第19話 忠告
マイエンの家からは、バチバチ、ガチャガチャ、ガンガンと、マイエンの家から賑やかな音が漏れている。
その音に乗って小鳥達がチチチと囀り、クロも楽しそうに「わん!」と鳴いた。
「……うーん、こんなもんか」
作業テーブルの上には、何やら細長い棒のような機械と、ゴツイ水鉄砲のようなもが置かれていた。
ゴーグルを上げて出来上がったものを確認していると、ふと、ドアベルの音が聞こえて来た。
作業着だけ脱いで白衣を羽織ったマイエンは、「はいはい」と呟きながらドアを開けて半目になった。
そこにはカッツェルと旅芸人の座長が立っていた。
にこりと微笑まれ、マイエンは嫌そうに顔をしかめる。
「こんにちは、マイエンさん。今日も相変わらずお美しいですね」
「髪はぼさぼさでクマもついている顔相手に、見え透いたお世辞はよしてくれ。何の用だ?」
「いやいや、すみません。空描きロボットを見たいと思っておりましたので、私がカッツェルさんにご案内を頼んだのですよ」
「ええ! 僕は案内についてきただけですよ。あくまで案内に!」
「コノヤロウ」
素知らぬ顔で言ってのけたカッツェルに、マイエンは眉間に皺を寄せて睨んだ。
この商人め、本気でしつこい。
どう追い返そうか考えていたマイエンだったが、旅芸人の座長を一人だけ迎え入れるよりはカッツェルがいた方がまだいいかと考え、仕方なそうに中へと手を向けた。
「…………どうぞ」
「お邪魔します!」
カッツェルは小さくガッツポーズをして、中へと入った。
「すみません、お気を遣わせてしまって」
「そう思うなら押しかけて来ないんだがね」
「はっはっは! いやぁ申し訳ない」
カッツェルはにこにこ笑うと、まったく申し訳なさそうではない様子で、紅茶のカップに手を伸ばした。
顔に近づけ香りを楽しんだ後で、一口。
ふっと懐かしげに目が細まり、口元が上がった。
「うちで最初に取り扱った茶葉ですね」
「一番飲みやすくてね。新しいものもいいけど、何だかんだでこれが一番、飲んでいて落ち着く」
「……そうですか」
同じようにマイエンも紅茶を一口飲んでそう言うと、カッツェルは嬉しそうに呟き、カップをテーブルに置いた。
そして自分の足の上で手を組み、まっすぐにマイエンの目を見る。
「マイエンさん、以前のお話は、覚えてらっしゃいますか?」
「ロボットを見るのではなかったのかね」
「そうですね。是非、見せて頂きたいです。それとは別のロボットになりますが」
そうして、カッツェルの目がすっと真剣な物へと変わる。
同時に旅芸人の座長からもピリッとした空気を感じる。
マイエンは眼鏡を押し上げると――こうなるとは思っていたが――息を吐いて肩をすくめた。
「覚えているよ。何の協力だか知らないが、それの事だろう?」
「ええ、そうです。それを話す前に、まずは我々が何なのかをご説明します」
「ベリー商会と旅芸人の一座では?」
「それも、もちろんそうなんですけどね。――――僕達は"揺らぎの星"と名乗っています」
カッツェルの言葉にマイエンは首を傾げた。聞かない名だ。
中央にいた頃の事を思い出して見ているが、それに値する名前を耳にした事はなかった。
「簡単に言うと、反政府組織ですね」
「さらっと厄介な言葉を口にしたな」
マイエンは半目になって、こめかみを押さえた。
その様子に、カッツェルは一度苦笑して、話を続ける。
「マイエンさんは、今の辺境の様子をどう思いますか?」
「良くはないな。中央から遠い為に、放置されている面も多い。……テトラの星が出来てから、顕著だな」
「そうです。我々辺境に生きる者は、何度も何度も中央に、本来あるべき事なのに足りていない部分の要望を、出し続けて来ました。最初は返答も返って来ていましたよ。回答は同じでしたが。けれど、何度も送っている内に、やがて、返答すら来なくなりました」
淡々と語るカッツェルの目に、だんだんと剣呑な光が浮かびだした。
この光が何なのか、あの時のマイエンには分からなかった。
だが、今は分かる。これは怒りだ。
「直接中央にも行った事があるんですけどね。取り合っても貰えませんでしたよ。だから僕は、ベリー商会を立ち上げたんです。商人としてならば、様々な場所へ繋がりを作ることが出来る。そして、普通では入って来ないような情報も得ることができる。そして、ようやくここまで来ることが出来ました。辺境の事を何も考えない中央へ、辺境の事を知らない人々へ、辺境の怒りを伝える為に」
カッツェルは静かに、だが言葉に力を込めて言う。
「テトラの星の製作者、マイエン・サジェ博士。テトラの星の制御キーを、我々に渡して頂きたい」
カッツェルの言葉にマイエンは目を細める。
マイエンはテトラの星を作った際に、悪用されないように、そのプログラムに複雑なプロテクトを掛けた。
そして、もしそのプロテクトが解かれても大丈夫なように、テトラの星にプログラムに手を加える際に使用する『制御キー』を別で用意したのだ。
制御キーの隠し場所はマイエンしか知らない。そもそも、制御キーの存在も、マイエンは誰にも話していなかった。
