第21話 違和感


 銃口から飛び出してきたのは、軽快な音だった。

 続けて、それよりも小さな音でパン!と何かが弾ける音が響く。

 マイエンが銃のトリガーを引いた瞬間、ピエロは思わず目をつぶった。

 だが、いくら待っても、自分の体に痛みはやってこない。

 それにしばらく経って気が付いたピエロは、恐る恐る目を開けた。


「さて、これでよしと」


 目の前のマイエンはそう呟くと、カチリと部屋の電気を点けた。

 急に明るくなった事に目が眩みながら、ピエロは自身の体を見て目を見開く。

 縄でぐるぐるに巻かれた状態に、さらに白い餅のようなものが足から床までべっとりと覆い被さっていた。

 試しに足を動かそうとしてみたが、びくともしなかった。


「これは……」

「トリモチみたいなもんだ。無理にはがそうとするなよ、色んな意味で剥がれるぞ」


 マイエンはピエロの前に置いてあるソファーの背もたれに座ると、疲れたように息を吐いた。

 そしてニヤリと不敵に笑って見せた。


「撃たれると思ったかい? 悪いが、これでも法は弁えているよ」

「どうして……」

「私は警察官でも、まして自警団員でもない。ただの発明家だ。怪しいだけでは捕まえられない。だけど現行犯なら構わんだろう?」

「…………」

「お前達の公演期間が終了するまでに行動を起こしてくれれば良し、起こさなかったら別の手を考えれば良し。不法侵入だけでも十分引っ張れるから、引き渡せばお仲間共々、中央の警察が調べてくれるさ。これでも、今ならまだ有名人でね? 多少親身にはなってくれるだろうよ」


 やけに饒舌にマイエンは話す。

 旅芸人の一座と話をした時に、マイエンは空描きロボットのメリー・メリーを囮に、彼らをおびき寄せる事を思いついた。

 ソースケの発明が奪われたのはまだ数か月ほど前の話である。

 彼らは公演に白ウサギのトトを使っている事からも、多少なりともその時の記憶にメリー・メリーが残っているのではとマイエンは考えた。

 だから、彼らの前でメリー・メリーの話をしたのだ。

 そうして出た結果が、目の前のピエロである。

 本音を言えば、もう少し抵抗があるかと思っていたので、少々拍子抜けでもあったが。

 そんな事を思いながらピエロを見下ろしていたマイエンは、ふと、ピエロが包みに入った何かを大事に抱えている事に気が付いた。

 あんな包みは家にはなかったな、と思いながら首を傾げる。


「何持っているんだ? 武器か?」

「あ、いや、これは……」


 ピエロは何か言おうとして、何と言おうかと悩むように、何度も口を開きかけて閉じる。

 マイエンが怪訝そうに眉を上げると、ピエロは包みとマイエンを何度か交互に見た後に、まだ自由な手を動かして、意を決してそれをマイエンに差し出した。

 

 その手は、先ほどの恐怖によるものか、まだガタガタと震えている。

 マイエンは訝しんだ顔をしながらも、手を伸ばし、警戒しながらその包みを受け取って、中を覗いた。


「――――」


 そこには白ウサギのロボット、トトが入っていた。

 マイエンはひったくるようにそれを受け取ると、包みの中からトトを取り出す。

 ふわりとした柔らかな毛の感覚に、懐かしさがぶわりと体を駆け抜けて、マイエンは息を呑んだ。


「どういうつもりだ、何故トトが」

「申し訳……申し訳ありませんでした!」


 ピエロは動かせる上半身を必死に折って、頭を下げた。

 その様子にマイエンは目を剥く。


「撃つつもりなんて、なかったんです。あんなに必死に追いかけられるなんて思わなかったんです。追いかけてこられて、思わず、思わず、指が!」

「……お前が撃ったのか」

「…………う、うう………すみません、すみません……」


 マイエンは顔を覆った。

 図らずとも、ソースケを撃った犯人は、このピエロだったようだ。

 お前が。

 あいつを。

 マイエンは罵りたくなる気持ちを飲み込んで、ピエロの前に手を挙げた。

 黙れ、のポーズだ。

 マイエンはピエロを睨みつけながら口を開く。


「弁解も謝罪も、中央で存分にしてくれ。お前達はソースケから、ソースケごと家族を奪った。それが私の真実だ。だけど、私はあいつと約束をしたんだよ。必ずトトを取り戻すと。それ以外の事は、頼まれていない。それは法の裁きに任せるさ」


