第2話 電柱かと思ったら友達でした

 次の日。

 ドン、と教室の机が叩かれたのと、視界が気持ち悪いチャラ男の顔で埋め尽くされたのは同時だった。


「紹介しろ」

「何が」

「お前が昨日引き連れていた、目の覚めるような美人の事だよ!」


 今泉は天を仰ぎ、両手を重ねた。


「美しいブランドの髪、スッと通った鼻、優しそうなエメラルドの目元、尖った耳。まるで妖精のようだった……」


 エルフだからあながち間違いでもない。

 それにしても、あの距離からそこまで視認したと言うのか。

 キモすぎて言葉にならない。


「何者なんだ、彼女は」

「同じ屋根の下で、ご飯を作ってくれている人だ」


 ザァッと、何かが崩れる音がする。

 その瞬間、俺は今泉の視界に砂漠が映るのを感じた。

 人が絶望を抱く瞬間を初めて見た。

 いや、大丈夫。嘘は言っていない。嘘は。


「つ、付き合ったりしているのか」

「していない、


 今は、という部分だけ強調しておく。

 まぁ、時間の問題だろうけどなぁっはっはっは。

 俺が根拠のない高笑いを内心でしていると、今泉はプルプルと痙攣し出した。

 発作だろうか。


「認めない……」

「はっ?」

「そんなの、俺は、認めない!!」


 叫び出し、大教室の視線が俺たちに注がれる。

 俺は周囲の視線を気にしながら、小声で今泉に話しかけた。


「何だよ、急に」

「彼女を初めて見た時、心臓が跳ね上がり、視線が奪われ、胸を凝視した。あれは恋だった間違いない」

「性欲では?」

「いや、恋だ! 鳳、俺は諦めんからな!」


 今泉はそういうと、そそくさと教室を去っていった。

 どうでもいいが、この空気の中一人取り残すのはやめてくれないか。


「いやぁ、どうもすいませんねぇ、あはは。しょうのない奴で」


 周囲にペコペコと頭を下げる。

 何故俺がこんな事をせにゃならんのだ。




「まったく、ろくな目にあわんですよ」


 その日の夜、如月荘の居間。

 晩飯を食いながら俺は愚痴をこぼしていた。

 管理人さんは少し離れた場所で洗い物をしていて、祈さんと安西さんは俺の話を聞きながら飯をパクついている。


「じゃあその今泉って子、管理人さんに恋しちゃったんだ」

「そうなんすよ」

「いまどき情熱的な若者じゃあないですか」

「甘い! 安西さん、最近は物騒なんだから。特に鳳君の世界じゃ、ストーカーなんてのが流行ってるらしいじゃない」

「そうですよ! あの可憐な管理人さんがストーカーで苦しんだとしたらどうするんです!」


 そこで俺はハッとした。


 ストーカーに苦しむ管理人さん。

 俺、助ける。

 二人、結ばれる。


「それはないから」

「モノローグ読むのやめてもらっていいですか」

「ところで、ストーカーってどういうものなんでしょうか? 魔界じゃ、あんまり馴染みがないんですよねぇ」

「まぁ、管理人さんで言うところの鳳君みたいなものかしら」

「なるほど……」

「その流れはおかしいね?」

「さっきから何の話されてるんですか?」


 管理人さんがいつの間にかこちらに来ていてビクリとする。

 もう洗い物を終えたらしい。


「いやぁ、ちょっとね。鳳君の世界のストーカーについて話してたのよ」

「ストーカー、ですか」


 キョトンとした顔で管理人さんが首を傾げる。

 どうでもいいが仕草の一つ一つが死ぬほど可愛い。


「管理人さんも可愛いから、気をつけないとストーカーにあっちゃうかもよ」

「何言ってるんですか祈さん。私は大丈夫ですって。すっかり婚期逃しちゃって、親からはもう結婚を諦められてるんですから」

「あら、意外。管理人さん、彼氏とかはいないの?」

「えぇ、そう言うのは全然」

「ありがとうございます」

「なぜ鳳さんがお礼を?」


 管理人さんは彼氏がいない。

 その事実を忘れることはないだろう。

 俺の中に生きる希望が満ち溢れるのを感じる。

 まるで世界が光で包まれたかのようだ。

 神の息吹が、宇宙を春の彩りに染め上げ、俺たちを祝福し、悠久の向こう側より幸福の喝采をあげ


「もううるさいから。鳳君黙って」

「人のモノローグ読むのやめてもらっていいですか」




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