11-7 しじま

 夜。

 夕方と、深夜の狭間の時間。

 この間だけは、普段は騒がしい如月荘にも夜のしじまが訪れる。


 二階には安西さんの聞く静かなポストクラシカルが流れ、恐ろしく静かな祈さんはおそらくその音楽に耳を傾けながら本を読み、桔梗は酒を飲みながら、窓から月を眺めているだろう。

 階下からは、管理人さんと楓さんの楽しそうな声が聞こえている。

 如月荘が静けさと一体化する時。

 俺は……。


「なんでテメェの家に楓がいんだ? あぁ!?」


 キレられていた。

 それはもう、ヤクザが親の仇にやる様に。


「いえ、ですから、楓さんが我が家に来訪されましてね、どうしても帰りたくないと「テメェ殺されねぇとわかんねぇのか?」」

 キレすぎて言葉が通じない。


「店長、楓さんとケンカしてるんでしょ?」

「うっ」

 ギクリという音が聞こえた気がした。

「楓さん、それで怒って出て来ちゃったんですよ。人の手紙を勝手に捨てるなんて信じられないって」

「なんだと……?」

「ただ、楓さんは手紙のことよりも、信じてもらえてなかったことが許さなかったんだと思います。好きになる相手も、相手がどんな人かも、娘には見抜く力があると思ってて欲しかったみたいで」

「楓はまだ高校生だぞ……? そんな力あるわけないだろ」

「もちろん俺らからしたらはそうかもしれません。でも、楓さんにとって店長が信じられる人であるように、店長にもまた信じて欲しかったんじゃないかと思うんすよ」

「だからって何でよりにもよってお前の家なんだ」

「そりゃあ僕が好きだから「あぁ!?」」

 これ以上冗談を重ねると本当にたま取られる気がした。


「実は俺の家はシェアハウスという奴でして、色々変わった住民がいるんですよね。それを前々から楓さんに話してたので、遊びに行くのも兼ねてたんじゃないかと推察されます。本人も一度行ってみたいとはいってくれてましたから」

「なるほどな。そういうところは昔からちゃっかりしてるからな、あいつは。でもシェアハウスだぁ? 安全なのか? そこは。変な男とかいるんじゃねぇだろうな」

「まぁ、変わった人は多いですが、悪い人は居ませんよ。男も俺以外に一人いますが、機能不全者です」

「お前プライバシーって知ってる?」

「それに、管理人さんは若くて綺麗でしっかりした女性の方ですし、事情を話したところ、管理人さんのご好意で楓さんは今夜そちらの部屋に泊まることになってます。万一にも間違いはないかと。僕が保証します」

「泥舟に言われてもな」

 どういう意味だ。

「……まぁ、お前と楓が一緒にいないなら良い」

 それもどういう意味だ。

「いいか、明日は必ず帰せ。そうでなければ乗り込んで見せしめにお前を殺す」理不尽にもほどがある。


 電話を切った俺は、静かに溜め息をついた。

 まぁ、心配する必要はないだろう。あとは夜が過ぎ去るのを待ち、翌日楓さんを家に送るだけだ。

「風呂でも入るか。カーバンクル様、一緒に入る?」

「ふむ、やぶさかではないな」


 風呂に色々考えた。考えたが何を考えていたのかすっかり忘れた。

 人は忘れるから生きていけるのだと言う。

 それ今関係ある?


 ※


 風呂から上がって落ち着くとすっかりと深夜だった。

 先ほどまで流れていた安西さんの音楽も鳴り止み、いよいよ如月荘は静けさに包まれる。

 ふと携帯電話を見ると今泉から連絡が来ていた。年明けに冬のペンションに遊びに行こうと言う誘いだった。オカルト研究会の友達と一緒に行くらしい。


「どうしようかな……」

「行ったらどうだ。私が見たところ、貴殿は学生なのに遊んでなさ過ぎる。今しか出来ない経験があるのだ。人の一生は我々と違って短い。もっと貴殿は色々な可能性に目を向けるべきだと思うぞ」

「たしかに」


 青春の事よりも動物にアドバイスを受けている事に危機感を覚えなくもない。

 まぁ、カーバンクルの言っている事は確かなので、とりあえず了承の返事をしておく。

 

 そろそろ寝るかな、と思っていると、不意にトントン、と控えめなノックがされた。

「人の子よ、誰か来たぞ」

「言われなくても」

 俺がドアを開けると、そこに楓さんが立っていた。

「えへへ、来ちゃった」

 

 死の音が聞こえる。

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