第15話 夜のクロウサギ食堂


 マイエンが星の家に行ってから数日後の夜の事。

 その日、マイエンはリリと一緒に、以前イギー達が案内してくれた食堂、クロウサギ食堂へと向かっていた。

 店内は旅芸人の一座の事もあってか、大分賑わっている。


「わあ……!」

「うわ、凄い混んでるなぁ。えーと、どこかに空いている席は……」


 空いている席を探してきょろきょろと辺りを見回していると「おーい」と自分達を呼ぶ声に気が付いた。

 声の方へ顔を向けると、大通りが良く見える窓際の席に座ったカッツェルが、手を振っていた。

 マイエンとリリが席に近づくと、カッツェルはにこりと微笑む。


「こんばんは、マイエンさん、それにリリ。珍しい組み合わせですね」

「こんばんは、カッツェルさん。えと、お泊り、なの。マイエン先生に、修理の仕方とか、教えて貰ってます」

「修理……先生、ですか?」

「ああ、作業をちょっとな。教えてみたら呑み込みが早くてね。と、こんばんは、カッツェルさん」


 挨拶すると、カッツェルは「ご一緒にどうですか」と席を勧めてくれる。

 少し考えたマイエンだったが、どこも満席だった為、お言葉に甘えて相席させて貰う事にした。

 カッツェルが座っている席の窓は開かれており、外からは時折柔らかな風が髪を揺らす。


「なるほど、それで先生と。それは将来が楽しみですね」

「ああ。思いつかないアイデアや発想を出してくれるから、こちらも良い刺激になっているよ」

「えへへへ……」


 カッツェルとマイエンに褒められて、リリは照れたように顔を赤くしてホシガエルのぬいぐるみに顔を隠した。

 星の家へ行った日、リリの手際の良さを見て、マイエンがイギー達に「リリが良ければ色々教えてみたい」と提案したのだ。

 色々、とは、発明云々の事である。もちろん直ぐに何かを発明する、とまではいかないが、工具の使い方や道具の修理、作業の工程など、色々な事を教えてみたいとマイエンは思った。

 せめて基本的な機械や道具の構造や、修理の技術だけでも教える事が出来れば、誰かに頼まずとも自分で修理も出来る。それに何より、見込みがあると思ったのだ。


 そうマイエンが言ったところ、イギーとルーナが答えるよりも早く、リリが「やりたい!」と手を挙げてくれた。キラキラと目を輝かせたリリの言葉に、イギーとルーナも快諾してくれた。

 とりあえず空気清浄機の修理が終わってから、という話だったが、マイエン自身も楽しみだったせいか、思いのほか早く仕事は終わった。

 なのでリリの事について、星の家に相談に向かったのだ。門限の確認や、日程、時間の打ち合わせなど、少ししておこうと考えての事だった。

 そうして話がひと段落すると、リリが「マイエン先生の発明を見てみたい」と言い出した。マイエンはヴァイツェンに移住してきた際に、幾つかの発明品は大学や研究所に寄付をしていたので、持って来たものは少ない。だがリリはそれでも良いと、ワクワクした様子で言っていた。

 なので、せっかくならひと晩泊まって、じっくり見たらどうか、という話になったのだ。

 まぁ、イギーとルーナに「ちゃんとしたご飯を!」と念を押されはしたが。


 とは言え、ちゃんとした食事を出せるかと言われると、マイエンは少し悩んだ。

 何だかんだ言っても、自分の家にあるまともな食事が缶詰と非常食だけだという事に気が付いたマイエンは、外に食べに行く事に決めたのだ。

 その際に、ツヅリオオカミのクロも一緒に行きたがったが、流石に食事処に連れて行くわけにもいかなかったのでお留守番である。

 出かける間際に聞いた「きゅうん……」という鳴き声に、マイエンは若干、いや、かなりの罪悪感を覚えた物だ。

 思い出したら、頭の中に寂しげな鳴き声の幻聴が聞こえて来る。


(せめて、美味いもん買って帰ろう)


 自警団から渡されたツヅリオオカミが食べられるもの、を思い浮かべて、マイエンは頷いた。

 さて、マイエンがそんな事を考えていると、カッツェルが話を続ける。


「ところで、マイエンさんもここに良く来られるのですか?」

「いや、まだ二回目だよ。イギーとルーナに教えて貰ったんだが、ここの料理は美味い」

「ええ、ここ美味しいですよね。あ、ちなみに今日はトマトスープとハンバーグだそうですよ」

「ほほう」

「ハンバーグ!」


 カッツェルが自分の食べている料理を指差す。

 マイエンとリリは顔を合わせて「それだ」とばかりに頷くと、店員に声を掛けて注文をした。


「しかし、カッツェルさんがいるのも意外だ」

「そうですか? ……ああ、でも、そうですね。今日は特別なんですよ」

「うん?」

「仕事が一つ落ち着きましたので、休憩がてらに。ほら、旅一座の舞台も見たくて。この位置からだと良く見えるんですよ。……内緒なんですけど、実はちょっとだけベリー商会の名前使っちゃったんです」


 カッツェルは口の前で人差し指を立てて「内緒ですよ」とウィンクする。

 悪戯っぽい顔で笑うカッツェルに、マイエンは苦笑した。

 どうやらカッツェルも、町で噂になっている旅一座の舞台を楽しみにしていたようだ。


「なるほど」

「とは言え、一人では少々寂しかったので、マイエンさんとリリが来てくれて良かったですよ」

「こちらもありがたいよ」

「楽しみ、です……!」


 カッツェルの言葉に、リリはワクワクしながら窓の外を見た。

 実のところ、マイエンも星の家の子供達も、まだ旅一座を見る事が出来ていないのだ。

 昼間はなかなか全員がいる時間が揃わないからというのと、夜の外出は門限があるから出られない、という理由である。

 星の家の子供達は、それぞれある程度の年齢になると、働きに出かけているのだそうだ。中央ならば初等学校プライマリに通っているだろう年齢の子供も、働きに出かけている。それを聞いてマイエンは驚いた。確かに、彼らにとっては必要な事だからだろう。驚く事すら失礼ではないかとマイエンは後で反省した。

 だが、でも、だからこそ。学ぶ場を作ってやれないだろうか、と思った。だからこそ、リリに教えたい、と言ったのだ。本当は何人でも良いぞ、と言おうと思ったが、興味がなければ折角の自由時間を貰うのは悪い気がして、マイエンはリリだけに留めておいた。


(単に、意気地がないだけかもしれないが)


 マイエンは他人に物を教えられるほど、立派な人間ではないと自負している。何たって怠惰だし、ズボラだし、口は悪いし、態度も悪い。そんな自分が、子供という多感な時期に何か教えて、変な影響を与えてしまったらどうしようか、という不安があったのだ。

 要は、気は強いくせに、妙な所で臆病なのだ、マイエンという人物は。


「マイエン先生、どんな舞台、でしょう」


 リリがマイエンを見上げて言う。楽しそうな少女に、マイエンもつられて笑って、


「イギーの言っていたものが見れるといいな」


 と言った。リリは大きく頷いた。

 マイエンも窓の外に目を向ければ、大通りの真ん中で、派手な衣装を着た人々が舞台らしきものを組み立てているのが見えた。

 恐らく、あれが旅一座のメンバーなのだろう。見えるだけでも五人の姿が確認できた。

 それを見て、マイエンはリリに向けていた柔らかい視線を消して、少し目を細めた。

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