師走の日々

12-1 掃除

 十二月。

 如月荘もそれなりに年末の雰囲気に包まれることになる。

 どうやら異世界と俺の世界の時系列と言うのは基本的に同じらしく、俺の世界の年越しは、皆の世界の年越しでもあるようだった。

 その中でも、とりわけ張り切っているのが……。

「皆さん! 大掃除をしましょう!」


 この人。

 如月荘の管理人こと、綾坂さんである。

 朝の穏やかな日差しのなか、突然そんなことを言い出すものだから、全員キョトンとした顔になる。


「掃除っすか?」

「そうです! 今年も一年お世話になりました、という感謝を込め、如月荘をピッカピカにしてあげるんです!」

「そういうのって普通住民にさせる?」

 祈さんがサラダを乗せた暗黒パンをモシャつきながら言う。

「業者呼んだらええんちゃうのん?」

「自室はそれぞれ、掃除してますしねぇ」

「甘い! 甘いです! 皆さん! 私たちにとって如月荘は家族も同然! その家族に感謝の気持ち一つも示さずに、良い年明けが迎えられますか!」


 管理人さんの言葉に、全員うっと息を飲む。

 何故か如月荘の面々は、家族と言う言葉に弱い。多分、皆まんざらでもないのだろう。普段澄ました顔をしているが、意外と互いの事は認めているのだ。それはまた、如月荘自身も例外ではない。


「時に皆さん、年末のご予定は?」

「私は一度実家に帰ろうかと思っています」

「あ、私も」

「うちはここで飲んだくれてるわぁ」

「俺は……どうしようかな。まだ決めてません」

「ふむ、私としては人の子の実家を見たい気もするな」このカーバンクル、ついてくる気満々である。


「皆さんそれぞれご予定があるとの事ですから」話聞いてたのかこの人。「やはり早いうちにお掃除をしましょう!!!」

 どうやら何が何でも大掃除を決行したいらしい。

「本日午前十時、このリビングに集合です!」


 と。

 意気揚々と管理人さんが言った段階で、その日の朝食はそれで解散となった。

 全員やいのやいの言いながら、部屋へと戻る。


「年末に掃除ねぇ。どっからその文化持ってきたのかしら」

「俺の世界では一般的な行事っすよ」

「鳳くんの世界は平和ですからねぇ」

「皆さんの世界ではないんすか? 年末の大掃除」

「ないね」「ないですねぇ」「ないわぁ」

「ふぅん……」

「なんだかんだ、治安はあんまり良くないからね、私たちの世界。安西さんの世界は魔王と人が和解した事でだいぶマシになったみたいだけど、私の世界は魔女狩りの風習が普通にあるし。私も今いる場所を移ったら、狩られる可能性があるわけよ」

「えらい物騒やなぁ」

「如月荘が建ってるのは、私の国で言う“魔女保護国”。魔法の恩恵にあずかって発展している魔法都市だから、国を挙げて魔女を保護してくれるってわけ。でも他の国は違う。場所によっては魔女に恨みを持っている人も存在するからね。おちおち寝てもいらんないのよ。昔うちの世界で起こった世界大戦で、魔女は召喚魔法を用いて大量殺戮をさせられていたからね」

「歴史の罪はまだ消えてないんすね」

「そう言うこと」


 みんな色々大変なんだな。

 そんなことを話していると、部屋へ到着した。なんとなしに、そのまま解散する。

 ドアを閉めると、頭の上にいたカーバンクルが降りてきた。


「それで人の子よ、貴殿は大掃除とやらに参加するのか?」

「まぁ、管理人さんの頼みならやぶさかではあるまいよ。元々掃除はよくやってたしな。あっ! でもバイトが……」

「思い切って休んでみてはいかがか」

「店長にお休み申請か……」殺されるんじゃないだろうか。


 意を決して店に電話をかけてみると「もしもし」と可愛らしい声が聞こえた。女性の声だ。俺のその声に、どこかホッとする。

「あ、楓さんっすか? 鳳っす」

「鳳くん!?」一瞬声が跳ね上がったかと思うと、不機嫌そうな声に変貌する。「せ、先日はどうも」

「ああ、いえ。こちらこそ大したお構いも出来ず」

「それで、電話してくるなんて何の用」

「実は、今日のバイトをお休みに出来ないかと思いまして」

「へぇ、珍しいね。何で?」

「如月荘で大掃除をする事になったんすよ。せっかくなんで、参加したいなって」

「ああ……良いよ」

「ホントっすか?」

「うん。お父さんには私から言っとく。どうせ年末にペットショップ来る客なんていないし。明日は来れるんでしょ? うちも大掃除するから」

「ええ、もちろん」

 二日連続大掃除が確定した瞬間であった。

「じゃあ良いよ」

「恩に着ます」

「いつか返してもらおう、その恩」本気で言ってそうで怖い。


 電話を切ると、俺は一息ついた。

 確か集合時間は十時に共用リビング。

 まだ少し時間があるな。


「一足先に部屋の掃除でもしますか」

「ふむ、付き合おう」


 掃除している最中、何度か廊下から人が歩く音が聞こえたが、あまり気にしていなかった。

 そして、いざ午前十時。


「どうして鳳さんしかいないんですか!?」

 リビングに集ったのは、俺と管理人さんだけだった。

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