第3話 懇親会と言う名の

 それから数日間は何もなかった。

 今泉も姿を見せず、俺も徐々に合コンの話は忘れつつあった。


「そろそろバイトをせにゃならんな」


 商店街で手にした求人広告誌を眺めながら、大学より家路につく。

 サークルも入っていない、バイトもしていないではあまりに大学生活が損だ。

 俺だってもっと青春したい。

 浜辺で水平線に沈む夕日を眺めながら、落ちる夕焼けに向かって全力で叫んだり、管理人さんと肩を寄せ合ってラブロマンス……ふふ。

 大学生活には夢があるのだ。


 計略を巡らせながら歩いていると、不意にドンッと何かにぶつかった。


「すいません」


 顔を上げると、それは電柱だった。

 何やってんだ俺は。いらぬ恥をかいた。

 周囲の視線がなんか恥ずかしく、求人情報誌で顔を隠しながらそそくさと歩く。


 するとまた電柱にぶつかった。

 どこからかクスクスと笑い声が聞こえる。


「くそっ、なんだってんだ!」


 なんだかイラついて来て、俺の歩行速度はますます上昇する。

 すると、またもやぶつかってしまった。


「よぉ」

「「よぉ」だぁ?」


 ずいぶん馴れ馴れしい電柱だなと睨みつけると、そこに立っていたのは今泉だった。


「待ってたぜ、鳳」

「今泉、お前いつから電柱に……?」

「何言ってんだ。良いから行くぞ」

「どこに?」

「お前の家だよ」


 俺たちは如月荘の前で会話していた。

 いつの間にか到着してたらしい。

 うん? こいつ今、俺の家って言った?


「いやいやいや、うちで合コンはやらねぇって言っただろうが!」

「大丈夫だ。先程管理人さんに許可をいただいた」

「なぬ?」


 俺が驚いていると「あっ、鳳さん、帰ってこられたんですね」と如月荘の門から管理人さんが姿を現す。


「管理人さん、今日はよろしくお願いします」


 今泉がにこやかな笑顔を見せる。

 その様子に管理人さんも「いえ、こちらこそ」と外行き用の笑みを浮かべていた。

 そんな素敵な笑顔、こんな邪悪な奴に向けないでほしい。


 管理人さんが、合コンを許可?

 にわかには信じられない。

 訳が分からないでいると、管理人さんがにこやかな顔で言う。


「鳳さん、こんな素晴らしいお友達がいらっしゃったんですね」

「す、素晴らしい……?」

「だって、鳳さんのために、私たちと大学のお友達とで合同懇親会を開いて下さるそうで」


 何だそれは。

 俺が怪訝な顔をしていると、小泉が俺の肩をポンと叩いた。


「管理人さんと申し訳ないけど、そんな訳だ。よろしくな」


 なるほど。

 どうやら今泉は、あの後独自の調査を開始し、俺の嘘を見破ったらしい。

 ストーカーの執念は、時に恐ろしい結果を生む。


「いやいや、今日急に懇親会って、安西さんや祈さんの都合もあるでしょう」

「お二人に伝えたら、大丈夫だって言ってましたよ。安西さんはお仕事ですけど、終わり次第駆けつけてくれるそうです」

「それなら、俺の都合がちょっと――」

「大丈夫だよな?」


 今泉に肩を組まれる。

 俺が睨みつけると、奴は俺にだけ聞こえる声で言った。


「せっかく喜んでくれている管理人さんを悲しませるつもりか?」

「うぐ……」


 確かに管理人さんはとても朗らかな顔をしていた。

 彼女は新米管理人である。

 だからこそ、管理人らしい催しが出来るのが嬉しいに違いない。

 しかし、合コンを開く訳には行かないのだ。

 何よりも、管理人さんを守るために。


「ちなみに今日俺が連れてくる予定の子は、可愛いぞ?」

「何だとぉ?」


 舐められたものだ。

 この俺が管理人さん以外になびくと思ってるのか。


「よろしくお願いします」


 こうして、如月荘で合同懇親会と言う名のコンパが決まった。

 俺はふと思う。

 安西さん、どうすんだ。

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