第13話 ニート、涙する 3

さて、口を開けたままロクに叙述することができなかった我輩を

許してほしい。


おそらく読者ネコ諸君は、いったいぜんたいどうしたのにゃ!?

と思ったに違いない。


我輩も、読者であればきっとそう思うであろう。

ゆえに、この紙面を借りて、再度記述していこうと思う。




「妹だって、バイトをしていないではないか!?」


ニート、鼻息荒く啖呵を切って


「学校の校則で、したくてもできないんだよッ!」


ダンッ!


と、その短い右足を畳に叩きつけたのである。

しかし、妹は動じない。

冷たい視線を維持したまま、ニートの瞳を睨みつけるのだ。

そして、口を開いたまま目線だけを動かす我輩。



「僕だって、何度かしようかした! したけれど、あちらさんがダメだと言うのなら諦めるしかあるまい!」


大げさに、頭を抱え…たかと思うと、口を動かすのに合わせて、

歌舞伎の髪を振り乱すような、激しいチューチュートレインのような、

変な踊りを始めたのが、このニートである。


チューチュートレインと言う響は、我輩の猫生においても、

一位二位を争う甘美な魅力を持っている、と言うことも付記しておこう。


「何度かッて…何回か言ってみろよ!?」


残念なことに、妹は混乱しなかった。

しかも、ニートの変な踊りは妹の逆鱗に触れたらしく、

ひどくドスの籠った声で、ニートを圧倒するのである。


ニートは、まるで首元に刃物を当てられたがごとく、

ピタッとおし黙る。


黙ったのに、イラついのか、

妹はお返しとばかり、


ダンッ!


と、畳を蹴散らした。

錯覚であろうか? 畳に、大きなサバのような跡が残っているにゃ。

しかもしかも、にゃんと、白い湯気のような…ものまで…。


口をあんぐりした我輩はもちろんのこと、

ニートも驚愕してしまったらしい。

しかし、黙っていては次にどんな目に合うか、

目も当てられないことになりそうか、と考えたのだろう。


「何回か…」


と、出がらしをさらに絞り出すような小さいな声を、絞り出し、


ちょん、ちょん。


加えて、両方の人差し指を何度かつけたり離したりするのであった。


でっぷりとしたニートが、

その唇をすぼめて、体を丸くして、人差し指をちょんちょんとする姿は、

ネコにとっても不快極まりないものであったが、

どうやら霊長類にも、同じような印象を与えたらしい。



「ちげぇよ!? 回数を聞いてるんだよ!?」


おでこに青白い血管を浮き上がらせて、攻勢に攻勢を重ねる妹。

しかし、その声は荒立っていない。

一言一言をゆっくり淡々と話し、抑揚を抑えているのであるが、

声を荒げた時よりも、かなりの威圧感を受けた我輩である。


つまるところ、

ニャア! と叫び散らすより、

ニャ…ァッ! と抑揚を抑え唸った方が、相手に響くのであろう。

読者ネコ諸君も、勉強してくれたまへ。


もう一振り、相手に怒りを伝えるスパイスを妹は振りかけた。

それが、この、


ガスッ。


首締めである。

身長差イワシ一匹分ほど小さい妹であるが、

どうやら力はダメニートよりよっぽどあるらしい。

間合いを詰めると、右手ですっと、

ニートのダボダボしたパーカーの襟元をキュッと締め上げた。


辛抱たまらず、ニートは答えるのであるが、


「えっと…、じゅ、じゅっかい…」


この男の残念なところは、すぐに話を盛ってしまうことである。

身長はサンマ一匹分多くし、体重はハマチ一匹分少なくする。

こういったことを日常茶飯事にやっているから、いつまでたってもダメなのにゃ。


まあ、初対面のネコ相手ならば、もしかしたら通じてしまうかもしれないが、



「本当だな?」


今回の相手は、ニートの手札を知り尽くした妹である。

妹は、即座に疑問符をにゃげかけ、


ジロリ。


睨みつけるのだ。

蛇に睨まれたウシガエル。ウシガエルの前のハエ。ハエの前のロールケーキ。

もかくやと言うほど、窮地に立ったニートは、

どうやら逃げ道がないことを観念したらしく、



「…すみません、盛りました。5回です…」


と、また話を盛るのである。

お笑い界でも同じことを二度する天丼は避けられているし、

経済界での二番底なんて、誰ももう二度と経験したくないし、

串揚げのソース二度漬けなんてものは、人権を失う可能性すらあるし、

チャオチュールの二袋目はよほどのことがにゃい限りもらえないのにも関わらず、


ニートは二度も話を盛るのである。

妹の胸中、推して知るべし、とも我輩は思うのである。


「…おいッ」


どうにゃるものか? ちゃんと話し合いができるのか?

