第7話 半年目の朝

 如月荘に来てもう半年。

 安西さんのアンビエントミュージックで起きるのも、祈さんの実験台になるのも、そして管理人さんの可愛さに癒されるのも。

 俺にとっては、そろそろ日常になりつつあった。


「あ、おはようございます、鳳さん」

「管理人さん。おはようございます」


 管理人さんは最高に可愛い。

 それだけで今日も俺は生きる喜びを実感できる。


「あ、水切れちゃった」


 グラスに水を注いでいたところ、半分も行かないうちに水がなくなってしまった。補充しなければ。


「水道水でいいんすか? これ」

「ええ。後で祈さんが処理してくれますから」

「処理? 熱湯殺菌でもしてくれるんすか?」

「いえ、ミネラルウォーターにしてくれるんです」

「ミネラルウォーター?」

「水道水を入れれば中を清めて、好きな濃度でミネラルを足して水に出来るんです」

「魔法みたいですね」

「魔法ですから」

「なるほど」


 人間界と、魔法界と、魔界。

 そのほかにも沢山あるであろう世界が交わっているこの如月荘では、俺の常識を超えたことが多々起こる。


 家賃が格安なのも、異世界の技術を流用して、上手く経費を浮かせているかららしい。


 でもそんなことはどうでも良かった。

 彼女は可愛い。それで良いのだ。

 俺にはその事実さえあればそれで良い。


「おはよ、鳳君」

「あ、祈さん、おはようございます」

「祈さん、またそんな裸みたいな格好して。男の人もいるんですから、節度を持ってもらわないと」

「あぁ、はいはい」


 低血圧なのか、祈さんはひらひらと手を振り、管理人さんはむぅと頬を膨らませる。

 そんな対照的な二人を見ると、育ちの違いを感じる。


「言っとくけど、あんた、心の声聞こえてるからね」

「祈さんは、実に品性豊かな方ですね」

「そんなおべんちゃら、通用すると思ってんの?」


 祈さんはそこまで言うと、俺が手に持った水差しの存在に気付いた。


「ああ、水切れたのね。やったげるわ、貸しなさい」

「じゃあ、お願いします」


 何だかんだ言って面倒見が良い人だ。

 祈さんは気だるそうに水差しに手をかざすと、何やら聞いたことのない言語を唱え始めた。


「じゃっ補充しといたから」

「助かります」

「礼言うなら私にも水ちょうだい」


 俺がグラスに水を居れると、祈さんはそれを飲む。


「うん、今日は若干硬水寄りね」

「祈さん、俺も飲んでいいですか?」

「飲みゃいいじゃん」


 再びグラスに水を注いで口にする。

 口にすると、カルキ臭さはなかった。それに、何だかすっきりしていて、味がある気がする。たしかに魔法なのだろう。


「魔法って便利っすね」

「便利だけど、使い方によっちゃ危険なのよ。私がすごすぎるだけ」

「自分で言うんだ……」


 そこでふと思いつく。


「そうだ、祈さん。俺も教えてもらったら魔法とか使えたりしません?」

「無理でしょ。鳳くん、魔力ない不能者だし」


 不能者。

 その言葉は、何だか胸をしめつけた。

 主に男性の尊厳的な部分を。


「不能って言ったら男性機能のことも指すわよね」

「それ以上はいけない」


 落ち込みながらリビングを出て、廊下を歩いていると窓の外に見慣れぬ一つ目の鳥がいた。見た目は異形だが、丸い体つきで可愛らしくも見える。

 こういった存在も、もうすっかり見慣れてしまった。


「どうしたんですか、鳳君」

「ああ、安西さん。おはよっす。あの鳥、なんだと思います?」

「ああ、あれはビオランテですよ。魔界じゃ一般的な鳥です」

「なるほど」

「隣にいるのは変わった鳥ですねえ。なんでしょうか」

「スズメです」


 人と、魔界と、魔法界。

 その狭間に来て、もう半年が経とうとしていた。

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