第20話 会いたかったよクソ野郎


 イギーとルーナ、そしてツヅリオオカミのクロがマイエンの家を出てから少し後。

 二人と一匹は、星の家までの道を並んで歩いていた。


「なぁ、ルーナ。さっきの、さ」

「うん……何か、凄く怖い事になっているっていうのは、分かったわ」


 ぽつり、と話す。

 二人の表情は、マイエンの家を尋ねる前とは打って変わって暗かった。口数も少ない。

 クロはどこか元気のない二人を心配そうに見上げて、小さな声で「くうん」と鳴いた。

 その声に、イギーがしゃがみ込んでクロの頭を撫でる。


「……あ。そう言えば、渡し忘れてきちゃった」


 思い出したようにルーナは手に持っていた包みを見た。

 手土産のつもりだったのに、あの雰囲気の中で出すタイミングがなくて、そのまま持ち帰ってしまったのだ。

 マイエンさんに食べて欲しかったのにな、とルーナは呟く。

 そうしてしょんぼりと肩をすくめたあと、ふと、何かを思いついたように顔を上げた。


「…………そうだ!」

「どうした?」

「ねぇ、イギー。明日また、マイエンさんの家に遊びに行きましょうよ」

「え?」


 イギーは思わず聞き返す。

 だって、先ほどマイエンに、忘れろとか、色々言われたばかりなのだ。

 なのにどうしてルーナはそんな事を言うのだろうかと、不思議に思った。

 そう尋ねてみれば、ルーナは胸を張って笑う。


「だって、忘れろって言われたけど、マイエンさんの所に来るなってのは、言われてないじゃない?」

「…………ルーナ、頭いいな!」

「うふふ。でしょー! それに、何かあればクロもいるし!」

「わん!」


 ルーナの言葉にイギーの目は輝き、クロも鳴いた。

 イギーとルーナは悪戯でも思いついたような笑顔を浮かべている。

 二人はニッと口もとを上げると、両手を挙げてバチン、とハイタッチをしたのだった。




 その日の夜の事だ。

 人々が寝静まり、星だけが輝く真夜中に、静かにマイエンの家のドアが開いた。

 鍵を掛けて戸締りはしっかりしてあったはずなのだが、難なく開けられたドアを、人影が一つ、するりとくぐる。

 そして足音を立てないように静かに玄関を登る。


 すでに家主も寝ているのか、マイエンの家もまた、灯りがなく、暗くなっている。

 そんな暗闇の中を、人影は歩く。

 人影は何かを抱えており、それを落とさないように大事に抱きしめて、辺りをきょろきょろと見回していた。

 それから、足音を立てないように、何かを蹴らないようにと、ただひたすらに慎重に、慎重に家の中を歩いていく。


――――そうしていると、ふと、視界の端に何かが見えた気がして、人影は足を止めた。


 何かが見えたのはリビングのようだ。

 人影は警戒をしながら、そっと顔を覗かせる。

 そして目を見開いた。


 そこにあったのは星空だった。

 否、もちろん本物の星空ではない。マイエンの家の壁の一面に、星空が映っていたのだ。

 ビロードのような夜空。

 琥珀糖のように淡く輝く星々。

 キラキラ、キラキラと瞬くそれに、人影は目を奪われた。

 少し遅れて、その星空の前に、大きな黒猫のぬいぐるみ、空描きロボットのメリー・メリーが座っている事に気が付いた。

 

 人影は引寄せられるようにその星空に近づいて行く。

 音を立てないように、静かに、静かに一歩を踏み出す。

 淡く煌めくそれは、まるで本物のようで、人影は思わず手を伸ばした。


――――その、瞬間だ。


 星空に手を伸ばし、人影が足を一歩前に出した瞬間。

 音を立てないように慎重に歩いていた人影の足が、何かを踏んだ。

 ハッとして足下を見た時にはもう遅い。

 カチリと小さな機械音が響き、フローリングの床がパカリと開く。そしてそこから、縄がぶわりと飛び出した!


「ッ!?」


 縄は鞭のように人影を叩きつける。そうして人影の足や太ももにぐるぐると巻き付き、動きを封じた。

 焦った人影は何とか振り払おうと暴れるが、暴れれば暴れるほどにそれは複雑になって行く。

 やがてバランスを崩して、ドッと音を立てて床に倒れ込んだ。


 その音に反応するかのように、暗闇から別の人影がぬっと現れた。


「どうも、こんばんは。――――イーゲル一座のピエロ君?」


 現れたのはマイエンだった。

 マイエンの顔には表情はない。ただただ静かに、侵入者見下ろしていた。


「こんな夜中までピエロメイクとは、用心深いのか、それとも単に抜けているのか、どちらかね」


 ゆっくりと近づいてきたマイエンの手に、何か銃のような物が握られている事に気が付いて、ピエロは「ひっ」と息を呑んだ。

 マイエンはゆっくりとその銃口をピエロへと向ける。

 ピエロの目がマイエンと、銃口を映す。ガチガチと震えながら、ピエロはずるずると物を抱えていない方の手を動かし、後ずさった。

 そうすると直ぐにドンッと何かに背中をぶつけて、思わず振り向く。


 空描きロボットのメリー・メリーだ。ぶつかった衝撃でメリー・メリーの目が開く。 

 ピエロは声にならない悲鳴を上げて、震えながらマイエンの方を見た。

 マイエンはカツカツと靴音を立てながらピエロに近づいて行く。


「会いたかったよ、このクソ野郎」


 そうして静かにそう言うと、ゆっくり、ゆっくりとたっぷり時間を掛けて、トリガーを―――――引いた。

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