如月荘と新たな出会い
合コン、はじめます。
第1話 合コンをやろう
合コンをやろう。
そんなことを言われたのは、新しい生活にもすっかり慣れた頃だった。
「なぁ、鳳」
「んあ?」
二時限目の講義が終わり眠気眼を擦っていたところに話しかけられる。
話しかけてきたのは同じ学部の今泉だった。
軟派なやつで、金髪で、妙に顔が広い。
悪い奴じゃないが、下心が隠れないタイプの男だった。
飲み会によく顔を出す、典型的な大学生だ。
そして、俺はこいつとどこで知り合ったのかまるで記憶がない。
「お前もそう思うだろ?」
「なんの話?」
「ったく、聞いてなかったのかよ。宅飲み。今度女子達とやりたいって。知り合いの女子がさ、二対二の合コンがしたいんだと」
「それがなんで宅飲みになるわけ?」
「そりゃあお前……宅飲みの方が何かと都合がいいだろ?」
下品な笑いを今泉は浮かべる。
汚い笑顔。まさか人生の中で人の笑顔を汚いなんて思う時が来るなんて。
「宅飲みか……」
今までの俺なら、女子と宅飲みなんて聞いたら裸足どころか裸で駆け出しただろう。
でも、管理人さんの美しさを知ってからと言うものの、どれだけ可愛かろうが、美しかろうが、俺の心は動かないのだ。
そう、それはもう多分そうなのだ。
紳士として女性を比べるような真似はしたくない。
特にうちは母と妹と俺の三人暮らしだ。
だから、女性には誠実でありたいと思う。
それでも、エルフと人間の間には、絶対的というほどの美貌の差があった。
正直気乗りはしない。
しかし、行った方が良い気がする。
なぜなら、大学に入ってからというもの、俺はすっかり如月荘に振り回されっぱなしで、サークル加入の波は乗り逃したし、まだバイト探しも出来ていない。
友達が少ないのだ。
そろそろ本格的に始動しないと俺の学生生活は色々終わる。
今泉に賛同するわけではないが、合コンぐらいして女友達を増やしたいところではあった。
「まぁ、悪くはないな」
「だろ? だからさ、頼むよ」
「何が?」
「部屋の提供」
うん? と俺は首を傾げる。
「何故そうなる? 死ぬか?」
「いや、俺実家だし。それに女の子の部屋汚すわけにはいかんだろ」
「絶対ダメだ」
「なんでよ」
「いや、うちアパートだし、狭いし」
「いいよ、狭くても。そもそも前は二十畳あるとか言ってなかったっけ?」
「うっ……」
うちでやりたくない理由は三つある。
一つは言わずもがな、うちが如月荘だからだ。
祈さんはともかく、安西さんなど目にした日には全員卒倒するだろう。
二つはうちが共用スペースの多いアパートであること。
騒いだ日にはご近所に声がダダ漏れになることは必須。
近所迷惑にもなる。
そして三つ目は……。
「幹事の女は悪くないぜ。もう一人はどんな子だろうなぁ、可愛くて巨乳だといいなぁ」
こいつと管理人さんを会わせたくない。これはもう、絶対そうである。
管理人さんだけじゃない、祈さんも出来れば関わらせたくないところだ。
美人にかかる火の粉は俺が全力で振り払う。
「とにかくうちはダメだ。ルームシェアに近いんだから、近所迷惑になるしな。居酒屋でいいだろ、普通に」
「なんだよ、ケチ」
居酒屋を提案しながら俺は思った。
飲み代金を払う経済的余裕もないと。
○
その日の帰り道、駅前の商店街に寄ると「鳳さん」と声を掛けられた。
振り向くと、管理人さんが買い物袋を下げてこちらに笑いかけている。
女神がいる、と思った。
「学校帰りですか?」
「ええ。めずらしいすね、こんな時間に買い物なんて」
「祈さんの注文で。今夜は鳳さんの世界のご飯が食べたいそうで」
ありがとう、祈さん。そして神よ。
管理人さんと偶然会えるなんて僥倖、宝くじで一億当てるより上等。
今日は俺の
俺は喜びに天を仰ぐと、何気なく管理人さんの荷物を受け取った。
こう言うさりげない動作が男を上げるのだ。
美人と並んで歩く時間は至福だ。
いま、この瞬間、世界の幸福は俺に集約していると言っても過言ではない。
それにしても。
管理人さんが商店街で買い物をしてる姿はやっぱり異質だ。
何せエルフだ。いるだけで目立つ。
周囲の人も――特に男が――目を向けているのが一緒に歩くだけで分かるのだ。
なんて綺麗な人だ、モデルかも、そのようなささやきが耳に入ってくる。
ただ不思議なことに、女性としては目立っていても、エルフとして目立つ様子はない。
俺も言われるまではエルフだとは思わなかったし、俺も知らない特殊な力が働いているのかもしれない。
「何買ったんです?」
「じゃがいもと、ニンジンと、しらたきと、牛肉、それにたまねぎですね」
「肉じゃがすか」
「ご名答です。良く分かりましたね」
「具材からなんとなく」
「勘が良いですね」
管理人さんとは下らない話ですら楽しい。
ふと視界の端に、こちらを凝視してる人物がいるのに気付いた。
何気なくそちらに視線をやる。
ギョッとした。
今泉が、とんでもない顔でこちらを見つめていたからだ。
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