第5話 始まりと酔っぱらい

 こうして如月荘にて懇親会という名の合コンが始まった。


「鳳です」「祈です」「綾坂です」「今泉です」「梢です」なぜ一人だけ名前なのだ。


「そうそう、俺、こんなの持ってきたんですよ」


 早速そういって今泉が出したのは日本酒だった。

 高そうな、水色の一升瓶に入っている。


大吟醸だいぎんじょうです。親父が酒屋で、美人と飲みに行くって言ったら『持っていけ』って」

「あら、気が利くじゃない。管理人さん、後で飲みましょうよ」

「そうですね、高そうなものを……ありがとうございます、今泉さん」

「でへへ、いやぁ、それほどでも」


 そこで管理人さんはハッとしたような顔をする。


「あ、でも、鳳さん達、未成年なんじゃあ……」

「大丈夫大丈夫、無礼講だから」と祈さん。

「あんたがそれ言いますか」


 まぁ確かに、合コンでジュースじゃあ締まらないけど。

 しかし、今日の俺のミッションは酒の勢いで女性に手を出すことではない。

 全ての女性を無傷で家に帰すことである。


「ところで、もう一人男性の方がいるって聞いてたんですが」


 今泉はわざとらしく辺りを見回す。


「ああ、安西さんは今日急な残業で来れないのよ」

「そうなんですか。残念だなぁ」


 祈さんの説明に、今泉は残念さの欠片も感じられない声を出す。

 そんな様子に気づいた様子もなく、祈さんは手元の缶ビールを飲む。


「ビールってやつは美味いわね、滅多に飲まないから余計に」

「祈さん、飲兵衛なイメージありますけど、普段あんま酒飲まないんすか」

「ワインが主流なのよ。でも毎日飲んでるし、たまには別の酒も飲みたくなるわよ。鳳君とこは酒文化が発達してていいわよね」

 

 俺たちの会話に、今泉と梢ちゃんは困惑の表情を浮かべる。


「えっと、祈さんは海外の方なんですか?」


 梢ちゃんが尋ねると、祈さんはヒラヒラと手を振った。


「似たようなもんね。文化圏が違うのよ」

「へぇ……、日本人の名前なのに、意外ですね」


 あまり追求されたくない話だ。

 それは祈さんも察したのか、それとなく話題を変える。


「それより、梢ちゃんだっけ? よく来ようと思ったわね。こんな知らない人だらけの飲み会」

「今泉とは言語のクラスが一緒なんだっけ?」

「はい。でも私、昔から人見知りで……。なかなか友達が出来なくて困ってたところに声を掛けてくれたのが、今泉さんだったんです」

「藁にもすがろうとして、ウンコを掴んでしまったんだね、気の毒に」

「お前黙れ」

「私、ずっと女子校で。だから、異性の友達に憧れてたんです。だから、この機会にって」


 なるほど、それで勇気を出してこの会合に参加したという訳か。

 その話を聞いて、何だかやるせない気持ちになる。

 なぜならここで得たご縁では、彼女の求める交友関係を作り出すのは難しいからだ。


 すると、梢ちゃんの手を突然管理人さんがグッと掴んだ。


「梢さん、大変だったんですね……! うちで良ければ、いつでも来てもらって構いませんので」

「え? あ、はい、ありがとうございます」


 なんだか面倒臭い約束をしている。

 いや、良い事なのだが、実際に遊びに来られても困らないか。

 そこで俺は気づく。


「今泉」

「何だよ」

「その酒瓶、飲んだか?」

「いや? わっ」


 震える手で俺が指差したのは、先程今泉が出した大吟醸の一升瓶。

 その一升瓶が、半分も減っていた。

 みんな缶ビールやらチューハイやら飲んでいたはずだし、誰が飲んだのだ?

 そこまで考えて、俺は管理人さんがグラスを持っている事に気づく。


「うわぁ、管理人さんたら酒豪ぉ。まだ一時間くらいしか経ってないわよ」

「梢さん、私もねぇ、周囲の人に馴染めず苦労したんです。この如月荘を建てるのにも、エルフの里に何度も往復してぇ」

「え、エルフ?」

「次元の管理人としてね、色々頑張ったんです。でも中々人が集まらなくて……。祈さんと安西さんと鳳さんには、本当に感謝してるんです」

「次元の管理人?」


 何だかマズいワードが秒速で飛び出している。


「祈さん、どうすんすか、アレ」

「そろそろ黙らさないとヤバいわね」


 最悪酔ってる時の妄言で済ませられれば良いが。

 いや、それよりも俺たちすらよく知らない情報が出て来た時が厄介だ。


 こういう時、安西さんが居てくれたら……。

 どうするんだろう。

 想像もつかない。


「あのお人よしデブが居たところで変わんないわよ」

「モノローグ読まないでください」


 すると、求めてない願いが何故か天に通じ「ただいま」と玄関から聞き慣れた呑気な声がした。


「安西さんだ」


 俺と祈さんは同時に声を出すと、一緒に玄関へ向かった。

 酔っ払った管理人さんを止めるには、年長者である安西さんが適任だ。

 すると、死線をくぐり抜けてきたであろう安西さんは、いつもと変わらぬにこやかな顔で玄関に立っていた。


「いやぁ、すいませんねぇ。すっかり遅くなっちゃって」

「勇者は大丈夫だったんですか?」

「魔王様が退治しちゃいました。勇者が私に攻撃しようとしたら、魔王様がドバっと。あはは、さすがですねぇ」

「それ死にかけてません?」

「それよりも、帰ったばっかで悪いけど、まずいことになってんのよ」

「おやおや、なんだか穏やかじゃないですね」




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