第十七章 事件の検証  9月 2日 午前 8時

 私達が保養所に入って行くと、ロビーに藤堂さん達が集まっていた。みんな蒼い顔をして、法子と私の方を見ていた。

「発見された死体って、草薙さんなのか?」

 皇さんが恐る恐る尋ねて来た。法子は悲痛な面持ちで、

「恐らく」

 藤堂さんと裕子先輩、須美恵先輩と華子先輩、美砂江と行子が顔を見合わせた。行子は蒼いどころか、顔が白くなっていた。

「静ちゃん……」

 彼女は今にも倒れそうだった。美砂江が支えてあげなければ、実際倒れていたかも知れない。

「どうなってるのよ、ホントに!?」

 須美恵先輩が叫んだ。華子先輩はガタガタ震え出していた。

「くそっ……」

 皇さんはやりきれないのだろうか、何度も聞こえるか聞こえないかという程度の声で、そう言っていた。親友だった人の死、そして好きだった人の死。え難いものがあるだろう。

「何故だ? どうして草薙さんは殺されたんだ?」

 皇さんは法子に詰め寄って尋ねた。いや、ほとんど尋問している刑事のようだった。法子はそれでも冷静に対処した。

「何故かはまだわかりません。でも必ずわかるはずです。この世にわからないことなんて何一つあるはずがないのですから」

 法子は皇さんを慰めるかのような優しい目で言った。皇さんは法子の言葉に少し安心したのか、

「そ、そうだね」

 微笑んで応えた。法子はさらに、

「とにかく今は、警察の人に任せるしかありません」

 すると須美恵先輩が、

「警察に任せておいたら、また誰か殺されてしまうかも知れないわ! 私達で、何とかしないと……」

「でも、もしかするとこの中に犯人がいるかも知れないんですよ」

 美砂江が須美恵先輩の恐怖心をあおるようなことを言った。その時華子先輩が突然走り出した。

「どうしたのよ、華子?」

 須美恵先輩がビクッとして尋ねた。華子先輩は振り返りもしないで、

「家に電話するのよ!」

 怒ったように応えた。

「バカなこと言わないでよ、大和さん」

 裕子先輩が言うと、美砂江は、

「バカなことじゃないですよ。中津さんが始めにそう言ったんですから。ね、そうでしょ?」

 法子に同意を求めて来た。法子は美砂江を見て、

「そうは言ってないわよ。私は武さんが保養所の中で殺された可能性があるって言っただけよ」

 美砂江はプーッと剥れて、

「何よ、はぐらかすつもり?」

「そんなことないわ」

 法子は困り顔で対応していた。彼女は美砂江みたいなタイプが苦手のようだ。藤堂さんが、

「やめなよ、大和さん。中津さんが困ってるじゃないか。言葉尻を捉えて揚げ足を取るようなことは、あまり感心しないな」

 法子を助けてくれた。美砂江は再び剥れたが、藤堂さんには何も言い返せないのか、黙っていた。

「とりあえず食事が用意されているから、頂こうよ」

 藤堂さんのその言葉に誰も反応しなかった。私も食欲というものがすっかりなくなっていた。こんなことが何日も続けば不謹慎な考えだが、たちまちダイエットは成功するのではないか、と思った。

それでも私達はせっかく用意してくれた給仕のおばさん達に悪いと思い、朝食を頂くことにした。


 食後、法子は私を自分の部屋に連れて行き、事件の検証を始めた。

「草薙さんはどうして殺されたのかしら?」

 部屋に入るなり、彼女は私に問いかけて来た。私は一瞬面喰らったが、

「犯人を知っていることを犯人自身に気づかれたとか」

 適当なことを言った。すると法子は大きく頷いて、

「その可能性はあるわね。草薙さんのあの脅えよう、尋常じゃなかったわ」

 あれま、何てことでしょ。

「でも、もしそうだとしたら、何故草薙さんは犯人の正体がわかったのかしら?」

 法子は再び問いかけて来た。私は、

「ウーン……」

 考え込んでしまった。そうそう、適当な答えは出て来ないものだ。法子は私の答えを待たずに、

「何かあるはずなのよ。草薙さんが犯人の正体を知り得たことが…」

 やはり考え込んだ。

 しばらくの沈黙の後、法子が口を開いた。

「それにこの事件の一番の謎は、前の三つの事件の犯人しか知り得ない殺害方法を今回の事件の犯人も知っていた、ということ。この謎が解けない限り犯人もわからない気がする」

