第14話 ニート、涙する 4

その晩、家人が皆寝静まったころ、

木製の扉の開く音が聞こえたのだ。


我輩も、寝るに寝付けず、

音を立てないよう一階の居間へと向かった。


てってってっ。


なるほど、そこにはニートがいた。

明かりもつけず、オレンジ色の小さい光がニートを包んでいる。

そして、どうやら我輩が来ることを承知していたようだ。


ずんぐりむっくりしたその体、

首から上だけを器用に180度回転させ、

我輩を確認すると、


隣の白い包みから鯖缶を取り出し、手招きをする。


うむうむ、我輩の夜食ご苦労にゃ。

と思いながら、


トテトテ


ニートの隣に座り、その顔を近くからよおく見ると、

目元が真っ赤に腫れていたのにゃ。


”にゃ”


我輩はニートに優しく声をかけた。

すべて分かっているのだ。ウンウン、何も言わずとも分かっているにゃ。と。

そんな心を込めたのが通じたのだろうか。


ニートは、鯖缶を丸っこい指で器用にペリペリ開けて、

我輩の前にちょこんと置いた。


今夜、二匹(いや二人と書くべきか)の間に

会話はこれ以上なかったのであるが、

なぜだか、いつも以上に雄弁に語らい合っているような気がした我輩である。


おそらく読者ネコ諸君の中には、

その語らいの内容を知りたいという者もいるかもしれない。

しかし、これだけは、オス二人の秘密ということにしてほしいにゃ。


つまり、言い換えると、

我輩はその夜の光景を、書くに留めるのだ。


ニートは、缶ビールを


プシュッ。


と開けて、


ちびちび


と飲み。


我輩は、鯖たちを


むしゃむしゃ


していた。


我輩の鯖が、残り一切れになろうかという時、

突然、ひたいに水のようなものが落ちてきたのだ。


我輩は恐る恐る上を見上げると、


ニートの瞳の表面に、キラキラと光る膜が出来ているではないか。

少しでも大きな衝撃が加われば、滝のように流れ落ちてしまいそうだ。

しかし、ニートは気づいていないのか、

奥歯を噛み締め、涙を溜めながら、いまだチビチビやっている。


我輩は、それを確認すると、

ニートの服裾に何度か体を擦りつけて、


居間を後にしたのである。


おそらく、心にもない言葉をかけられたのだろう。

いつもなら、すごすご家に帰って来るのであろうが、

妹にボロボロに負けたのが悔しくて、

ヤケになって、片っ端から仕事を探したに違いない。


にゃんとも、それが全部ダメで、

とうとう自分がみすぼらしくなって、

乗り物にも乗らず、家に歩いて帰ってきたのだろう。


我輩は、階段を登りながら、そんなことを考えていたにゃ。


そして、


我輩は、


何度と傷つけられても、

頑張って一歩を踏み出したニートのことを

少しだけ見直したのである。


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