11-5 手紙

「お父さん、勝手に手紙を捨てちゃったんです」


 開口一番、ヘビーウェイトな発言を、楓さんはその可愛らしいお口から解き放った。


「私の家は、昔からお父さんと二人暮らしで。お母さんは、私が生まれた時になくなってるんです。だから、ずっと親子二人で生活してて。そのせいか、昔からお父さん、異常に私の周囲に男の子が寄るのを嫌うんですよね」

「まぁ、楓さん可愛いから無理もないでしょ」

「あぐっ」

 俺が飯を食いながらそう言うと妙な空気が流れた。楓さんが顔を赤くし、管理人さんが「鳳さん……」と口を開く。

「何か変な事言いました?」

「いや、別に……。それで話を戻すと、昨日、うちのクラスの男の子が私に手紙をくれたんです」

「それってひょっとしてラブレターってやつ?」


 楓さんが頷くと「おお……」と声が上がった。

 今時の高校生でも手紙で告白をする文化があるのか。


「私、男の子から手紙受け取るのって初めてで。嬉しくて、家で読もうって思ってたら、お父さんに見つかっちゃって。それで、私が男の子から手紙もらったって知って、勝手に捨てちゃったんです」

「それは……大変ですねぇ」安西さんも頷く。

「お父さんが私の事、大事にしてくれてるのは知ってるし、たった二人だけの家族だけど、どうしても許せなくて。好きな男の子くらい自分で決めるし、私だって恋くらいしたいのに」

「楓さんは、その男の子の告白を受け入れるつもりだったんですか?」


 管理人さんが尋ねると、楓さんは静かに首を振った。


「そのつもりはなかったんですけど、何だか許せなくて。勝手に人の持ち物捨てた事が」

「お父さんを信用してたから、余計許せなかったんですね」

「はい……」

「分かります、私もそうでしたから」

「管理人さんも?」


 思わず全員が視線をやる。

 管理人さんは静かに頷いた。


「私の家は、代々大きな役目を担ってる家系ですから。そりゃあ色々と厳しくされましたし、理不尽な事も山ほどされました。私は、籠の中の鳥だったんです」

「管理人さん可哀想……」楓さんが悲しげに呟く。

「だから、私は家を出ました。嫁入り時期はすっかりと過ぎてしまいましたが、今は如月荘が私のホームであり、そして故郷です!」

「よう言った!」

「やんややんや!!」


 俺たちが野党のような野次を飛ばすと、管理人さんは照れくさそうに頭を掻いた。


「楓さん、うちでよければ、いくらでも泊まっていってください。形は違えど、同じ境遇同士、放ってはおけません!」

「管理人さん……」

「このままでは楓さんが真っ当な男性と結婚できなくなってしまうかもしれません。それだけは阻止します! 婚期を逃した女性の辛さを、こんな可愛らしい方に味わわせるわけにはいきません!」

 辛かったのか、管理人さん。

 俺たちの間にその様な空気が流れた。

「管理人さん」

「はい?」

「俺でよければ、いつでもなりますよ、婿」

「猫?」

「人の子よ、猫的存在は私がいるが」

「君は黙っていなさい」

「鳳君、また動物と話してる。職場でもいっつもこうなんですよ」

「まぁ、鳳君は実際に話せますからねぇ」

「私のおかげでね」

「えっ? どういう事ですか?」

「それ以上はいけない」



 盛り上がる中、俺は考えた。

 この状況下で店長に殺されるのは俺だと。

 そして、ゴネても殺されるのは俺だと。



 死ぬのは俺だと。

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