「よくまぁご存じで」
「色々な方に協力して頂いていますので」
にこりとカッツェルは微笑んだ。
カッツェルは色々な人と言ったが、それは案に『プロテクト』を解除する事が出来るようになっているか、もしくはすでに解除が出来ているかという事になる。
彼らはマイエンに『テトラの星』を使って何かを行うと言っているのだ。
マイエンが制御キーを渡した場合、直ぐにでも実行できそうな段階で。
「受けなかったら殺されるかね」
「以前にも言いましたが、僕はそんな野蛮な事はしません。言葉を尽くして、協力を願うだけです」
マイエンの言葉に、カッツェルは静かに首を振った。
その目は相変わらず鋭利な刃物のような光を宿していたが、嘘をついているようには見えなかった。
恐らく、カッツェルは本気で、言葉でマイエンの承諾を得ようとしているのだ。
そしてその自信がある。
何かを使っての脅しの選択肢もあるだろうが、マイエンには不思議と、そちらの方の悪意じみたものは感じなかった。
信用がないかと問われた。信じているよと答えた。
ならば、その言葉を信じるだけだ。
「カッツェルさん、あんたは私が何故、テトラの星を作ったと思うかい」
「それは、恒星の爆発から星を守り、世界を守る為では……」
カッツェルの言葉に、マイエンはふっと笑って立ち上がった。
「半分は正解だ。そして、そう思うのならば、帰ってくれ。私は協力は出来ない」
「マイエンさん……」
「カッツェルさん、あんたはいい人だ。だからこそ、忠告しておく。仲間は選んだ方が良い」
「え?」
それだけ言うと、マイエンは口を閉ざした。
カッツェルは少しの時間マイエンの目を見つめた後、息を吐いて立ち上がった。
それに旅芸人の一座の座長が続く。
「また、お邪魔します」
「何度来ても一緒だがな」
カッツェル達が出て行くと、マイエンはそっと窓に近づいた。
そうして、後ろ姿が完全に見えなくなった事を確認すると、マイエンは窓を開けた。
「つっかれた……」
窓枠に寄りかかって、目を閉じたまま下を向き、大きくため息を吐いた。
なまじ相手が真剣な分、向けられるプレッシャーは強い。
そして今になって、マイエンはカッツェルが苦手な事に気が付いた。
カッツェルはお人好しで、誰かの為に必死になる。そんな雰囲気が、自分の友人を彷彿させて、嫌な記憶も一緒に浮かんでくるからだ。
「……何かこう、防犯グッズでも増やそうか」
そう呟いて目を開けると、植込みの中に隠れた、人影と目が合った。
だらだらと冷や汗をかいたイギーとルーナである。
マイエンは目を丸くした後半目になって、右手で目を覆った。
マイエンの家に入れられたイギーとルーナは、ソファーに座って、初めて入るマイエンの家を興味深そうにきょろきょろ見回していた。
マイエンが二人の前にカチャリと紅茶の入ったカップを置くと、僅かな酸味と爽やかな香りが辺りに広がる。
飲みやすいようにとアップルティーにしたようだ。
「……で、どこからどこまで聞いていた?」
ため息交じりにマイエンが言うと、イギーとルーナはおずおずと言った雰囲気で口を開く。
「す、すみません、お気を遣わせてって所から……」
「ほぼ全部じゃないか!」
「あ、あははははは……」
イギー達の言葉にマイエンは目を閉じて眉間に皺を寄せた。
「マイエンさんがテトラの星を作ってくれたんだね」
「…………忘れろ」
「え?」
「その事も、今見た事も全部だ。全部忘れて、知らなかったフリをしろ」
「で、でも……」
困惑するイギーとルーナに、マイエンは言い聞かせるように言った。
「いいか、イギー、ルーナ。今まで通り暮らしたいなら、星の家の子供達を危険な目に合わせたくないなら、お前達は何も見なかった。そういう風にしてくれ」
「…………」
マイエンの様子があまりに真剣で、必死だった為、イギーとルーナは何も言えなくなった。
マイエンがイギー達に何かをするというわけではないのは、2人にも分かった。
ただただ、自分達の身を案じてそう言ってくれてているのだという事が伝わって来たからだ。
困った顔で黙ったイギーとルーナを見て、マイエンは立ち上がって、2人の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ああ、そうだ。一つ、頼みたい事があるんだが。良かったら、少しの間、クロを預かってはくれないだろうか」
「クロを?」
「急な仕事が入ってな。散歩とか連れて行ってやりたいんだが、その時間がなさそうだ。餌は買ってあるから、それを使って貰って構わない」
多分、仕事じゃない。
直感的にイギーはそう思いながら頷いた。
それを見て安心したようにマイエンは笑った。
「すまないな。よろしく頼むよ。……それと、イギー、ルーナ。最近は物騒だ。もし、星の家に夜、カッツェルでも旅芸人でも私でも、誰が訪ねてきても、無条件でドアを開けてはいけないよ」
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