テトラの星
石動なつめ
プロローグ
『宇宙とはビロードに琥珀糖を散りばめたものである』
大勢の人間が行き交う宇宙駅、通称ステーションで、マイエンはそんな言葉を思い出しながら、口の中に琥珀糖を放り込んだ。
それは大昔の発明家が言っていた言葉である。
宇宙とは何であるか、そんな問いかけに、その発明家はそう答えていた。実に洒落た回答であると、マイエンは気に入っている。
宇宙とは何であるか、その答えは人によって違う。夢や希望に満ち溢れたものだと考える者もいるし、どこまでも続く暗くて怖いものだと考える者もいる。
その内の二つならば、マイエンは前者であった。
宇宙とは人の夢だ。人が宇宙を望み続けたからこそ、今こうして、ステーションが存在しているのだ。
宇宙駅、ステーションとは、その名前の通り、宇宙船に乗るための駅である。
建物自体は地上を走る列車のホームと、ほぼ一緒だ。違うのは、そこに張られているのが鉄の道ではなく、光の道である。
光の道は、遥か宇宙まで伸びており、それを伝って宇宙船がここへ降り立ち、また昇って行くのだ。
『――――ベルジャン行き、3602便はまもなく到着となります。ご搭乗のお客様は、72番ゲートにお進み下さい』
ステーションに、宇宙船の到着を告げるアナウンスが流れる。見れば光の道を伝って、一隻の宇宙船が降りてくるところだった。
それに合わせて、その船を待っていた人々も動き出す。
「…………」
マイエンは、ざわざわとし始めた人々の声を遮るように、耳にイヤホンをはめた。古いタイプのオーディオプレーヤーである。
ずっと昔に、親友から誕生日のプレゼントに貰ったそれを、マイエンは大事に使っていた。
オーディオプレーヤーから聞こえるのは、一昔前に流行った歌曲だ。酒場で聞けば「懐かしいね」と、酒に酔った大人達が、揃って歌い出すような、誰もが知っている歌である。
ありきたりの歌詞と、ありきたりのメロディー。だがそれでいて、心の奥底にある思い出に触れる様な、そんな歌だ。
マイエンはこの歌を聞いていると、まるで世の中から切り取られた時間の中にいる様に錯覚する。
前へ、前へと進む時間の中で、自分だけが止まって、動かない。そんな感覚になるのだ。
それはマイエンの胸を酷く締め付ける。ぎゅう、とした感情の揺れに、マイエンは橙色の目を細めた。丸眼鏡越しのその目は、どこか生気がなく、疲れ果てた色が浮かんでいる。
「…………宇宙」
ぽつりと、呟いた。その小さな声は、ステーションの喧噪にかき消される。
何を言いたかったのか、マイエンは自分でも良く分からなかった。自分の中にあるどうにもならない感情を、ただ外に吐き出したかっただけなのかもしれない。
だからその言葉に、意味があったのか、ないのか、マイエンは良く分からなかった。
けれど、言葉にすれば、少しだけ楽になった気もした。だから、意味はなくとも、きっと良かったのだ。
『――――ヴァイツェン行き、6027便は、まもなく到着となります。ご搭乗のお客様は、75番ゲートにお進み下さい』
しばらくすると、ステーションに新たな宇宙船の到着のアナウンスが流れた。
それを聞いてマイエンは立ち上がる。ちょうど、マイエンが乗る予定の宇宙船だからだ。
マイエンは胸ポケットから切符を取り出した。そこに書かれた行き先は、アナウンスで流れたヴァイツェン。
政治機関の中枢であるこの中央の星から、遠く遠く離れた辺境にある、小さな星である。
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