第4話 社会人とビーフシチュー 後編

 魔界は、魔王により統治されている世界だ。

 ただ、その世界には魔物だけではなく、人間も住んでいるのだと言う。

 人間と魔物の間では争いが絶えず、度々戦争も起こっていると言う。


「捕まった人間は、やっぱ奴隷になるんすか」

「いやいや、まさか。魔王様は温厚な方ですから」

「部下を消し炭にする奴を世間では温厚とは呼ばない」

「うちの社食でも人間のスタッフはいます。魔物の女の子と結婚をした例もありますし、必ずしも憎しみ合っているわけではないんです」

「へぇ、種族違いの結婚ってなんか良いっすね」


 特殊性癖か何かだろうか。


「サキュバスなんかは人間がすごい好きなんですよ。だから、人間の男性ってだけで魔界では引く手数多で」

「へぇ……」


 今度紹介してもらおうと、俺は密かに決意した。


「でも、いくら魔王城で働けるのが名誉だからって、そんなにホイホイ殺されてたら皆逃げるでしょ」

「大丈夫ですよ。あとで魔王様が生き返らせて下さいますから」

「大丈夫なの? それ」


 倫理観が壊滅しているような気もしないではない。


「まぁ、魔物も人も、種族が違いますから、分かち合えない人がいるのも仕方がないんでしょうねぇ……」


 安西さんはそう言いながら、じっと俺を見る。


「なんすか?」

「まぁ、皆が鳳くんくらい適当だと良いんですねぇ、ほっほっほ」

「何ワロとんねん」


 安西さんは笑い終えると立ち上がる。


「それでは、私はそろそろ明日の準備をしようかと思います。何としても明日は魔王様を喜ばせて汚名挽回しないとなりませんからね」

「挽回するもの間違ってますよ」


 そこで、俺はふと思いついた。


「安西さん」

「はい?」

「一つ、考えがあるんですが」


 ○


 次の日、俺が如月荘に帰ってくると、管理人さんが共用キッチンで料理をしていた。キッチンとリビングはダイニング形式で繋がっているため、テーブルにご馳走が並んでいるとすぐ分かる。


「管理人さん、戻りました」

「お帰りなさい」


 お帰りなさい、か……。

 悪くない響きだ。

 まるで夫婦のようではないか。

 結婚するしかない。


 俺が管理人さんにプロポーズしようかと思っていると、リビングから「おかえりなさい、鳳くん」と安西さんの声がした。居たのか。


「なんか今日はご馳走っすね」

「ええ、安西さんの昇進祝いです」

「昇進?」


 昨日ミスってヘコんでた気がするが。

 一日二日で昇進とは、魔王城の人事管理はどうなっているのだ。


「ほら、鳳くんが昨日教えてくれた方法、今日早速試してみたんですよ。すると、魔王様がいたく気に入ってくださって。教えてもらったビーフシチュー、魔王様やご子息様を始め、社食でも大好評でした」

「そりゃ良かった」

「おかげさまで、私も社食料理長から、魔王室兼社食料理長に出世しましたよ」

「仕事増えてない?」


 ほっほっほと笑う安西さんはどこか朗らかで。

 なんかその姿を見ていると、世界平和ってのは案外遠くないんじゃないかと思えた。

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