11-4 理由

 来たっちゃ。

 じゃない。

 来ちゃった。


 男子大学生の部屋に女子高生が一人で?

 来ちゃった?

 いやいや。


「楓さん、何故ここが」

「いや、履歴書あるでしょ。アレ見て」

「ガバガバの管理ありがとう。それ以前に、何で来たんすか?」

「ほら、今日のバイト中、君の家に行くって言ったじゃん」

「言ったっけ?」

「言ったよ?」多分言ってない。


 部屋の前にいる女子高生。

 それだけで、この異世界荘より異世界な出来事に思える。

 何だこの光景は、現実なのか、それとも夢なのか。

 俺の脳が全力で稼動していると、向かいのドアが不意に開いた。


「ふぁあ……研究詰めは疲れますわ……って」

 俺たちと目が合い、祈さんは目を丸くする。

「何? その子」

「俺の彼女です」

「えっ!?」

 声を上げた楓さんと正反対に、祈さんは表情一つ変えない。

「絶対嘘でしょ」

「嘘です」

「やっぱり」

「えぇ……?」

「安心してください、楓さん。俺たちのいつものノリです」

「ちょっと高度すぎやしないかい?」

「大学生なら普通ですよ」

「大学生怖い……」

「そんで、その子誰?」

「俺の職場の店長の娘で、楓さんです」

「ああ、前言ってた美少女の」

「そんな事言ってたの……?」

「えっ? ええ、割と」

「そっか……」


 楓さんが照れたように顔を赤くし、妙な空気になる。


「その店長の娘が、何で鳳君の家に?」

「何故でしょうか?」俺が楓さんの方を見ると、彼女は静かに頷く。

「今日、泊めてもらおうと思って?」

「何故疑問系?」


 いや、それはどうでもいい。


「泊まる?」

「うん」

「誰が」

「私が」

「どこに」

「君の家」


 俺は祈さんと顔を見合わせると「ぷっ」と笑った。

「あっはっはっはっは、これはこれはご冗談を」

「こんな美少女JKが鳳君の部屋に? ないない。新手のバツゲームでしょ」

「まったく、悪趣味なんだから、楓さんったら」

「えっと、冗談ではないし、もし冗談だとして、君はそれでいいの……?」

 楓さんが困惑したような表情を浮かべてると「皆さーん、ご飯ですよー」と管理人さんの声が投げかけられる。

「飯だってさ。どうする?」


 祈さんの問いに、俺が何気なく窓の外を見ると、もうすっかり空は暗くなってしまっていた。

 この時間に女子高生を一人帰すのは、さすがに気が引ける。


「じゃあ、とりあえず楓さんも、飯、行きますか」

「泊めてくれるってこと?」

「流石にそれは店長に殺されちゃうんで、とりあえず話だけでも聞きますよ。管理人さんに頼めば飯も用意してもらえると思いますし」

「まぁ、それがいいわよね」祈さんも首肯する。


 俺たちが食堂へと歩き出すと「えっと」と楓さんが祈さんに話しかけた。

「あの……その」

「祈」

「あっ、祈さん、色々出ちゃってますけど良いんですか?」

「何が?」

「その、胸とか、下着とか」


 祈さんはキョトンとした顔で、自分の姿を確認する。

 祈さんの部屋着はかなり緩々だ。パーカーとタイツを履いているとは言え、下は女性用のタンクトップだし、腰パンが過ぎて紐パンである事も露呈しているし、確かに、男性の前にしては肌蹴すぎかもしれない。


