第2話 ホシガエル


 ヴァイツェンの中央都市、オクトーバーフェスト。

 この町は、他の星からの宇宙船が到着する、星の玄関口でもあった。

 かつては大勢の人に溢れ、賑やかであったこの町だが、今ではすっかりと人は減り、錆びれてしまっている。

 活気に満ち溢れた人々も、所狭しと広げられていた露店や屋台も、今日ではぽつり、ぽつりと立つくらいである。

 そんな町中の大通りを、マイエンは役所を目指して歩いていた。


 錆びれたとは言えど、ステーションの存在するこの町は、他と比べればまだマシな方だ。大通りにそこそこ人が歩いている。

 実の所、ヴァイツェンにある他の町では、そこそこどころか、片手で数えられるくらいの人数しか歩いていない所もある。住人達もほとんどいないそこは、すでに町とは呼べなくなっているほどだ。


 だがしかし、オクトーバーフェストがまだマシとは言えど、本当に『まだ』なのだ。

 その証拠に、大通り沿いの店や、露店に並べられている商品はとても少なく、値段も中央と比べるとかなり高い。

 ここが辺境の星という関係上、輸送費分の費用は高くはなるだろうが、それにしても値が張っている。

 需要と供給のバランスが悪いのだろう。もちろん、これらの品物を買っても大丈夫なくらいの稼ぎがあれば別だが、この様子を見ればそうは思えなかった。

 マイエンは「むう」と眉間にシワを寄せて呟く。


「これで生活しているとなると、この星の人達は大変だな……」


 呟いておいて何だが、マイエン自身もこれからそうなるのではあるが。

 今のところはまだ蓄えがあるが、この先どうなるか分からない。


(手続き諸々は少し面倒だが、遠くの方の依頼も受けるか……)


 マイエンがそんな事を考えていると、その視界の隅にふと、あるものが映った。

 見えたのは泣いている子供である。歳は十歳になるかならないかの少女だ。少女は大通りの道端に蹲って、べえべえと泣いている。少女の周りには十代半ばの少年と少女が立っており、泣いている少女を必死で宥めているようだった。

 それを見て、マイエンは足を止めた。


「リリ、もう泣くなって。俺達が何とかオルヴァルの親父に頼んでやるからさ」

「そうそう! あんな堅物親父なんて、あたしの色仕掛けでイチコロよ!」

「え? お前のどこに色気が」

「本気で不思議そうな顔をするの、やめてくれないかしら」

「ほめんははい」


 少女がジト目になって少年の頬をつねる。

 少年が痛そうにばたばたと手を動かしていると、泣いている少女が鼻をぐすぐすとさせながら、首を横に振った。


「お、オルヴァルのおじいちゃん……直してもらたら、お金……ちゃ、ちゃんと、払わないと、おじいちゃんが、こ、困るもん……」


 なだめている二人より、年下の少女の方がしっかりとした事を言っている。少女にそう言われた二人は、バツが悪そうな顔で「はい」と頷いた。

 泣いている少女の言葉にマイエンが妙に感心してみていると、ふと、泣いている少女がぬいぐるみを抱きしめている事に気が付いた。

 少女が持っているのは黄色のカエルのぬいぐるみだ。

 何やら怒ったような怖い顔をしているあれは、ヴァイツェンのゆる星マスコットである。


「確か、あれは……ホシガエルだったか」


 ぬいぐるみの名前を思い出したマイエンが、ぽつりとそう呟いた。

 ホシガエルとはヴァイツェンに生息する黄色をしたカエルの事だ。

 実際の大きさは、アマガエルと同じくらで、夜になると淡く光る性質を持ったカエルだ。夜の闇を、ほんわりと照らすその光は儚く、そして美しい。

 マイエンもテレビ番組でしか見たことがなかったが、同様の感想を抱いていた。


 そんなホシガエルだったが、ヴァイツェンだけに生息するという事と、その性質も相まって、裏ではかなり高値で取引がされていた。そして乱獲され、一次は絶滅も危惧されたのだ。

 今でこそ法律によって守られてはいるものの、その事があってか、ゆる星マスコットとしてデザインされたホシガエルは、まるで人間の所業に憤っているかのように妙に怖い顔をしている。可愛いか、と尋ねられれば、マイエンは即答できなかったが、人々には「だがそれが良い」と受けに受けた。

 そして人気は爆発し、あちこちにホシガエルグッズが溢れかえり、その生息地であるヴァイツェンも観光客でとても賑わったと言う。


 だが、そんなカルト的な人気のあったホシガエルではあったが、ブームが過ぎればだんだんと忘れ去られる存在であった。

 人の興味は時間のように移り変わる。それは人のサガでもあり、業でもあるのだろう。

 マイエンはそんな事をぼんやりと思いながら、少女が抱えたホシガエルのぬいぐるみを眺めていた。


「あれ?」


 マイエンは首を傾げる。

 そのぬいぐるみの口から何か飛び出ているのが見えたからだ。

 眼鏡に手を当てよくよく見れば、それは四角い小さな機械だった。ぬいぐるみの体の中から、その小さな機械がコードごとぶらんと飛び出て揺れている。

 それを見て、マイエンは少女が泣いている理由を理解した。


「……そう言えば、ホシガエルのぬいぐるみは、本物と同じように光るんだったか」


 懐かしそうに言いながら、マイエンは目を細めた。

 そう、ホシガエルのぬいぐるみは本物と同じように、体が光るような仕組みになっているのである。


 実はマイエンも何年か前に、ホシガエルのぬいぐるみを所持していた事があった。

 ちなみにマイエンもホシガエルのブームに乗って、自ら好んで買った――――というわけではなく。依頼を受けた仕事の報酬を受け取った際に、依頼主が「これもどうぞ」とくれたものだ。

