第16話 旅芸人の一座


 注文した食事が運ばれてきたのは、それから少ししてからだった。

 焼きたてのハンバーグに、トマトスープ、そしてライ麦パン。マイエンとリリはそれを見て、同時にごくりと喉を鳴らした。

 ハンバーグは鉄板に乗っており、運ばれてきた今もじゅうじゅうと焼ける音を立てている。ふっくらとしたその身は柔らかそうで、ナイフを入れるとじゅわっと肉汁が溢れた。付け合せのポテトサラダもなかなかのボリュームである。

 マイエンとリリは手を合わせて「いただきます」と言うと、まずはハンバーグを口に入れ、口の中いっぱいに広がる肉汁と旨みに目を輝かせた。

 その動きがそっくりだったのか、


「何だか、おや……姉妹みたいですね」


 と、カッツェルが言った。言い直したのは年齢的なあれか、それともリリに気を遣ってか。

 マイエンは気付きはしたが、特に気にならない。リリは前半部分はよく分からなかったようで、姉妹と言われて、何だか嬉しそうにはにかんでいた。


「マイエン先生と姉妹……」

「…………リリ、ちなみに一度、お姉ちゃんなどと」

「あっそろそろ始まりそうですよ」


 マイエンがリリに頼みごとをしようとした時、カッツェルの言葉がそれを阻んだ。恐らく、悪気はない。悪気はないが、間が悪い。マイエンが半眼になってカッツェルを見るが、彼は気付いていないようである。

 さて、そうしている内に、カッツェルの言葉通り旅芸人の一座も公演の準備を整えたようだ。

 大通りの方から、カッとライトが輝き、同時に明るくポップな音楽を鳴り始める。


「レディースアーンドジェントルメン! ごきげんよう、オクトーバーフェストの皆様! イーゲル一座でございます!」


 そんな口上から始まった舞台は、実に華やかだった。

 座長の挨拶が終わると、まずは挨拶代わりと、ピエロが大玉に乗って舞台上へと現れる。

 おどけた雰囲気で観客達を笑わせながら、クラブを空中へ投げジャグリング。時々落としそうにもなるが、それも演技の一部なのか、危なげな雰囲気でキャッチする様に、観客達は楽しげに拍手を送った。


 続いて登場したのは火吹き男だ。

 火吹き男はラガー瓶のようなものに入った液体を口に入れ、それを噴き出した瞬間、ぶわりと大きな炎が上がった。

 その炎は舞台に用意されていた火の輪に移る。その火の輪を、儚げで麗しい踊り子がふわりとしたステップで潜り抜けて、そのまま火吹き男と一緒にダンスを披露した。


 その後にも、演奏家や、手品師、またまた現れたピエロと、彼らは次々と芸を披露していく。

 食べるのも忘れて、マイエンやリリ、カッツェルも、舞台に釘づけになった。

 そうして、時間が過ぎていく中で、やがて座長が「これが今日の公園の最後で最大の見せ場です」と現れる。


「さあさ、それでは皆様お待ちかね! 当一座の花形、舞い降りた白い天使! 可愛らしいピアノ弾き、白ウサギのトト嬢です!」


 座長がにこりと笑って、パンッと手を叩いた。

 すると、それに反応するように、白いウサギがぴょんと跳ね、ピアノの鍵盤の上にふわりと着地する。

 その足が鍵盤に触れると、ポロン、と優しい音が食堂に響いた。

 その音は見えない波紋のように広がってく。音に触れた観客達は、自然とその口を閉じいてた。


 辺り静かになると、白ウサギのトトはピアノの鍵盤の上を跳ねまわり――――今度は音楽メロディを奏で出す。

 それは、誰もが一度は耳にした事がある、古い時代のバラードだった。

 友への歌だとも、家族への歌だとも、愛する人への歌だとも言われている。

 包み込むように優しく、切なく、ピアノの音色は聞いている人々の胸を打った。


「動物にここまで芸を仕込めるとは……凄いですね」


 演奏の邪魔にならない程度の小さな声で、感心したようにカッツェルが呟く。その目には感心だけではなく、驚きの色も浮かんでいた。

 リリはホシガエルのぬいぐるみをぎゅうと抱きしめて、窓枠から身を乗り出し、目を輝かせている。


「……あれはロボットだよ」


 白ウサギのトトを見つめたまま、マイエンはぽつりと呟く。

 その言葉に、カッツェルは目を丸くしてマイエンと白ウサギを交互に見る。


「あれが、ロボット?」


 耳の動きや、しなかやかに跳ねる姿、時おりひくつく鼻の動きに、目の瞬きなど、どこをどう見ても本物だ。

 だがそれをマイエンがロボットと言った。発明家である彼女が言うのだから、カッツェルは信じたようだ。


「凄い……ですね」

「ああ、凄いよ。あれを作った発明家は」


 舞台を見つめたまま、マイエンは静かに言う。

 眼鏡に煌びやかな灯りが反射して、その向こうの表情は見えなかった。だが、見つめている先はカッツェルにも分かった。あの白ウサギである。

 マイエンは、白ウサギが舞台に上がってから、一度たりともその目を離してはいなかった。


 やがて、最後の一音が鳴り、星空に音が吸い込まれると、反対にわっと歓声が湧いた。

 盛大な拍手を受けながら、座長は恭しく頭を下げると、白ウサギを抱き上げて手を振る。

 カッツェルも、リリも熱のこもった拍手をしていた。

 マイエンだけは静かに、本当に静かに、手を叩く。その口元は、一文字に結ばれたままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る