「別に、見られて減るもんじゃないし」

「鳳君は、それで平気なの?」

「何がですか?」

「その……よ、欲情とか」

「人ってね、慣れるんすよ」

「そうなんだ……。男の子って色々大変だって聞いてたけど、すごいね」

「まぁ、たまに使いますけど」

「つ、使う……?」

「ちょっと、勝手に使わないでよ。使用料取るわよ」

「はは、ご冗談を」

「この会話怖い……」


 ※


 俺たちが食堂に入ると、管理人さんが驚いたように目を丸くした。


「えっと、お客様、ですか……?」

「はい。俺のバイト先の店長の娘さんで、楓さんです」

「ああ、例の……」


 管理人さんが頷くが、楓さんは反応がない。

 見ると、彼女はポーッと、見とれるように立ちすくんでいた。


「楓さん?」

「あ、ごめんなさい。綺麗な人だったから、ビックリしちゃって」

「え、あ、ありがとうございます?」

 何故か確かめるように管理人さんは俺の方を見る。仕方なく俺は頷いた。

「まぁ驚くのは無理もありませんよ。俺も最初は管理人さんの美しさにビックリしましたし、今もたまにビックリしますから」

「ビックリしてたんですか……」

「えっと、管理人さんは外国の方なんですか?」

「えっ? えっと、私は……」

 管理人さんが助けを求めるように俺の方を見る。

「管理人さんはロシアの方すよ」

「ロシアの? すごい。まるでエルフみたい」

 エルフだからな。

「おやおや、何だか賑やかですねぇ」


 そう言って姿を現したのは安西さんだった。


「こちらのお嬢さんはお客さんですか?」

「鳳君のバイト先の子よ」

「楓さんです」

「これはこれは、どうもよろしく」


 挨拶をする安西さんを目にした楓さんは、突然現れた異形に息を飲む。

 こう言った普通の人間の反応を見るたびに、俺も昔はこうだったと思い出し、少し悲しくなるのだ。


「楓さん、この化け物はうちの住民ですよ」

「安西です。どうも」

「ど、どうも……」


 差し出された手に、恐る恐る楓さんは握手する。


「安西さんはジャマイカの方です」

「ジャマイカの人って、緑の皮膚なの?」

「母親の方針で全身刺青らしくて」

「めちゃ日本名なのに」

「お母さんが日本の方なんですよ」

「日本人なのに全身刺青強要って……鬼の様なお母さんですね……」

 楓さんは強張った顔で笑みを浮かべる。良かった。何とか誤魔化せたようだ。

 すると祈さんが俺の方を見て苦笑した。

「誤魔化せたと思ってるのは君だけだけどね」

「プライバシーって知ってる?」人のモノローグを読むな。



 俺たちは席について、食卓を囲む。桔梗が出てきたら面倒な事になりそうだったが、酔いつぶれて寝ているのか、姿を見せる事はなかった。そして幸いな事に、今日の食事は肉じゃがだった。


「桔梗さんも寝てることですし、食べましょうか」

「一人減った分、ちょうど一人増えてよかったわね」

「すいません、突然お邪魔してしまって」

「いえ、こちらとしても助かりました」管理人さんが笑顔を浮かべると、安西さんも頷いた。

「食事は大勢で食べたほうが美味しいですからねぇ」


 最初は居辛そうだった楓さんも、祈さんのフランクさや、安西さんの温かさ、管理人さんの優しさに心を許したのか、楽しそうに食卓に交じる事が出来ていた。


「そう言えば楓さんはどうして鳳さんの部屋に?」

 ふと思い出したような管理人さんの言葉に、俺は「ああ」と思い出す。

「なんか、俺の部屋に泊まりたいって」

「ぶっ」

 俺の言葉に、管理人さんと楓さんが同時にむせる。

「と、泊まるって、鳳さんの部屋にですか?」

「ええ、まぁ……」

「ちょっと鳳君、ここで言わなくても……」

「いや、理由としては俺も気になりますし。何なら飯食ったら家に送ろうかと思ってたくらいすから」

「そんなぁ……」

「それで、楓さんはどうして鳳さんの所に泊まろうと……?」

「管理人さんそれ聞く? 愛でしょ」と祈さん。

「いえ、このレベルの美少女が鳳さんの部屋にって言うのは、ちょっと信じられなくて」

「たしかに、私もその気持ちは良く分かりますねぇ」

「鳳君の扱いって一体……」

「俺が聞きたいです」

「それで、何で?」


 俺たちが視線を寄せると、楓さんはしばらく黙った後、口を開いた。

「私、家出してきたんです」

 そして彼女は、顔を上げる。

「もうお父さんとは会いたくないから」


 何となく、その時俺は思ったのだ。

 ああ、やっぱり、と……。

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