第十九章 行子の話 9月 2日 午前11時30分
「戸塚さん、どうして草薙さんがそんなことを言い出したのか、順を追って説明して」
法子が行子を促した。行子は頷いて、
「ええ。私、榛名富士から戻って最初に静ちゃんの部屋に行った時、静ちゃんをなごまそうと思って、神社の話や榛名富士の山頂から見たきれいな景色の話をしたの。静ちゃんは全然関心を示してくれなかったんだけど、神社で写真を撮って絵馬を買ってみんなの名前を書いて奉納したって言ったら、やっと『私と尊通さんの名前も書いてくれた?』って、話に乗って来てくれたの。ようやく静ちゃん、武さんとのケンカを忘れられたんだなってその時は思ったわ」
法子と私はただ相づちを打つだけで、言葉ははさまない。行子は続けた。
「それから武さんが殺されたってわかって、静ちゃん、混乱していろいろ言って大変だったんだけど、私、静ちゃんが言ってた『マガク』っていう言葉ばかりが印象に残ってて、他に静ちゃんが言ってたこと、ほとんど忘れてたの。そんな中で、さっき言った『神社に行けばわかる』っていう言葉を思い出したの」
「じゃあ、何故草薙さんがそんなことを言ったのかわからないのね?」
法子が言うと、行子は力なく頷いて、
「ええ。ごめんなさい、役に立たないわね、こんな話」
「そんなことないわ。何となく見えて来たのよ、今の戸塚さんの話で」
法子は頂上が見えて来た時の登山者のように、充実した顔をしていた。
「もう一息ってとこね、頂上まで」
彼女は言った。私はキョトンとして、
「何かわかったの?」
法子はニコッとして、
「ええ。わかったわ。あとは、どうやってそれを証明するかなんだけど」
ということは法子は犯人が誰かわかったのだろうか? 興味があったが、怖くて確かめられない。
「戸塚さん、草薙さんは武さんのメモのこと、何か言ってなかった?」
法子は質問を続けた。行子は小首を傾げて、
「そうね……。なくしたんじゃないって、言ってたような気もするけど……」
法子は大きく頷いて、
「そう。なくしたんじゃないってね。あとどうして自分は殺されると思ったのか言ってなかった?」
行子はさっき以上に考え込んだ。ちょっと出て来ないようだ。
「言ってたことははっきり覚えてないけど、静ちゃん、犯人を知ってるようだった。今思い出してみるとそんな気がするってだけなんだけど」
行子は記憶の糸を必死で辿りながら応えた。さすがにエラリー・クイーンのファンだ。細かいことまでよく思い出してる。すごいよな。
「よし。罠を張ろうか」
法子は唐突に言った。
「えっ?」
私と行子は顔を見合わせてから、同時に法子を見た。
「どういうこと?」
私が尋ねると、法子は私を見て、
「もう少し待って。警視庁に連絡して切り裂きジャックをまず逮捕してもらわないとね」
「ええっ!?」
私と行子はますますわからないという顔で、法子を見た。
「とにかく、戸塚さん、今の話私が言っていいって言うまで、誰にも話さないでね」
「ええ、わかったわ」
行子はビックリしたように法子を見て、応えた。
「さっ、中に入りましょ、もうお昼よ」
法子は言い、カフェテラスを離れた。
法子は昼食の間、何事もなかったかのように普通にして、私や行子、そして裕子先輩達と会話をかわした。私には法子がどうするつもりなのかはっきりわからなかったので、内心ドキドキものだったが。
食後、法子は警視庁に電話をかけた。もちろんうるさい須美恵先輩と華子先輩、そして美砂江に見られないように。
「さっ、作戦会議よ」
法子は私と行子を自分の部屋に連れて行った。
「どうするの、法子?」
私がたまりかねて尋ねると、法子は真顔で、
「警視庁の知り合いの話では、私達の大学のことはかなり有力な情報だったらしいわ。切り裂きジャックが逮捕されるのは時間の問題みたいよ。彼もまさか、警察が被害者のつながりが大学だと突き止めたとは夢にも思っていないでしょうからね」
「切り裂きジャックが逮捕されると、何がわかるの?」
私ははぐらかされた思いを抱きながら、重ねて尋ねた。法子は、
「切り裂きジャックと今度の殺人事件の犯人との接点よ」
「接点?」
私はオウム返しに言った。法子は頷いて、
「そう。その接点こそが、今回の事件の犯人がどうして切り裂きジャックの殺害方法を知り得たのかを教えてくれるはずだわ」
と説明してくれたが、私にはどうも理解不能だった。
「だからあとは待つだけ。じゃ、解散ね」
法子は私と行子を部屋から追い出し、ドアを閉めてしまった。私は三たび行子と顔を見合わせてしまった。
「どうしよう?」
行子が尋ねて来た。私は肩をすくめて、
「仕方ないから部屋で法子待ちね」
行子を残して自分の部屋に戻った。
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