第17話 夜道
舞台が終わると、片づけを終えた旅芸人の一座が食事を摂りにクロウサギ食堂へと入って来る。メイクも衣装もそのままだ。
カッツェルはそんな彼らに向かって手を振る。一座はそれに気が付くと、マイエン達が座るテーブルにやって来て腰を下ろした。
「今回はありがとうございます。やあ、僕も年甲斐もなく、はしゃいでしまいました」
「いえいえ。あのベリー商会さんに声を掛けて頂けるなんて、光栄ですよ」
にこにこ笑いながら、座長は跳ねた口髭をいじる。団員達も各々がやりきった笑顔で笑っていた。
彼らが席に着くと直ぐに、食事が次々と運ばれてきた。どうやら舞台の間に準備をしていたようだ。
メニューはマイエン達とは少し違っている。具のたっぷり入ったトマトのスープに、肉詰めされたピーマンのフライ、塩レモンのドレッシングがかかったアボカドのサラダ。
その他にもラガーのつまみに、カリカリに焼かれた鶏肉の皮や、ベーコンとジャガイモを一緒に炒めたシュペックカルトッフェルンなど、様々である。
これは料理人が腕を振るったな、とマイエンは思った。
さて、そんな美味しそうな料理を前にして、団員たちがまず手を伸ばしたのはラガーだった。仕事の後はお酒が美味い、との事の様だ。
「ああ、この一杯のためにやっているような気がします」
「ははは。それにしても、本当に素晴らしかったです。僕も今まで旅芸人は色々見てきましたが、その中でも一番ですよ。特にあの白ウサギ、素晴らしかったです。ロボットなんですよね?」
興奮冷めやらぬ様子でカッツェルが言うと、座長が驚いたように目を見張った。どうやらロボットであると、見抜いた事に驚いているようだ。
「ええ、そうなんですよ。良く分かりましたね。初見で気付かれた方は、今までいなかったんです」
「ふふ。実は僕ではなくて、こちらのマイエンさんが気づかれたのですけどね」
「ほう……?」
カッツェルの言葉に、座長はマイエンを見た。マイエンはその視線に、にこりと笑ってみせる。
「私も発明家の端くれなので。いや、良い物を見せて頂きました。……
「ははは。発明家の方にそう言って頂けるとは、光栄です」
「え? あのウサギさん、ロボットなんですか?」
リリが目を丸くして言うと、座長は「そうですよ」とにこにこと頷いた。
リリは「ロボット!」とはしゃぐと、マイエンを見る。凄いね、とか、そういう事を伝えたかったのだろう。マイエンもにこやかにそれに頷いた。だが、リリはそんなマイエンの表情に違和感を感じて、目を瞬く。
しかしマイエンはリリの様子に気が付かず、彼女の頭を撫でながら、座長に言う。
「実はうちにも、空を描くロボットがいるんですよ」
「ほう?」
「私の友人が作ったものなのですがね。黒い猫の形をしたロボットなんです」
マイエンがそう言うと、表情こそ笑顔のままだが、座長の目が細まった。
そして。
そして一座のピエロが、驚いたように目を見開く。
――――こいつらだ。
確信じみたものを感じながら、マイエンは笑みを深める。
座長が口を開きかけた瞬間、マイエンの言葉に別の意味で食いついたのはカッツェルだった。
「ほほう、それは一度拝見したいですね! 今度マイエンさんのご自宅にお邪魔しても良いですか?」
「オコトワリシマス」
「即答!?」
「カッツェルさんは別の目的が感じられるので嫌だ」
「いえいえ、ロボットを見せて頂くついでにちょっとお話するだけで、別に野蛮は事はなにもしませんよ?」
マイエンとカッツケェルの会話を聞いていたリリが、不思議そうに首を傾げた。
「……? お家に遊びに行くのは野蛮なの……?」
「いいや、リリ。カッツェルさんのような人が遊びに来た場合だ。いいかい? こんな顔をしていてもオオカミだぞ、気をつけなさい」
「子供に何て事吹きこむんですか」
あまりの言い様にカッツェルがジト目になる。しかし素直なリリはコクンと頷き、
「カッツェルさんはツヅリオオカミ……」
と言った。どうやら種族まで確定されたようである。
カッツェルは頭を抱えた。
「盛大に誤解されている!?」
「ふむ? 確か尻尾つきの舞台衣装なら、予備があったような……」
「いりませんよ!?」
賑やかになったマイエン達のテーブルの様子に、周りから笑い声が上がった。
そんな和やかな雰囲気の中で、続く食事と会話。
それからしばらくして、マイエンは時計を見上げた。気が付けば時計は夜の十一時を回っている。
先程まで興奮していたリリも、遅い時間のせいかうつらうつらとし始めた。
「……さて、それではそろそろお暇させて貰うか」
「ああ、それでしたら、僕が送っていきます」
「いらん。……と言いたいところだが、リリもいるからな。迷惑じゃなかったら頼むよ、
「もちろんです」
「カッツェルさんは……オオカミ……」
「そこは忘れて!?」
うう、と恨めし気な目をマイエンに向けながら、カッツェルはリリを背負った。
マイエンは少し悪い事をしてしまったかな、なんて思いながら、旅芸人の座長の方へ視線を移しす。
「カッツェルさんは別だが、ロボットが見たければどうぞ。私の家はあちらの、町外れの丘の上にあるので。その時は、
「ええ、それではお言葉に甘えて、後ほどお邪魔させて頂こうと思います。遅い時間ですから、どうかお気を付けて」
「ええ、そちらも」
軽く挨拶をすると、食事代の清算を済ませてマイエン達はクロウサギ食堂の外へ出た。
夜道は、星とテトラの星に照らされていた。
草葉が風に揺れる音の中で、リリはすっかり眠ってしまってようで、くうくうと寝息を立てている。
マイエンとカッツェルは隣に並んで、マイエンの家に向かって歩いていた。
「すっかり遅くなってしまいましたね」
「そうだな。おかげで良い物が見れたよ」
「そうですね! あれは素晴らしかったです。今度、星の家の子供皆を連れて行ったら、喜んでくれますかねー」
「ああ、行きたいと話していたからな。連れていってやったら、きっと喜ぶだろうよ」
にこにこと楽しげに笑うカッツェルに、マイエンは何かを決意したような目になる。
そして、足を止めて尋ねた。
「カッツェルさんは、星の家の子供達は好きかい」
「好きですよ」
マイエンの問いかけにカッツェルは即答する。
そして、少し首を傾げて苦笑気味に肩をすくめた。
「そう聞かれちゃうって事は、まだまだ信用がないですね、僕」
「――――いいや、信じているよ」
マイエンの言葉に、カッツェルは驚いて目を見張った。
思わず顔を向ければ、マイエンは言葉と同じくらい静かな目をしている。
「マイエンさん?」
「……さて! 急がないと明日になってしまうな」
「…………そうですね」
カッツェルは何か言いたげだったが、マイエンがそれ以上話す気がないという事を理解すると、歩き出した。
もうすぐ、マイエンの家である。カッツェルが丘の上を見上げると、マイエンの家がまるで浮かんでいるかのように、星空の――――宇宙の中にあるように錯覚して見えた。
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