 ホシガエルのぬいぐるみを見た当時、その表情の怖さに、実の所、マイエンは少し引いた。

 本物のホシガエルならば分かるが、このぬいぐるみが何故ああも大人気だったのか本気で理解出来なかったのだ。

 とは言え、厚意で渡してくれたものを断るわけにもいかず、マイエンは大人らしい社交辞令で受け取った。


 だが、しかし貰ったは良いものの、やはり扱いに困った。

 マイエン自身もぬいぐるみの類は嫌いではないが、部屋に飾っても、まるで自分を睨んでいるようなその視線が、どうにも落ち着かなかったのである。

 結局、どうしたものかと悩んでいたマイエンが、発明家仲間に話をしたところ、嬉々として貰ってくれたので落ち着いたのだが。

 その時に、その発明家仲間が「ここのボタンを押すと光るんだよ」と実演してくれていた。

 なのでマイエンも、ホシガエルのぬいぐるみが『押せば光る』という事は知っている。

 恐らく、泣いている少女が持っているぬいぐるみの様子と、聞こえて来た会話から、ホシガエルのぬいぐるみの光る機能の辺りが故障してしまったのだろう。

 

「…………ふむ」


 マイエンは少し考えてから、怯えさせないようにゆっくりと三人に近づいた。

 子供達は、マイエンの影が自分達の上にかかると、ふっと顔を上げる。

 突然、現れた見知らぬ女性に、子供達は揃って首を傾げた。

 マイエンは何と声を掛けたら良いか少し迷って、シンプルに投げかける事にした。


「直そうか?」


 泣いている子を刺激しないように、なるべく優しい声色でマイエンは言うと、右手を指しだす。

 子供達はマイエンの顔と手を交互に見比べて目を丸くした。


「え?」

「貸してごらん」

「え、え? あ、えっと……はい」


 泣いている少女はマイエンに促され、ホシガエルのぬいぐるみを手渡した。

 拒まなかったあたり、泣きつかれて少しぼんやりとしているのだろう。


「では失礼して」

 

 マイエンは少女からぬいぐるみを受け取ると、ぐるりと見回す。そして何度か「ふむ」と頷いていた。

 そうした後で、地面にしゃがみ込んでコンクリートに片膝をつく。

 そして体を安定させると、コートの内側から修理に使うための工具を一つ取り出した。

 泣いていた少女は、鼻をぐすぐすさせながら、不安そうにマイエンに聞く。


「な、直り、ますか?」

「これなら、な」


 マイエンは頷くと、おもむろにぬいぐるみの口の中に、、、、、、、、、、手を突っ込んだ、、、、、、、


「わー!?」「うわー!?」「ぎゃー!?」


 三者三様の悲鳴が上がる。

 子供達は涙目で叫んだが、マイエンはお構いなしである。

 あわあわと口を開く子供達を他所に、マイエンはぬいぐるみに突っ込んだ手で中を探って行く。

 そしてその手がちょうど、ぬいぐるみのお腹あたりに辿り着いた時。マイエンの指先がチャックらしくものに触れた。


「お、あったあった」


 マイエンはジジッとオオを立てながらチャックを下げる。

 するとホシガエルのぬいぐるみの中身が良く見えるようになった。

 マイエンはぬいぐるみから手を抜くと、まず、口から飛び出していた機械をぬいぐるみの中へと戻した。


「ぬいぐるみ、チャックあったんだ……」

「外側からは見えないように出来ているから、知らなくても仕方ないさ。何かに引っかかってチャックが開いて、中の機械が飛びなさないように、なんだろうがね」


 話ながら、マイエンは手際よく修理をし始める。

 すいすいと進む修理の様子に、先ほどまで涙目だった少女の目から涙が引っ込む。二人の子供も興味津々と言った様子で覗き込んでいた。


 そうして、十数分くらい経った頃だろうか。

 マイエンは「よし」と頷くと、再びぬいぐるみの口に手を突っ込み、ファスナーを上げた。

 そしてそれを泣いていた少女に手渡す。


「はい、どうぞ」


 少女はマイエンとぬいぐるみを交互に見た後、恐る恐る受け取った。

 そしてぎゅう、と一度抱きしめ、ぬいぐるみの背中についたスイッチをポチリと押す。

 すると、ふわり、とぬいぐるみが淡く光を放ち始めた。


「うわあ……!」


 少女から歓声が上がる。そしてキラキラと目を輝かせてマイエンを見上げた。

 マイエンは少しだけ優しげに目を細めると、少女の頭をくしゃくしゃと撫た。

 やはり子供が笑顔が一番だ。

 泣きやんでくれた事にほっとしつつ、そんな事を思いながら、マイエンは立ち上がると、


「それではね」


 と、子供達に別れを告げて歩き出した。


「おねーちゃん、ありがとう!」

「ありがとー!」

「ありがとうございます!」


 歩くマイエンの背中の方から子供達の声が聞こえて来る。

 マイエンは片手を挙げてそれに応えると、再び役所を目指し始めた。

 気が付けば、空はだんだんと夜の色に染まり始めている。


「ジャンクショップは明日だな、これは。……というより、役所ってまだ閉まってないよな?」


 ぽつりと呟くマイエンの目の前で、一匹のホシガエルがぴょこんと跳ねた。

 影に入った途端に淡く光るその様が、ホシガエルのぬいぐるみと良く似ていて、意外としっかり作ってあるのだなとマイエンは感心したのだった。

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