異世界アパート如月荘の日々

如月荘の人々

プロローグ

如月荘

 如月荘の朝は早い。

 毎朝決まった時間の決まったタイミングで心地のよいピアノ曲が流れるからだ。


「もう七時か……」


 どこからか流れるピアノ曲に、俺は目を覚ます。 

 眠気まなこをこすりながら部屋を出ると、お向かいに住む女性の祈さんとタイミングが重なった。実際の年齢は知らないが、見た目は二十代前半でも通じるくらい若々しい人だ。


「おはよ」

「っす」


 男性がいることを気にもせず、彼女はだけた服装をしている。

 非常に刺激的だが、半年も一緒に暮らしたのですっかり見慣れていた。


「あんたもあの音楽に起こされた口?」

「ええ」

「あれ毎朝流れるの、どうにかなんないの?」

「習慣っぽいですね」


 俺たちを起こしたピアノ曲は、お隣の安西さんの部屋から流れていた。

 安西さんは社員食堂の料理長をしている。

 彼が早朝出す物音に、俺達はいつも起こされていた。


「ただ、俺が気になるのは音楽じゃないんですよ」

「じゃあなに?」

「ネギです」

「ネギ?」

「安西さん、ネギ切るのめっちゃ早いんすよ」


 耳を澄ませるとトントントントンとリズム良く包丁の音が聞こえる。

 夜明けと友に朝食を作るのが彼の日課らしい。


 その音を聞き「あー」と祈さんは眠そうに頭を掻いた。


「ありゃA型だわ。間違いない」

「そんなこと分かるんすか?」

「んなわけないでしょ。魔女じゃあるまいし」

「魔女でしょ」

「そうだった」


 祈さんは俺のお向かいさんにして、魔女だ。


「安西さん、下にキッチンあるのに何でわざわざ部屋で作るんですかね」

「音楽聴きたいからでしょうね。キッチンにコンポないじゃない」

「なるほど」


 適当な会話をしながら一緒に洗面所で顔を洗う。

 顔を拭いた祈さんがふと窓の外を見た。


「管理人さん、もう仕事してる」


 階下で掃き掃除をしている美しい女性は、如月荘の管理人さんだ。

 美人でスタイルもいい。胸も大きいし、尻もでかい。おまけに金髪で、耳が尖っている。

 そう、彼女はエルフだった。


「かいがいしいねえ」

「仕事熱心なんすよ」

「しかも着てる服はデニムと白シャツと来たもんだ。たまんないねこりゃ、朝のオカズにピッタリだ」

「最低ですよあんたは」

「でも、管理人さん、買い物もアレで行ってるみたいよ」

「なんですって……?」

「しかもエルフの里は、みんなあんなラフな感じらしい」

「いつか行きたい……たとえこの身が朽ちようとも」


 すると、巨大な物体が近づいてきた。


「あ、どうも皆さん、おはようございます」


 隣人の安西さんである。

 ドスドスと言う重量のある音。

 俺を片手でつまみ上げられそうなほどの巨大な姿。

 そして緑色の皮膚。


 彼は魔王城社員食堂料理長のトロルであった。


「お二人共、朝早いんですねぇ」


 見た目の異質さと反して、彼は大海のように心が穏やかだ。


「あんたのせいよ。どうにかなんないの? あの毎朝流れるクラシック」

「そうですよ、あのクラシックどうにかしてください」

「ポストクラシカル」

「は?」


 カチャリ、と安西さんはメガネのズレを直した。


「ポストクラシカルです。あれはharuka nakamureハルカナカムレ氏の生んだ芸術です」

「何すか、ムレムレって」

おおとり君の世界で有名な方ですよ」

「何でうちの世界のCDを魔界の住民の安西さんが持ってんすか」

「流通ルートがあるんですよ」

「流通ルート?」


 俺が祈さんを見ると、彼女は頷いた。


「ここ以外にも世界が繋がるはいくつかあるからね。出回ってんのよ」

「なるほど。人は行き来できないけど、物は出回るのか」

「鳳君の世界で言う、マトリョーシカ? あれも元はうちの世界魔法界で生まれた物だから」

「へぇ」


 朝から世界の真実を一つ知ったところで、安西さんは「そうだ」と声を出す。


「そう言えば、魔界の味噌汁を作ったんですよ。管理人さんも呼んで、みんなで食べましょう」

「いいね」

「っす」


 やいのやいの言いながら、今日も如月荘の一日が始まる。


 新築半年。東京都内。


 世界と世界の

 そんな場所に建つアパートに、俺は住んでいる。


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