第4話 ようこそ、オクトーバフェストへ!
大通りの外れから、路地に少し入った場所。
建物と建物の隙間に、ひっそりと挟まったように立つ小さな店が『オルヴァルのジャンクショップ』だった。
レトロな装いの外装は、マイエンの好みに合致している。窓から店内を覗いて見れば、少しごちゃごちゃしているようには見えるが、その雰囲気もマイエンは好きだった。
(これは、なかなか良さそうな)
辺境にあるジャンクショップ、という事で、少し心配していたマイエンだったが、どうやら杞憂だったようだ。
若干、ワクワクしながら、マイエン達は店内へと入る。
「お邪魔しまーす! こんにちはーオルヴァルさーん!」
イギーが元気よくドアを開けると、カランコロン、とドアベルの音が鳴る。
軽やかな音色を聞きながら店内を見渡せば、外から見た時の印象よりも、意外とキチンと整頓がされていた。
それが意外で、マイエンは目を瞬いた。
マイエンも発明家という職業柄、色々なジャンクショップを訪れていた。大なり、小なり、店の規模は様々だが、どこも大体は物が乱雑に置かれているのだ。店側からすれば分かるように置いてあるのだろうが、客側であるマイエンはその辺りが分からない。なので、ジャンクショップと言う店は、ごちゃごちゃした所であるという漠然とした印象を持っていた。
しかし、このオルヴァルのジャンクショップは違った。ジャンクショップというよりは、ちょっと毛色の変わった品物を取り扱うアンティークショップと言ってもおかしくはないだろう。
マイエンが感心して、きょろきょろと店内を見回していると、不意に、奥にあるカウンターから、不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「また冷やかしか、イグニスタ」
カウンターの向こうには、眼鏡を掛けた老人が、気難しそうに細めた緑色の目でマイエン達の方を見ていた。
歳は六十代後半くらいだろうか。白色の髪に、同じ色の口髭を生やした男だ。古びた焦げ茶色の作業着を着た姿は、遠くから見ればお伽話のドワーフのようにも見える。
ぱっと見た感じは「怖そう」という印象を与えそうだが、イギーとルーナはそんな事など思っていないようだ。
にこにこ笑顔で人懐っこく、その老人に近寄って行く。
「こんにちは、オルヴァルさん。いつもイギーがお世話になっています」
「ああ、ルーナか。よく来たな」
「オルヴァルさん、俺に対する扱いとルーナに対する扱い違くね?」
「レディに優しくするのは当たり前だろうが」
「やだ、オルヴァルさんったら! うふふ」
「……レディ?」
レディと聞いてイギーは首を傾げたが、その直後にルーナにじろりと睨まれて目を逸らした。
素直というか、正直というか。イギーには悪気はないのだろうが、確かにルーナの言う通り、もう少し考えて物を言った方が良いのかもしれない。
マイエンがそんな事を思っていると、ふと、イギーが、
「そうじゃなくて、今日はお客さんを連れて来たんだよ」
と言って、マイエンに手を向けた。
オルヴァルは、
「客?」
と少し首を傾げてマイエンの方を見る。
どうやら、イギーとルーナの少し後ろにいたマイエンには気が付いていなかったらしい。
視線を受けたマイエンは軽く会釈をして、イギーとルーナの隣に並ぶ。
「初めまして、マイエン・サジェと言います」
「オルヴァル・ランドだ。姉さん、見ねぇ顔だな」
「ええ、はい。つい先日、こちらの星に移住して来まして」
「へぇ、そいつはまた。まぁ、若い奴が来てくれるのは嬉しいもんだ」
客と聞いて、オルヴァルから先ほどまでの不機嫌さは消えた。
言葉の端から、こんな辺境に移住なんて、というような雰囲気は感じられたが、イギーとルーナが一緒だったので特に怪しまれる事もなかった。
これならば話もしやすそうだと、マイエンは二人に感謝した。
「で、何が欲しいんだい、姉さん」
「はい、えーと、これらが手に入ればと思いまして」
マイエンはポケットから欲しい品物をリストアップしたメモを取り出し、オルヴァルに渡した。
メモを受け取ったオルヴァルは、その内容を見て片方の眉を上げる。
「ふうん、こいつはまた、古いタイプの部品だな」
「揃いますか?」
「ああ、問題ない。これと、これは店にある。残りは知り合いの店に問い合わせてみよう」
「助かります」
「おう、ちょっと待ってろ」
オルヴァルは軽く頷くと、カウンターの下から発注書を取り出した。そしてそこへガリガリと、部品の名前を書いて行く。