我輩も、下あごに軋みを感じながら、案じていたわけであるが、

なかなかどうしてこの妹はできるニンゲンである。


言語を、肉体言語に切り替えたのにゃ。



ゴスッ。


空いている左手を、拳にし、ニートのたるんだ鳩尾に一発決めた。



「ひいいぃぃ! さん! いや、二回です! 二回!」


日頃だるだるしているニートは、

話し合いから話し合い(物理)になってしまっては、

もう生き残れる見込みはないとして、

盛るのを(ギリギリで)諦め、正直に話した。


そして、これで面倒な妹とのやり取りも終わるだろうと、

おそらくニートは考えていたのだろうが、

今日の妹は一味も二味も違ったのである。


「じゃあ、三回だな」


またまたドスのきいた声で提案するだけでなく、


ギロッ。


睨みも効かせた、交渉術を我輩に見せつけてくる。


「へ?」


やはりニートの脳内では、事は終わっていたのだろう。


キョトン。


と半ば自体を掴めずに、妹の顔をじっと見つめる。

よく、あの鋭い瞳を直視できるのか、と我輩は少しだけニートを見直すが、

見直したところで事態は変わらにゃい。


妹は、ポケ〜としたニートの顔面に右フックを叩きつけるがごとく


「今から、行ってこい」


と、言い放ち、

「YES」か「はい」か「にゃん!」しか許さないとばかりに


ギラり。


と念を押すのである。

この口調と睨みをセットにして販売すると言うのは、

今後、我輩も機会があったら活用していきたいところだ。


なぜなら、


「ど、ど、ど、ど、どこに」


あからさまにニートが動揺し始め、

ひたいから大粒の汗が流れ出し、


わたわた。


と貧乏ゆすりをするため、

我輩の近くまで、ニートの汁が届くそうになるほど、

効果てきめんであったからにゃ。


なぜここまで、ニートがブルブルするのか、

わからない我輩も、

次の3文字で、腑に落ちた。


「ハロワ」


妹は、きっぱりと、すっぱりと、さっぱりとした口振りで、

言葉の弾丸をニートに浴びせたのだ。


どんっ。


その後ろには、この効果音が文字化して

我輩の瞳に映ったような気がした。


と書いたように、

我輩は惚れ惚れして妹のことを見てしまっていたのだが、

その時間は、にぼし一匹分にも満たなかったと記憶している。


なんと、その短い時間に、

ニートのさして使えていない脳みそをフル回転させて、

「逃亡する」という選択をしたらしい。



「はんッ」


と、息巻いて、首元の拘束を外しにかかり、

外すや否や、


ダッ。


と二階へ駆け上ろうとして、


ガスッ。


居間にある棚の角に、小指をぶつけ



「グフッ…」


と、淀んだ鳴き声を垂れ流し、


「追い出されるか、行くか、好きな方を選ばせてあげるよ、オニイチャン?」


失笑している妹の言葉のナイフを背中に受けながら、


ドサッ。


と廊下に転がった。

言うまでもなく、我輩は鳴き声一つあげず、その光景をしっかりとこの両目に焼き付けたのであり、そのため、今このようにして記述できているのである。


居間と廊下の間にどっかりと倒れたニートは、

床のフローリングに顔を擦りつけているためか、


「……タエガタキヲタエ、シノビガタキヲシノビ…」


というようなくぐもった呪文が、こちらまで響いてきた。


この我輩の、素晴らしく効く目をして、

にゃんと


ポロポロ。


という擬音語を、発見するに至り、

ニートは立ち上がると、玄関まで、


ドスッ、ドスッ…。


と立ち去っていったのである。


”にゃ…”


ようやく我輩の口が、塞がった。


以上が、ニート対妹の一部始終であるが、

果たして、ニートがその後どうなったのか、


実は我輩も気になっているにゃ。

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