第十六章 さらなる惨劇  9月 2日 午前 7時

 私は法子が起き出すのを感じ、ハッとして目を覚ました。

「ごめん、起こしちゃった?」

 法子は着替えながら言った。私は眠い目をこすりながら、

「どうしたの?」

 法子はスッと髪をまとめて束ね、

「何かあったらしわ。外が騒がしいのよ」

 私はビクビクしながら、

「何があったの?」

「私も今起きたところだから、そこまではわからないわ。ちょっと外を見て来るわね」

 法子は部屋を出て行こうとした。私は仰天して、

「ま、待ってよ。私も一緒に行くわ」

 慌てて着替えた。こうして私はシャワーを浴びる機会を失ってしまうのである。

 法子と私はドアをそっと開けて、廊下の様子を見た。まだ誰も起きていないようだ。ということは、あのザワザワとした話し声に気づいたのは私達だけなのかな? おっと、正確には法子だけか。

「何かあったの?」

 私が優越感に浸っているところへ裕子先輩が現れた。先輩も今起きたばかりという顔だったが、やはり元々の造りが違うせいか、素っぴんのはずなのに、全然そんな感じがしない。そう言えば法子も化粧してるの見たことないけど、彼女、いつもノーメイクなのかな? うらやましい。

「そうみたいです。外で何人かの人が話しているようです」

 法子は応えた。それから私を見て、

「さっ、行ってみましょ」

 先輩がビックリして、

「止めた方がいいわ。もし何か起こっているのなら、見ない方がいいわよ、そういうのって」

 身震いしながら言った。すると法子は、

「大丈夫ですよ。私の母の実家がお寺で、叔父が葬儀屋なので、大概のことでは驚いたりしませんから」

 ニコッとした。私は思わず先輩と顔を見合わせてしまった。ああ、やっぱりこの娘、変わってるわ。

「あ、あのさ……」

 私は今の法子の言葉に現場の壮絶な状況を想像してしまい、後込みした。法子は微笑んだままで、

「平気よ。何かあったのかどうか、まだわからないんだから」

「それはそうだけど」

 法子は乗り気でない私の手を引いて階段を降り始めた。そこへ、

「どうしたの? 」

 藤堂さんが現れた。皇さんもその後ろにいる。

「外が騒がしいんです。何があったのだろうと思って、今から見に行くところなんです」

 法子が応えると、藤堂さんは、

「そう言えば、何か人の話し声のようなものが聞こえた気がするな」

 思い出すように言った。法子は、

「それじゃ行きましょうか」

 私を引っ張って降り出した。私は藤堂さんと裕子先輩に救いを求めようとして目を向けたが、二人は何か話し込んでおり、私のウルウルしている視線に気づいてくれなかった。仕方ない。法子について行くしかないか。


 現場は昨日法子と私が行った保養所の裏のようだ。外にはたくさんの警察関係者がおり、忙しそうに動き回っていた。

「おはようございます。何があったんですか?」

 法子が眠そうな顔で歩いて来た田島さんに声をかけた。彼は法子の姿を見てちょっとビックリしたようだ。慌てて乱れた髪を手櫛で整えた。ははァ、田島さんのお気に入りって法子か。

「保養所の裏でまた死体が発見されたんですよ。しかも同じように首無しで」

 田島さんは答えた。ゲッ。首無し死体…? どうしよう?

「身元はわかったんですか?」

 法子は顔色一つ変えずに尋ねた。田島さんは力なく首を横に振り、

「いえ。死体は首がない上、着衣は何もありませんから。今付近を捜索中です」

「そうですか……」

 私はもう失神寸前だった。まさか今度の死体も同好会の誰かなのでは……。

「おはようございます」

 北野さんが保養所の裏から現れた。法子はニコッとして、

「おはようございます。朝早くから大変ですね」

「いやいや。もう慣れっこですからね。それにしてもまた一人犠牲者が出てしまうとは……」

 北野さんは悔しそうだ。法子は真顔になって、

「私達に何かお手伝いできることはありませんか? 」

 北野さんはしばらく黙って法子を見つめていたが、

「そうですね。一応、死体を確認していただけますか?」

 ヒーッ! 何てこと言うのよ、法子!

「わかりました。律子はここにいて」

 法子はそう言い残すと北野さんと共に保養所の裏に行ってしまった。もう、信じられない娘だ。

 私は法子を待つ間、田島さんに死体発見の経緯を聞いた。

 死体の発見者は何と管理人さんだった。管理人さんは夕べ私達が保養所の裏をウロウロしているのを見て、草刈りをした方がいいと考え、今朝六時に裏に行って草刈りを始めた。刈り取った草が結構な量になった頃、管理人さんは誰かが草むらに倒れているのに気づいた。どうしたのだろうと不思議に思い、近づいてみて色を失った、といったところのようだ。

「被害者は、若い女性です。もしかすると……」

 田島さんは言いかけ、口をつぐんだ。私は思わず身震いした。そこへ法子が悲痛そうな顔で戻って来た。北野さんも一緒だ。

「どうだった、法子?」

 私がやっと声に出して尋ねると、

「たぶんあの死体、草薙さんだと思う」

 その発言はとてつもなく衝撃的だった。静枝が殺された? どうして…?

