第15話 ニート、運動する

我輩はネコであり、こいつはニートである。


先日の、妹騒動で少しは改心したのだろうか。

今日は、いつもよりも少しだけ早く起きてきて、

我輩が包まっていたコタツ布団を剥ぎ取り、


「おはよう、君。今日は、走ることに決めたぞ」


と、いらぬ宣言をしてきた。


書くまでもなく、

安らかな睡眠を邪魔された我輩は、

イラついているのだが、


ニートは、そんなことはどこ吹く風と、

鼻息荒く、洗面所に行ってしまった。


うん?


ここで、我輩、面白いことに気づく。

今日のニートは、全身青い色ではにゃいか? と。

青魚が大好きな我輩にとって、青色は格別なものである。


この青に免じて、今の軽率な振る舞いは許してやることにした。

猫は自由気ままなのである。

少しだけ機嫌を直した我輩は、再度、布団を寄せて寝るのであ−


がバッ。


”…にゃぁ…”


また、布団を脱がされた。

今日は、厄日である。


こういう時は、言葉ではなく、表情で伝えるというのを、

ついぞ、妹のコミュニケーション術で学んだばかりの我輩は、


阿呆を睨みつけて、

「察しろ、ボケ」と伝えようと、

バカニートを真正面から見た。


すると、どうだろう。

後ろばかりでなく、正面にも面白いものがあるではないか。


なにやら、胸元とズボンの上に、文字が書いてある。

しかも…うん…変なマークが印字されているような?


このマークに見覚えがあるのである。

ある晴れた日の午後、二階のベランダにて。

青空を背景に、優しくたゆたうタオルたちを見ていた時のこと。


そうにゃ! 確かに、このマーク付きの青い服を見たのである。

大きさは、一回りほど小さかったのだが。


その後、妹がやってきて、「良かった〜乾いてる。明日の体育に間に合ったよ〜」

と言って、我輩の頭を優しく撫でてくれたのにゃ。


…。


…まさか!?


着ているということかッ!?


さすがの我輩も、これはまずいと思ったにゃ。

ただでさえ、(悪い意味で)ご近所の噂になっているニートが、

平日の真昼間に、妹の服でドスドス徘徊したら、


家人の市民権すら、剥奪されてしまうに違いにゃい!


我輩も、この一家の一員として、さすがにこいつの暴挙を止めねばと

服裾を爪で捕まえようかと思ったのであるが、


時すでに遅し、ニートはもういなかった。


…。


まあ、いいにゃ。

禍福は糾える縄の如し。人間万事塞翁が馬。どうとでもにゃれ。

我輩は、考えるのが疲れた故、

再々度、布団を被り直し、寝直そうとし−


ガバっ。


「君、雨が降っていたよ…。これでは走れないなあ…」


と、あからさまに落胆した声が、

我輩の全身に降りかかる。


常日頃、読者ネコ諸君から、聖ネコ君子という愛称で親しまれている我輩も、

甚だ残念なことに、堪忍袋の緒が切れしまった。


仏の顔は三度までというが、

我輩の顔は、

一歩及ばず、二度までであったのにゃ。


つまり、

ニートの腹に、血の雨を降らせてやったのである。


「痛いッ!?」


ニートがご近所を走らなくて、本当に良かったにゃ。


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