頼んだ種類が多かったため、少し掛かりそうだ。オルヴァルが「店の中、適当に見て待っていてくれ」と言うので、マイエンはそれに甘える事にした。
マイエンはカウンターを離れ、店内をのんびりと歩き出した。
オルヴァルのジャンクショップの中には、様々な物が置かれている。
テレビやラジオ、暖房器具にキッチン用品。統一性はないが、そのどれもが、ひと昔もふた昔も前のものだった。
いわゆる「レトロ」とか「古い」とか言われるような物ばかり。もしかしたら、これを見て「こんなもの今さら」なんて言う人間もいるかもしれない。
けれど、マイエンに限って言えば、それはなかった。
発明家という職業柄、こういうものが好きである、というのはもちろんだが、それ以上に尊敬の念も感じているのだ。
何故なら、これらは皆、人間が辿って来た歴史の縮図であるからである。
今はこうしてジャンク品として並んではいるが、この
道具とは、機械とは、人が悩み、考え、作りだした、かけがえのないものだとマイエンは考えていた。
「あっそう言えばさ、マイエンさん」
マイエンがジャンクショップの雰囲気を堪能をしていると、ふとイギーに声を掛けられた。
「うん? 何だ?」
「あのさ、マイエンさんって、何してる人なの? ほら、昨日リリのぬいぐるみ、直してくれたでしょ? 修理屋さん?」
イギーの質問に、マイエンはあごに手を当てて「うーん」と唸った。
確かに修理はするし、今の請け負っている仕事を思えば修理屋でも、あながち間違っていない気もする。
だが、まぁ、職業欄に書くのはいつも『発明家』だ。
なのでマイエンは、ほんの少し考えた後に、僅かに濁すような声色でそれに答えた。
「まぁ、一応、発明家……」
「発明家!」
「えっすごい! どんなものを作ったんですか!?」
マイエンの答えに、イギーとルーナの声が跳ねる。
やや食い気味に、ずずいと近寄ってくる二人に、マイエンは驚いて少し後ずさった。
「……発明家だと?」
それと同時に、オルヴァルがガタン、と音を立ててマイエンの方を見た。
先ほどまでの雰囲気とは一転して、顔も声も強張っている。オルヴァルは「発明家でサジェ……」と呟いたあと、信じられないものを見るかの様に目を見張った。
確かにマイエンはそこそこ有名な発明家だ。名前を聞けば、思い当たる人間もいるだろう。だが、そういう
例によって、マイエンはそれである。名前を名乗っても、大半は「あら、同じ名前ねぇ」とか「どこかで聞いたような」とか、その程度である。オルヴァルだって、マイエンが名乗った時には特に反応を示さなかった。
なので、そんなに驚く事かだろうかとマイエンは思った。だが表情があまりにも急変したため、何があったか聞こうと口を開く。
「何か――――」
「帰ってくれ」
だが、そんな彼女の言葉を遮って、オルヴァルは言った。ひどく硬質な響きを持つ声だ。
先ほどと一転した発言に、マイエンは一瞬、何を言われたのか理解が追いつかず、聞き返す。
「え?」
「お前に売るようなものはない。帰れ!」
取りつく島もなくそう言われ、マイエンは困惑してカウンターへと飛びつく。
そして、その勢いのままカウンターに手を突き、身を乗り出した。
「どういう事です? 何か不都合でも――」
「不都合も何も、発明家なんぞに売るようなものはないと言ったんだ!」
「はァ!?」
マイエンは目を剥き、絶句した。
イギーとルーナも、豹変したオルヴァルの様子にぎょっとして、ガバッとカウンターに駆け寄った。
「急にどうしたんだよオルヴァルさん!? お客さんだよ!? 久しぶりの!」
「そうですよ、ほら、さっきまでは売ってくれるって言ったじゃないですか」
「どうしたもこうしたもない。発明家なんぞが作る、わけのわからないヘンテコな発明に、使わせる品物はないといったんだ!」
「は」
吐き捨てるように言ったオルヴァルの言葉に、マイエンは固まった。
わけのわからない。
ヘンテコな発明。
確かに発明家が作るものは、何に使うのか分からないものも混ざっている。マイエンだってそうだ。時々、趣味に走って、万人には理解されない物を作ったりする。
だが、いかにヘンテコなものだとしても、マイエンにとっては大事な我が子同然のものだ。
――――ゆえに、オルヴァルのその発言は、マイエンの地雷を物の見事に踏み抜いた。
「――――ハッ! 黙って聞いてりゃあ、随分な言い様じゃないか。この店に並んでいるのは、その発明家達が作ったものばかりだが? それも分からないのか? それとも老眼が進んで見えないのか? 耳まで遠くなってやしないか、なぁジャンク屋!」
マイエンは鼻で笑って言い放った。
