的に武さんを殺したのではなかったのだ。というか、その場は発作的だったかも知れないが、機会を伺っていたということなのだ。ますますショックだった。

「……」

 藤堂さんの動機が自分にあると知った法子の胸中は、とても私には推し測れなかった。彼女はそのことについて何も言わないので、私も何も聞かなかった。


 さらにその後の田島さんの手紙で、藤堂さんが武さんと静枝の切断された首は湖に麻袋に入れて斧を重石にして沈めた、と証言したことを知った。北野さん達は県警の応援も得て湖を捜索したが、二人の首は未だに発見されていないそうだ。悲しいことだ。二人はきちんと成仏できるのだろうか。ふとそんなことを考えてしまった。


 夏期休暇は過ぎて行き、やがて後期の始まりの日がやって来た。

「おはよう、律子」

 何日かぶりに見る法子の笑顔は初めて会った時と少しも変わっていなかった。彼女、すっかり吹っ切ったんだ。

「おはよう、法子」

 私も精一杯の笑顔で応じた。そこへ行子が現れた。

「おはよう」

 彼女も何とか立ち直ったようだ。法子が、

「ごめんなさいね。草薙さんのお葬式、ずっといてあげられないで」

 声をかけると、行子はニッコリして、

「いいのよ、中津さん。静ちゃんは貴女に一番感謝してるから、そんなこと気にしないで」

 そして、

「華子先輩が中津さんにひどいこと言ったらしいけど、あの先輩方の言うことなんか、気にしちゃダメよ」

とまで言ってくれた。法子は微笑んで、

「ありがとう、戸塚さん。貴女、強くなったわね」

「ええ。静ちゃんの分まで強くなるの」

「そうね」

 本日の講義は二限目が休講だったので、私達は食堂棟にある喫茶室に足を伸ばした。

 私達はそこでいろいろな話をして楽しく過ごした。こんな感覚って、しばらくなかったことだ。

 やがて行子は文学部の学部棟に行った。私達も自分達の講義があるホールに向かった。

「そうそう、今度のお休みに実家に来て」

 法子が唐突に言った。私は、

「えっ? 何かあるの?」

 法子はニコッとして、

「おじ様が来るの」

「えっ?」

 法子は自分が一人でわかっていることに気づいて苦笑いし、

「警視庁の知り合いの人が、休暇がとれそうなので、私の家に遊びに来るのよ。いろいろ事件の話が聞けるわよ」

「へェ。それ、楽しそうね。行かせていただくわ」

 私はニコニコして応えた。まさか、またとんでもない事件に巻き込まれるとは、夢にも思わずに。

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湖畔の殺人 神村律子 @rittannbakkonn

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