第3話 探し物は何ですか?
オルヴァルのジャンクショップの店内には、様々なものが所狭しと置かれている。
例えば、旧型の洗濯機とか。
例えば、レトロなゲーム機とか。
他にも、受話器のような大きさの携帯電話や、随分前にテレビで放映されていたアニメのプラモデル。
その中には、何に使うのか分からないようなものまで、大なり小なり多種多様な品物が置かれていた。
そんな店内では、カウンターを挟んでマイエンと、六十代後半くらいの店主が唾を飛ばしながら睨みあっている。
「ああ、話になんねぇなァこのクソ発明家!」
「それはこちらの台詞だ、この石頭のクソじじい!」
大人らしさなど、とうにかなぐり捨てて来た。
そんな勢いで、二人は子供の喧嘩のように言い合っている。
実際に子供だなと思いながら、二人から少し離れた場所にいた子供が二人、呆れて半眼になりながらその様子を眺めていた。
「ねぇ、イギー。これ、いつまでつづくのかしら?」
「知らねぇ。早めに終わるといいよな、ルーナ」
少女の言葉に、少年はちらりと壁に掛けられた時計を見上げた。
ゼンマイ式のレトロな
「ハッ! お高くとまった発明家様とやらなら、必要なモンも全部てめぇで作ってみやがれ!」
「ケッ! どっちがだ! 改造してあそこのプラモデルみたいにしてやろうか!」
子供達は、時おり『ピー』とか、そいう音で伏せられる放送禁止用語も混ざる罵詈雑言に、
「良くもまぁあんなにすらすら浮かんでくるなぁ……」
なんて事を思いながら肩をすくめた。
実は、かれこれ三十分くらい、この不毛なやり取りは繰り広げられている。
いい加減さすがに、辟易としてきたし、お腹も空いて来た。なのにマイエンと店主の喧嘩は、ちっとも終わりが見えない。
イギーは深くため息をついて、空腹の腹を手でさする。
「今日の昼飯、何?」
「新しいもの新しいものに飛びつきやがって、だからてめぇらはいつまで経っても頭の中がガキなんだよ!」
「ジャンク品と一緒で頭ン中までレトロな考えしかないとは実に悲しい事だな! ハッハァ!」
「昨日の残りのカレーでカレーパン」
そんな喧噪の中、
ゴーン、ゴーンと、腹に響く音が鳴り、カチリと開いた文字盤から、ハトが飛び出て可愛らしく鳴く。
「このクソ発明家が!」
「このクソジャンク屋が!」
なのに、大人達は、ちっとも可愛くない言い合いの真っ最中だ。
大人って面倒くさい。シンプルじゃない。イギーとルーナは呆れ顔で、何度目かになるため息を吐く。
――――さて、何がどうしてこうなってしまったのか。
その事の始まりは、今から一時間ほど前に遡る。
マイエンが空気清浄施設の装置を点検した翌日の事だ。
再びオクトーバーフェストの大通りへと足を運んだマイエンは、オルヴァルのジャンクショップを探していた。
夕方だった昨日と違って、今日は昼間だ。なので、大通りも昨日と比べて、多少は人で賑わっている。
「大通りの外れの路地、大通りの外れの路地……」
空気清浄施設の警備員が教えてくれた場所を、オウムのように繰り返す。
曰く、ジャンクショップはこの大通りの外れにある、路地を少し入った場所にあるらしい。
「……そう言えば、大通りの外れってどっちの外れだろう」
歩きながら、マイエンはそんな事が浮かんでしまい、足を止めた。
考えてみれば『大通りの外れ』としか聞いていなかったのだ。せめて近くの建物の名前とか、形とか、色とか、そういうのを聞いていたら良かった。
マイエンは進行方向をじっと見たあと、今まで歩いてきた方向を振り返った。
現在地はちょうど、大通りの真ん中くらいだろうか。
「……ちゃんと聞いておくべきだったか……ッ」
圧倒的に足りない情報に、マイエンは天を仰いだ。
大通りの外れと教えて貰った時に、何となく分かったような気になって、軽く「ハイハイ」と答えたあの時の自分のいい加減さを、マイエンは後悔した。
せめてもう少し歩いた先で気が付けば「とりあえずこちらの方角へ行ってみよう」的な諦めもできるのだが、悲しいかな、気が付いたのはちょうど真ん中。
どちらへ向かうべきか、確率は二分の一打。ここで選択を失敗したら、ダメージは疲労も含めて二倍である。
マイエンの額から、汗が一筋、つうっと流れ落ちる。
「ううむ……」
マイエンは眉間にシワを寄せて腕を組んだ。
前へ進むか、戻ってみるか。どちらへ行くべきかと考えていると、
そしてどちらへ行くべきかと考えていると、
「あれ?」
と、不意に、甲高い子供の声が聞こえた。