そのあまりの口の悪さに、イギーとルーナはポカンとした顔になってマイエンを見る。
怒ると人間の素が出て来るというが、まぁ、詰まる所、こちらもまたマイエンの素でもある。マイエンはお世辞にも、あまり口の良い人間ではない。
「ま、マイエン……さん……?」
「本性を現したな、腐れ発明家が!」
「ハッハッハ! 本性? 違うな、社交術だよ社交術! こんな口調で仕事が出来るか!」
「自覚してんの!?」
「実際に依頼人が減ったからな!」
ぎょっとして尋ねたイギーに、マイエンはさらっと言った。
そう、最初の頃はマイエンも
あれは辛かったとマイエンは今でも反省している。生活が出来なければ発明は出来ない。ゆえに昼間にアルバイトをして、夜に物を作るという生活を続けた結果、体を壊した。完治したあと、それを知った親友に、三時間ほど説教を受けたのだ。それ以降、マイエンは基本的に、対人ではほどほどに猫を被るようになった。
「本性どころか、デフォルトで愛想の悪い店主が、よくもまぁ店を潰さずに客商売が出来るなァ!」
「何だとコノヤロウ!」
マイエンの発言に、今度はオルヴァルの顔がカーッと一気に赤くなる。そしてダンッと勢いよく両手でカウンターを叩いた。
そのまま二人は、カウンターを挟んでお互いに身を乗り出すと、至近距離でバチバチと睨み合う。
「ちょ、ちょー! 何してんの!? いい大人なんだから落ち着こうよ!?」
「そ、そうよ! 落ち着いて下さい、二人とも!?」
「違うなイギー。大人はな、決して譲れねぇ戦いってモンがあるんだよ」
「そうだぞルーナ。大人の戦いはな、決して背を向けてはならんのだよ」
「格好良さそうな事言ってるけど、全然格好良くないからね!?」
何とか止めようと二人の間で両手を降るイギーとルーナだったが、マイエンとオルヴァルはビクともしない。
その目はただひたすらに、互いの『敵』を睨みつけるだけだ。
『上等だ!!』
譲れない戦いと言う名前の、実に低レベルな喧嘩は、ここから開始されたのだった。
時計が十二時半を過ぎた頃、だんだんと足を踏みしめながら、マイエンは大通りを歩いていた。
表情こそ不機嫌極まりないが、腕にはオルヴァルのジャンクショップと店名が印刷された紙袋を抱えている。
イギーとルーナのおかげで、何とか当初の目的は達成できたようだ。
だが、マイエンには達成感というものはなく、その目はただただ不機嫌に据わっていた。
そんなマイエンの後ろにはイギーとルーナが歩いている。
二人の手には、待たせたお詫びだと言って、マイエンが屋台で買って渡したハンバーガーが握られていた。
渡した際に「いいですいいです」と遠慮していたが、お腹の方は正直で。半ば押し付けられる形で受け取ったハンバーガーを、二人は美味しそうに食べていた。
「ああ、くそう、腹の立つ!」
「あはは……オルヴァルさん頑固だからねぇ」
「マイエンさん、ほら、スマイルスマイル! 怒っていると血圧上がるよ! そうだ、ほら! 町とか、まだ細かい場所、分からないでしょ? 案内しちゃうよ!」
「町の案内は頼みたいが、とにもかくにもええい、あのクソ親父! 何が発明家なんぞだ! しかも紅茶を馬鹿にしくさって!」
キーッ! と地団駄を踏むマイエンに、イギーとルーナは貰ったハンバーガーをもぐもぐと食べながら苦笑した。
ちなみに紅茶というのは、喧嘩の中で飛び交った言葉の一つだ。
マイエンは紅茶派で、オルヴァルはコーヒー派である。凄くどうでも良い。
さて、そんなマイエンを、通りすがりの人々は、その様子をやや遠巻きに眺めている。これだけ喚き散らせば仕方がないだろう。だが、このままだと移住したてなのに変な噂が立ちそうだ。
イギーとルーナはマイエンという人物が大人気ないという事は――オルヴァルを含めて――良く分かったが、悪い人ではないとも思った。
手の中のハンバーガーを見ながらルーナが考えていると、ぽんと手を打ったイギーがルーナに耳打ちする。
ルーナは目を丸くした後、楽しそうに笑って頷いた。
「マイエンさん!」
「あ?」
イギーとルーナはマイエンの名前を呼んで、ぱたぱたと目の前に走った。
そうして、そのまま、ばっと両手を広げた。
「ようこそ、オクトーバーフェストへ!」
虚をつかれ、マイエンは少し目を見張る。
イギーとルーナの口元にはハンバーガーのケチャップがついていた。
それを見て毒気を抜かれ、ようやく落ち着いたらしいマイエンは、肩をすくめて「ああ」と頷き、苦笑するのだった。
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