 私はあれっと思って、

「でも法子、犯人は同一人物じゃないの? 別人だとは思えないんだけど」

 しかし法子は、

「いえ、犯人は同一人物じゃないわ。別人よ。さっきの謎が大きな障壁だけど、別人よ」

 そして、

「その謎以上に、同一人物であり得ない状況証拠があるわ。第一に、武さんが殺されたのが、部屋の中らしいこと。第二に、武さんが殺された時、バスタオル一枚を巻いていたか、何も身につけていなかったかのどちらからしいこと。そして、第三に、草薙さんが犯人を知り得たらしいこと」

 私は頷きながら、

「そうねェ。そうよねェ。それって、前の三つの事件の犯人が今度の事件の犯人だとすると、妙な話になるよねェ」

 するとその時、ドアがノックされた。

「はい、どうぞ」

 法子が応えると、ドアを開いて顔を見せたのは、行子だった。

「戸塚さん」

 私達ーは行子の顔色の悪さに驚き、すぐに彼女に近づいた。すると行子は、

「お願い、中津さん、犯人を捕まえて」

 ワッと泣き出した。

「戸塚さん……」

 法子は泣きじゃくる行子を支えて椅子に座らせ、

「どうしたの? 草薙さんから、何か聞いているの?」 

 行子は、

「ええ。静ちゃん、言ってたの。『私は殺される』って。私、静ちゃんが混乱して言ってるのだと思ったので、心配しないでって言って、ちゃんと聞いてあげなかったの。私のせいだわ、静ちゃんが殺されてしまったのは……」

 嗚咽を抑えながら応えた。法子は微笑んで、

「そんなことないわよ。貴女のせいじゃないわ。気にしちゃだめよ、戸塚さん」

「ありがとう……」

 行子もちょっとだけ微笑んで法子を見た。法子は真顔に戻って、

「草薙さん、他には何か言ってなかったの?」

 行子は法子の問いに必死になって記憶の糸を辿っているようだ。

「あとは、また『マガクだったのよ』って。私が何って尋ねると、『どうしてわからないの』って怒り出して……」

 また「マガク」か……。何のことなんだろう? 法子はしばらく考え込んでいたが、

「何か犯人に辿り着くものなのかもね。検証してみるわ」

 行子はその言葉に安心したように、

「お願いします、中津さん。静ちゃんの仇、とって」

「ええ。必ず犯人を見つけるわ」

 行子は丁寧にお辞儀をして、部屋を出て行った。

「何だろ、『マガク』って?」

 私が言うと、法子はドアの方を見たままで、

「何だろうね。でも、案外、私達がうっかり見過ごしてるものかも」

「そうかなァ……」

 法子は私を見て、

「話を戻すけど、犯人が三つの殺人事件の犯人と同一人物でないとしたら、何故武さんと草薙さんを殺し、首を斬ったのか? 三つの殺人事件の被害者の身元はかなり時間がたってから判明したのよ。今度の事件の場合、すぐに誰なのかわかってしまった。犯人が首を斬った理由が、よくわからない」

「そうね。どうしてなのかしら?」

「それと、草薙さんを呼び出したメモを書いたのは、武さんだったのか、犯人だったのか、あるいは第三者だったのか?」

「やっぱり犯人なんじゃない? 草薙さんを陥れようとしたのよ」

 私は言ってみた。しかし法子は、

「そうね。恐らくメモを書いたのは、犯人でしょうね。でも、それは草薙さんを陥れようとしたのではないと思う。武さんの死体を発見してほしかったのよ、犯人は」

「どういうこと?」

 私は法子の言おうとしていることが今一わからなかったので、聞き直した。法子は、

「犯人は急ぐ必要があったのかも知れないわ。推測でしかないけどね」

 そしてさらに、

「武さんは部屋の中で殺された可能性があるのに、湖まで死体を運んだのは何故なのか? そして、草薙さんの死体はどうして保養所の裏で発見されたのか? それに、斧は何故なくなっていたのか?」

 次々に湧き出て来る謎に、私は混乱していた。

「謎はつきないわ。何か糸口が見つからないと……」

 法子は行子に言われたことを重く受け止めて必死のようだ。私も助けてあげたいけど、どうすることもできない。ああ、情けないなァ。

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