その声が思ったよりも近くで聞こえたものだから、マイエンはふっと顔を上げる。
そうして顔を向ければ、そこには見覚えのある少年少女が立っていた。
「あっ、やっぱり、昨日のお姉さんだ!」
「こんにちはー!」
二人はマイエンを見て朗らかに挨拶をした。
歳は、どちらも十代半ばだろうか。
一人は、金髪のショートヘアに金の目をした、利発そうな顔立ちの少年だ。キャスケット帽子にオーバーオールと、動きやすそうな服装をしている。
もう一人は、おさげにした赤髪に、金色のたれ目をした、愛嬌のある顔立ちの少女だ。服装も女の子らしく、ふわりとした可愛らしいスカートを履いている。
「ああ、昨日のカエルの」
二人が誰なのか思い当たって、マイエンは「こんにちは」と挨拶を返した。
昨日のカエルとは、マイエンが修理をしたホシガエルのぬいぐるみの事である。この二人は、その時に、泣いていた少女と一緒にいた子供達だ。
二人はマイエンが自分達の事を覚えてくれていた事が嬉しかったのか、にこにこ笑顔で頷いた。
「へへへー。あっ俺、イグニスタ・クラン! 皆からはイギーって呼ばれてる」
「あたしはルーナ・ルーラ。改めて、はじめまして!」
「マイエン・サジェだ。よろしく」
明るく名乗る二人につられて、マイエンも名乗った。
「昨日は本当にありがとうございました! あのぬいぐるみ、リリの宝物だったんだー」
「そうか。それは良かった」
宝物、と聞いて、マイエンは自分の表情が緩むのを感じた。
ホシガエルのぬいぐるみ自体は、もうだいぶ前に作られたものである。大体が壊れたり、捨てられたりして、現存する数はいまどれほどだろうか。
それを、リリと呼ばれたあの少女は、とても大事にしていたのだ。
その事がマイエンには純粋に嬉しかったのだ。物を大事に扱う人間が、マイエンは好きだ。
話を聞いて、マイエンが何となくほっこりとした気持ちになっていると、
「マイエンさん、もしかして最近、ヴァイツェンに来た人?」
と、イギーが尋ねてきた。
「ああ、つい先日な。移住してきた」
「えっ物ず―――」
「そうなんですか! ここ、あんまり人が来ないから、びっくりしちゃって!」
物好き、と言いかけたイギーの口を、ルーナが手でふさぐ。そしてにっこりと笑って誤魔化した。
まぁ、そこまで聞こえていれば、イギーの言葉の内容はしっかり伝わって来るのだが。
マイエン自身も物好きだろうな、という自覚はあったので、さして不快とも思わない。それよりも二人のパワーバランスが分かった気がして、そちらの方でマイエンは苦笑した。
「いや、物好きで構わないよ。実際にそうだからな」
マイエンが軽く手を振ってそう言うと、ルーナは安心したようにほっと息を吐く。
それからイギーの口をふさいでいた手を下ろした。
「いきなり何するんだよ、ルーナ」
「イギーはもうちょっと考えて物を言いなさいよ。失礼でしょ?」
ルーナが「もー!」と腰に手を当てて言うと、イギーは彼女の言葉の意味が良く分からなかったようで、不思議そうに首を傾げた。
「えー? 失礼な所なんてあった?」
「大ありだわ!」
「ははは」
二人のやり取りが面白くて、マイエンは思わず噴き出した。
くつくつ笑うマイエンに、イギーはつられて、へらりと笑う。
「そういやさ、マイエンさんはこんな所でどうしたの?」
「うん? ああ、ちょっと店を探していてね」
答えたところで、マイエンは昨日の子供達の会話を思い出した。
あの時、子供達の口からオルヴァルのジャンクショップ、という言葉を言っていたような気がする。もしかしたら彼らはその場所を知っているのかもしれない。
マイエンはそう思って、二人に尋ねてみた。
「ところで君達、オルヴァルのジャンクショップという場所を知っているかい?」
「あっ、知ってます知ってます」
マイエンの言葉に、ルーナは大きく頷く。それを聞いて、マイエンの眼鏡がキランと輝いた。
「もし時間があれば、そこまでの道を教えて貰えないだろうか」
「うん、いいよ! 時間なら全然あるし!」
「何なら、案内しますよ。こっちです!」
マイエンの頼みを、二人は笑顔で快諾してくれた。
これで悩まなくて済むと、マイエンはほっと息を吐く。
「助かる。それでは、よろしく頼むよ」
「はーい!」
イギーとルーナは、トンッと地面を蹴って、一歩前へと出る。
こうしてマイエンは、二人に先導されて、オルヴァルのジャンクショップへ向かって歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます