12-5 家族
トムじいさんとの思い出は、本当にたくさんある。名言博物館と呼んでも良いくらいの名言を、俺はよく彼から頂いていた。
博識だったトムじいさんは、子供が怪我をしたら山に生えている薬草を使って応急処置をしたり、雲の流れから夕立を予見してみせた。でも、絶対に怒ることはなかった。
優しくて、穏やかな人だった。
人としての器のでかさとは、この人のことだろうと幼心に俺は確かに思っていた。
「うちの孫娘は美人で優しい子なんだが、なかなかいい縁談が無くてね」
ある日、店のピークを終えたトムじいさんと俺は、ベンチに座って話していた。そんな時、ポロリとこぼすように、トムじいさんは口にしたのだ。
「せめて花嫁姿は見ておきたいんだが、それは難しそうだ」
「トムじいさんの孫? いくつなの?」
「さてなぁ。年齢など、とうに数えんようになったからなぁ」
「じゃあおばさんなの?」
「何を言う。ばあさんによく似た美人だぞ」
「ふーん」
俺はそう言うと、立ち上がってベンチに座るトムじいさんに向き直る。
「じゃあ僕がお婿さんになってあげるよ!」
「鳳君が?」
目を丸くしたトムじいさんに、俺は頷くを
「うん! 僕が大きくなったら、トムじいさんの孫と結婚するよ! んで俺も、トムじいさんの孫になる!」
するとトムじいさんは大きな声で笑い出した。
「そうかそうか。わしの孫になるか。それは楽しみだなぁ」
「冗談じゃないぜ! 男は有言実行じゃん!」
「それなら、まかせてみようか。いつかきっと、孫娘が君と会う事を信じて」
トムじいさんは、ゆっくりと大きく分厚い手を俺の頭に乗せる。
あの時のトムじいさんの笑顔は、今も忘れそうにない。
トムじいさん。確かにあんたの孫、美人で優しい人でした。
ただ。
結婚できるかは、わかんないっす。
「他に祖父の話、ないんですか?」
「そうっすね……クラスメイトの田中の話とか、面白いですよ。トムじいさんの帰りをつけてたけど、絶対にトムじいさんが背後に回り込んでくる話」
「聞きたい!」
「あ、でも、管理人さん……」
管理人さんに頼まれて、トムじいさんの話をしているうちに、外はもう夕方で、日が陰って来ていた。
「掃除……」
「あっ! 行けない!」
俺たちは慌てて蔵を片付けるも、すでにグラデーションとなった空はだいぶ夜色に染まっていた。
「やっちゃいましたね……」
「まぁ、掃除は明日に持ち越しって事で」
「明日鳳さん、用事は?」
「あ、バイトだったんだ」
話しながら如月荘に向かっていると、妙に庭がキレイなことに気づいた。
伸びっぱなしだった草が、均一に整えられている。
俺たちは不思議に思い、顔を見合わせる。
すると、如月荘の入り口から、わいわいと騒がしい声がした。
入り口の横には切られた草が山のように積み上げられている。
こっそりと如月荘の中を覗くと、祈さん、安西さん、桔梗の姿があった。手にはモップを持ち、何やら騒がしい。
「だから、もっと端の方をしっかりかけろって言ってんでしょが!」
「うるさいなぁ。あんた掃除奉行かいな」
「これも魔法でどうにかならないんですか?」
「手作業の方が早いのよ、こういうのは」
三人とも、掃除をしていた。
いったいいつ戻って来たんだろうか。
「皆さん……すっぽかしたと思ってたのに」
「意外っすね」
大量の草刈りは、恐らく祈さんが魔法で片したのだろう。さすがは国家所属魔女。実力は確かなわけだ。
「何揉めてんすか」
俺と管理人さんが中に入ると、祈さんが「遅いわよ」と言った。
「用事済ませてな戻ってくりゃいないし……何サボってんのよ」
「サボってたのはお三方でしょ。どこ行ってたんすか」
「私は魔法研究所。報告会があったから」
「私も職場で仕事の締め作業を。年初めの準備がありましたから」
「うちはちょいと昔の知り合いに呼ばれててなぁ。年末、狐は忙しいんや」
「みなさん用事あったんすか?」
「朝聞いた時には何もないって……」
「そりゃあ、ねぇ?」
三人が顔を見合わせて呆れたように笑みを浮かべる。
「管理人はんが、あれだけ張り切ってたら、水はさせへんやろ」
「我々なりの気遣いですよ」
「ならせめて一言言ってから行ってくださいよ」
「言ったと思ってたんだけどね」
「お互いに誰かが言うだろうと思って、誰も言わんと出て来てもうたみたい」
「まぁ、よくあることです」
何か言おうかと思ったが、まぁいいか。
悪びれもせずそう言うと三人を見てると、なんだか力も抜ける。
管理人さんと顔を見合わせて、俺たちはそっと笑みを浮かべた。やっぱりみんな、なんだかんだ言っても如月荘が好きなんだな。
「じゃあみなさん、もう一息頑張りましょう! そのあとは最高の晩酌です!」
「お、管理人さんやるわねぇ」
「お酒もお願いね」
「ご飯は鳳君の世界のものが良いですねぇ。バリエーションが豊かだ」
歓声が上がる中、俺たちは掃除を開始する。
なんだかんだ。
来年もうまくやれそうだな、みんな。
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