12-2 会話
俺は思った。
なるほど、と。
俺たちが皆を呼びに行ったところ、二階も三階ももぬけの殻で、如月荘にいるのは俺と管理人さんだけだった。信じられない話だが、全員バックれたらしい。
俺が部屋で掃除していた時に耳にした物音は、間違いなく皆が出て行く音だったのだ。
「そんなに掃除が嫌だったのでしょうか」
「嫌そうではありましたけど……」
それでもこっそりと出て行くことはないんじゃないだろうか。
携帯電話もないし、異世界人との生活はここが不便でもある。
祈さんや桔梗はともかくとして、安西さんまで逃げるとはにわかには信じられないが……。
「とにかく、誰もいないんじゃ仕方がありません」
「後日にします?」
「いえ、二人でやりましょう」
二人で手分けして一階から順に掃除を始める。
予定ではこうだ。
まずは埃をハタキで落としつつ雑巾掛け。
次に窓を表と裏から洗剤を用いて拭いてやる。
最後に掃除機をかけた後、床にモップがけをし、その後ワックスを塗り重ねる。
終わり次第玄関の掃き掃除をし、雑草などをちょうど良いサイズにカットする。
それが管理人さんの組み立てた行程だった。それを二人でやると言うのだから、おそらく一日では終わるまいて。
ただ、今まであまり意識していなかったが、それほど如月荘は汚れていない。と言うのも、常日頃から管理人さんがメンテナンスをしていてくれたからだ。
「あったりまえです! 私の常日頃のメンテナンスあっての如月荘なんですから!」
管理人さんはどこか得意顔だ。
この一年間、ここに住んできたからわかる。
本当に如月荘と言うのは彼女にとって誇りであり、家族なのだと。
管理人さんと共に窓を拭く。外からの陽射しが窓から差し込んできて、廊下の陰影を濃くする。なんとなく穏やかな時間を感じた。
「管理人さんは」
「はい」
「なんで如月荘を建てようと思ったんですか?」
するとピタリ、と管理人さんの手が止まり、不思議そうに彼女は俺を見る。
「えらい急な質問ですね」
「まぁ、ちょっと気になったので」
「そうですね……理由は色々あるんですけど。多分、私は外に出たかったんだと思います」
「外に?」
「私はずっと箱入り娘で、特にうちの実家はエルフの中でも高位の立場を担っていたんですね。役割や、立場、跡目。色んなものが課されていました」
「なんか前言ってましたね。肩こりそうな話です」
「そうです。肩がこるんです。エルフと言うのは代々次元を管理する立場にあるとされてました。色んな世界を行き来できますから」
「全員が管理してるんですか?」
「それが、そうでもないんですよね。何せ時代は二十一世紀。古いしきたりもまた、廃れていく運命にあります。でも、うちは違いました。何せ伝統ある家系ですから。私も管理の役目を負い、後継を産んで、一族を繁栄させなければならなかったんです」
「それで逃げてきた、と……」
「次元管理はやぶさかでもなかったんですがね。やっぱり、好きでもない人と結婚させられたり、実家からやいのやいの言われるのは嫌だったので」
管理人さんはそう言うと、そっと壁を撫でた。
「如月荘に使っているのは、死んだ祖父が大切にしていたエルフの大樹です。いわば、祖父が残してくれた遺品ですね」
「遺品を切ってアパートにしちゃったんすか?」孫娘ちょっと豪快すぎないか。
すると管理人さんは「仕方なかったんですよ」とから笑いした。
「祖父が亡くなった時、土地を一度整地することが決まりまして。大樹も切るって決まりましたから。ちょっと斜めっていて、危なかったんですよね。実際、樹を切ったら、そのまま祖父の家も下敷きになって粉々になりました」めちゃくちゃだ。
「お祖父さんの大樹は全部如月荘に?」
「いえ、それがまだ3分の1くらいで」
「へぇ、でかい樹なんすね」
「そうなんですよ。幹の太さが家を超えるくらいですから。それに、エルフの大樹には代々役割があるんです。ある樹は自然を繁栄させる役目が、またある樹には自然を護る役目が。祖父の樹は本当に大きくて……このままだと自然界に影響を与える可能性がありました。だから切られたんです」
「その樹を使って作られたのが如月荘だと」
「そう。だから大切にしたいんですよね」
「よくお家の方が認めましたね」
「次元の管理人をする代わりにって言う交換条件でした。あのままだと、ただの箱入り娘兼ニートですから、私。どこぞの嫁に出されるのも嫌で、それなら中継地点に家を建てて管理をすると」
管理人さんの事はイマイチよく知らなかったから、こうして話を聞くのは新鮮だった。二人だけの時間は俺にとって至福そのものだ。
そう考えると、出て言ってくれた三人に感謝しても良いのかもしれない。
掃除はしんどいけど。
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