「お嬢さん、間違いありませんかね?」

 北野さんが念を押すように尋ねた。法子は北野さんをまっすぐ見て、

「まず間違いありません。あの腕と脚、草薙さんです」

 そして、うつむくとギュッと目をつぶり、信じられないというように、ゆっくりと頭を振った。武さんの時と違い、さすがの法子もかなり参っているようだ。

「大丈夫ですか?」

 田島さんが心配そうに法子に声をかけた。法子はその声に応じて目を上げ、

「大丈夫です、田島さん。お気遣いありがとうございます」

 田島さんは赤くなりながら、

「い、いえ、どういたしまして」

 この人、結構純情なんだな。

「ところで、例の犯人にしかわからない方法はまたなされていたんでしょうか?」

 法子が尋ねた。 北野さんが、

「ええ。施されていましたよ。何故今度の事件の犯人が、そのことを知っているのか、どうしてもわかりません」

「そうですか……」

 法子の顔はすっかり深刻な表情になっていた。彼女は、武さんと静枝を殺した犯人は前の三つの殺人事件の犯人とは違う人物だと考えているから、今わかっていることでそれが否定されてしまうため、謎を解こうとして必死なのかも知れない。

「死因は何でしょうか?」

 法子が不意に尋ねた。北野さんはハッとして彼女に顔を向け、

「恐らく鈍器による撲殺でしょう。胴体には何の損傷もありませんから。頭に致命の一撃をくらわせたと考えるべきでしょうね。首の切断部分には、生活反応がないようです。これは武君の場合も同じなのですが」

 生活反応があるということは生きている時に受けた傷だということで、それがないということは、首は死後切断されたということになる。

「じゃあ犯人は殺害方法をわからなくするために首を斬ったんですか?」

 私は少々ムカついて尋ねた。もしそうだとしたら何てひどいことをする奴なんだろう。

「おそらくそうでしょう。と言うよりその可能性が一番高いと言った方が正しいでしょうね」

 北野さんは私に目を転じて答えてくれた。法子が、

「現場に斧はありましたか?」

 田島さんが、

「いえ、ありませんでした。管理人さんも斧がなくなっていると言ってましたよ」

「そうですか」

 法子は再び考え込んだ。そして、

「現場周辺には全く血痕がありませんでしたけど、殺害現場が別の場所ということなのでしょうか?」

 さらに質問した。すると北野さんが、

「血痕がないのは殺害現場が違うからかも知れませんが、もう一つ原因が考えられます」

「どういうことですか?」

 法子は北野さんをジッと見つめて言った。北野さんは、声をひそめて、

「犯人は恐らくガイシャの頭に布袋のようなものをかぶせて撲殺し、その上で首を斬り、処分したものと考えられるんです」

 あっと小さく叫んだ。田島さんも仰天したように北野さんを見た。法子がすかさず、

「その布の袋をかぶせて撲殺するのが、切り裂きジャックのやり方。しかもそのことが、マスコミに発表していない事実なんですね」

 指摘したので、私にはようやく合点がいった。北野さんは苦笑いをして、

「またやられましたね。どうも貴女は、他人にカマをかけるのがお得意のようだ。いい女刑事になれますよ。なァ、田島?」

 田島さんは何故か赤くなって、

「え、ええ、そうですね」

 法子も微笑んで、

「ありがとうございます」

 そして、

「北野さん、昨日お願いしておいた資料、持って来ていただけましたか?」

「はい。田島」

 北野さんは田島さんを見た。田島さんは頷いて、車に走って行った。

「北野さん、昨日気づいたのですが」

 法子は三つの殺人事件の被害者の共通点を話した。北野さんはすっかり驚いていた。それでも、

「そんな関係が。なるほど、そいつは参考になりますよ」

 少しだけ嬉しそうに微笑んだ。そこへ田島さんが、大きな茶封筒を持って戻って来た。

「どうぞ」

 田島さんが差し出した封筒を、

「ありがとうございます」

 法子が受け取った時、彼女の指が田島さんの手に触れた。田島さんの顔は、爆発するんじゃないかというくらい、真っ赤になった。そして彼はそれと気づかれたくないのか、そそくさと保養所の裏へ、仕事が残っているような顔をして走って行ってしまった。

「あいつ、いい奴でしょう」

 北野さんが田島さんを見送りながら言った。法子は頷いて、

「そうですね」

 北野さんは法子を見て、

「どうです、見合いしてみませんか?」

 唐突に言い出した。さすがの法子も一瞬キョトンとしたが、やがてクスクス笑い出して、

「何言ってるんですか。田島さんに悪いですよ」

 北野さんも笑って、

「そうですか」

 右手で挨拶して、現場に向かった。

「法子」

 私が声をかけると彼女は私を見て、

「中に入ろうか」

 玄関に向かって歩き出した。私は慌ててその後を追った。

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