 マイエンも相手に対しての怒りも恨みもないわけではない。むしろ、あり過ぎるほどだった。

 けれど、マイエンが友人から頼まれたのは「家族を取り戻して欲しい」という事だった。

 ソースケの家族を取り戻せても、ここで手を下してしまえば、ずっと守っていく事は出来ない。

 だからマイエンは自分の感情を飲み込んだ。裁かれる者が裁かれるべき場所できちんと裁かれる事が、自分にとっての復讐になるのだからだ。

 そう、呑みこんだ。


「だが、一つだけ腑に落ちない。……お前、何故トトを連れてきた?」

「あなたが、あの人を友人だと言ったから。……あの時、あの人が言った『家族を返せ』って言葉が、耳からずっと離れなくて……」

「…………」


 マイエンは一度目を伏せると、項垂れたままのピエロを一瞥し、窓の外を見た。

 空の端から明るい金色の光が見え始めている。そろそろ夜明けだ。

 

「…………ようやく約束が果たせる」


 表情を緩めてぽつりと呟くと、ふと、コンコンと窓を叩く音が聞こえた。

 見ると、そこには自警団員のミストが立っていた。

 こんな時間に珍しいなと思いながらマイエンは窓まで歩くと、カチリと鍵を開け、窓を開いた。


「こんばんは、マイエンさん! 見回りをしていたら、何かが爆ぜるような音が聞こえたのですが、何かありましたか?」

「ああ、こんな夜更けまでお疲れ様です。ちょっと不法侵入者を捕まえた所で」

「不法侵入?」


 マイエンはミストに見えるように、体をずらした。

 部屋の奥には、縄とトリモチで床に縛り付けられているピエロがいる。

 ミストは部屋の中を覗きこんで大きく目を張った。


「え、ピエロですか? あれってまさか、旅一座の?」

「ええ、はい。そうです。多分、一座ごとクロですよ」

「いや、これは……大変ですね」

「明日……じゃない、今日か。中央に連絡を取って警察を呼ぶつもりなんですが。申し訳ないが、それまで自警団の詰所で預かって貰えますか?」

「ええ、はい、そうですね」

 

 ミストが頷くと同時に、こちらを見たピエロが顔を強張らせて叫んだ。


「そいつは!」

「……でも、それは、ちょっと困りますねー。こいつが捕まったら我々の事が、、、、、バレてしまうでしょう?」


 ミストの方を振り向いた瞬間、ミストはマイエンの背中に手を回し引寄せ、鳩尾を拳で打った。


 違和感があった。

 こんな明け方の時間に、自警団員が見回りをしているはずがないのだ。

 けれどマイエンは、ピエロを捕まえた事と、白ウサギのトトを取り戻した安心感と、徹夜や緊張感による疲労で、その事まで気が回らなかった。

 ミストが人好きのする笑顔でにこりと笑い掛けるのを見ながら、マイエンは意識を手放した。




 夜が明けてしばらく経った頃。

 カランカランとドアベルの澄んだ音が丘の上に響いた。


「あれ? マイエンさん、いないね」


 マイエンの家のドアの前に立って家主が出てくるのを待っていたルーナは首を傾げてイギーとクロを見た。

 イギーも不思議そうに首を傾げると、窓の方へと回って中を覗き込む。

 室内もやはり電気が消えており、人気はなかった。

 ルーナの所へ戻って来るとイギーは両手を広げて首を振る。


「いないなぁ」

「うーん、いつもならこの時間に起床するくらいだったと思うんだけど……」


 むう、とルーナは口を尖らせた。

 昨日イギーと話した通り、2人はクロを連れてマイエンの家に遊びに来たのだ。

 だが辿り着いて見れば家には誰もいない。昨日の今日で、気合を入れてクッキーを焼いて来たルーナは、がっかりしたように肩を落とした。

 同時に視線も落とすと、クロが何やら熱心に、地面の匂いを嗅いでいるのが見えた。


「クロ?」

 

 ルーナが声を掛けると、クロはぐるぐると低く唸り声を上げ、弾かれたように走り出す。


「えっちょっと、クロ!?」

「おい、どうしたんだよ!? 何かあった――――」


 そこまで言いかけて、イギーはルーナを見た。

 もしかしたらマイエンに何かあったのかもしれない。

 昨日見た光景が頭の中に浮かんできて、二人は頷きあうとクロを追いかけて走りだした。

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