第16話 ニート、勉強する

我輩はネコであり、こいつはニートである。


日頃、ダラダラと怠惰を貪り、

家人の白い目にも動じず、

食べたい時に食べ、眠りたい時に眠る。


ネコとニートには近いところがあるのではにゃいか。

と最近思うようになった。


違うところを強いて上げれば、

ネコは愛されるが、

ニートは愛されないところであろう。

そんな些細な違いだけである。


ネコであったなら、

きっと、確実に、絶対、当然、必ず、マジで、

そのダラダライフを謳歌してしまうのだが。


ニンゲンという生き物は面白い。

ダラダラするということに、後ろめたさを感じるらしい。


我が家のニートも、一応ニンゲンであるため、

少なからず、本当に少なからず、

後ろめたさを感じている。…はずだ。…そうあってほしい。


後ろめたさを抱いている(抱いてほしい)今日のニートは、

昼過ぎに起きてくるまでは通常運転であったが、

その小脇に何冊かの本を抱えていた。


我輩が、不思議そうにその数冊を見つめていると、

ニートは頰を緩め、


「これか? 君には分からないだろう。遠い異国の言葉さ」


と本を指差しながら自慢気に話すと、

顔も洗わずに、こたつの中に侵入してきたではないか。


どうやら、自分の頑張ろうとしているところを

人に見てもらいたいようだ。


しかし残念なことに、見てくれる人はいない。

だとしたらネコでもいいか。

よし、居間に行くか。


ニートがどう考えているのかにゃんて、簡単に予想がつくのである。


そして、我輩はニートの垂らした釣り針に引っかかってしまったようだ。

ニートは、聞いてくれるネコを見つけ、よほど嬉しかったのか、

ツバが飛ぶ勢いで、まくしたててくる。


甚だ、不愉快だ。


「この社会はね、肩書きばかりに囚われている」


「学歴だぁ! 資格だぁ! 僕は心底うんざりしていたのだけれど」


「うんざりしていたら、この家から追い出されてしまうかもしれないと察した…」


「追い出されたら、君もきっと寂しいだろう? うん、そうに違いないッ」


「だから、どうにかして、社会的地位を得なければならないのだ」


「その第一歩として、僕も肩書きをつけていこうと考えたのさ」


読者ネコ諸君、気をつけてほしい。

ニートが、得意そうに早口気味で何かを話し始めたら、

良くないことが起きる前兆である。


我輩も注意深くニートの動向を伺う。

下手すると、こちらまで火の粉が飛んできてしまう可能性があるからにゃ。


できるネコとは、楽観的に考え楽観的に行動するネコのことを言うのであるが、

良くできるネコとは、悲観的に考え楽観的に行動するネコのことを言うのである。


「つまり、僕はね、TOEICという英語の試験を受けることにした」


我輩は、一切気を抜かずに、じりっと身構えている。何が起きても良いように。


しかし、


ニートは、早口でまくしたてると、

一冊の本を手に取って、紙面に集中し始めたのだ。


…。


良くないことが起きると言ったであろう。

それは本当である。


読者ネコ諸君よ。


仮に起きないとしても、起こすのが、


ネコである。




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