第14話 星の家の子供たち

 ガチャガチャと工具の音を立てながら、マイエンは古い洗濯機を修理していた。

 オルヴァルから聞いていたように、長く使っている事により故障した部分や、動きが悪くなっている部分がある。中を開いて見れば何度も修理した形跡が見えたが、おそらくこれはオルヴァルによるものだろう。

 また、洗濯機の外側や手が入る部分は、隅々までしっかりと手入れがされている。

 大事に使われている事が伝わって来て、マイエンの口元が自然と上がった。


「あの、あの……直りますか……?」


 少し離れた場所でマイエンの作業を見ていた少女が、おどおどと言った雰囲気で、小さな声で聞く。

 先日、ホシガエルのぬいぐるみを抱えて泣いていた子供だ。名前はリリ・アーティアと言うそうで、歳は十歳になるかならないかくらい。

 ふわふわした金色のボブカットと、緑色の目が特徴の可愛らしい少女である。そんな少女は、今もホシガエルのぬいぐるみを大事に抱えていた。

 

「ああ、このくらいなら大丈夫だ」


 マイエンが頷くと、リリは嬉しそうに表情を緩めて、ホシガエルのぬいぐるみをぎゅうと抱きしめた。

 このリリという少女は、マイエンが星の家にやって来た時から、後ろをちょこちょこついて歩いている。どうやらホシガエルのぬいぐるみの件で、すっかり懐かれたようだ。

 子供に懐かれるなんて、あまり経験のない事だったので、マイエンは少し戸惑ったが、直ぐに慣れた。

 どちらかと言うと照れ臭いという方の戸惑いだったから、と言うのもある。

 そうしてリリに見られながら作業を終えると、マイエンは洗濯機を何度か動かしてから満足そうに頷いた。


「よし、直ったよ」


 その言葉に、リリの表情がパアッと明るくなる。

 あまりに嬉しそうに笑うから、マイエンは顔をかいて笑うと、リリの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 するとリリは「ありがとう!」とお礼を言って、ルーナ達を呼びに走って行った。


 星の家とは、オクトーバーフェストにある孤児院の事だった。

 ここには様々な理由で親を亡くした子供達や、親と暮らせなくなった子供達が暮らしている。

 ちなみに孤児院の責任者である院長は、いるにはいるのだが、孤児院を運営するための仕事で、様々な星を飛び回っているため、今は不在なのだそうだ。

 子供だけでは危険なのでは、とマイエンは思ったが、話を聞けば、院長が不在の間はオクトーバーフェストの住人達が、交代で様子を見に来たりしているらしい。

 もちろん自警団も見回りのコースに入れているのだそうだ。

 ルーナやリリと、今は外に出かけてるイギーもここで生活をしているらしい。


 マイエンが居間に向かって歩いていると、リリに呼ばれたルーナが出てきた。

 ルーナはどうやら料理中だったようで、エプロンをつけている。


「ありがとうございます、マイエンさん。 電子レンジもばっちりでした!」

「そうか、それは良かった。依頼されていたものは、これで全部だったよな」

「はい!」

「良かった。それでは、私はこれで失礼するよ」

「え? あっ待って待って! マイエンさん、良かったらうちでお昼ご飯食べて行きませんか?」

「お昼ご飯? いや、だが――――」


 大人一人分食事代が増えるのは大変じゃないだろうか。

 そう思って断ろうとしたマイエンだったが、ルーナの後ろからリリがじっとこちらを見つめてくる事に気が付いた。

 キラキラした目が一緒に食べようと訴えかけてくるようで、マイエンは一瞬、言葉に詰まる。

 マイエンはしばらく、どう答えたものかと悩んだ。だが、やがて、根負けしたのはマイエンの方だった。

 せっかくの申し出である、それならばお言葉に甘えてみよう。

 そう考え、マイエンは苦笑しながら頷いた。


「……それでは、お邪魔させて貰うよ」

「よーし! 待ってて、直ぐに用意しますからっ」

「ルーナ」

「はい?」

「口調、普通ので構わないから。ついでに食事の礼だ。他に何か壊れているものがあれば、修理しよう」


 マイエンの言葉にルーナは目をぱちぱちと瞬くと、嬉しそうに笑った。


「うん! ありがとうマイエンさん!」

「わ、わたし……お手伝いする!」


 リリは跳ねるようにマイエンの所へ駆け寄ると、その手を取った。そしてそのまま「こっちだよ」と引っ張ていく。

 ルーナはにこにこしながらそれを見送ると「よーし!」と両手の拳を握って気合を入れ、キッチンへと戻って行った。




 その日の昼食は鶏肉のカレーだった。

 ルーナが「今日のお昼ははカレーよ」と話すと、星の家の子供達はきゃいきゃいと嬉しそうに跳ねていた。

 カレーにはごろごろと大き目に切られた野菜がたっぷり入っており、小さい子供達でも大丈夫なように甘口で仕上げてある。

 ふっくらと炊きあがった白いご飯に掛けられた瞬間、カレー特有の食欲をそそる香りがふわりと漂った。

 スプーンですくって口に入れると、野菜の甘さと鶏肉の旨みがカレーの甘辛さと混ざって、じわりと舌の上に広がる。


(クロウサギ食堂も良かったが、これもなかなか)


 マイエンは自然と口元を上げながら、カレーを口に運ぶ。


「あー、それでマイエンさん、家にいたのかー」


 同じようにカレーを食べながら、イギーが納得したように言った。

 お昼に合わせて、星の家へ戻って来たらしい。そんなイギーに、リリが嬉しそうに色々話していた。


「壊れたアイロンとかおもちゃとかをね、色々直してくれたの」

「リリも手伝ってくれたからな。この子は筋がいいぞ」

「えっマジで? すげぇじゃん、リリ」

「えへへへ」


 イギーに褒められたリリは、嬉しそうににこにこ笑っている。

 マイエンとリリは、昼食が出来上がるのを待つ間、星の家の中を見て歩き、壊れた物を修理していた。

 その最中ずっと、リリが自分の手元を見つめている事に気が付いたマイエンは、おもちゃなど修理が簡単な物の仕方をリリに教えてみた所、リリは直ぐに覚えた。

 これにはマイエンも感心して、思わず調子に乗ってひとつ、ふたつと教えてみると、呑み込みも早い。

 何より楽しそうに工具をいじるリリが、マイエンにはとても微笑ましかった。


「一つ一つは小さな部品なのに、それがたくさん集まって動くのが、すごく不思議で面白いの」

「そう聞くと料理みたいね」

「えっ洗濯機って料理になるのか?」

「マジで? 洗濯機の泡美味そうだって、昔から思っていたんだよ」

「あんた達は一体何を聞いていたの。っていうか、食べたらだめだからね?」


 賑やかな子供達の会話が続く。マイエンは優しげに目を細めてその様子を眺めながらカレーを食べていた。

 こういう感覚は、大分久しぶりかもしれない、とマイエンは思う。

 マイエンも中央にいた頃にはよくこうして、誰かと笑い合っていた。

 ふっと浮かんできた友人の顔に、マイエンは少しだけ目を伏せる。


「そう言えば、イギー。帰って来た時、何か言っていなかった?」

「ん? あ、そうそう。そうだった。あのさ、旅芸人が来てたんだよ」

「旅芸人?」


 マイエンが首を傾げると、イギーは頷いた。

 イギーの話によると、ヴァイツェンには、定期的に旅芸人の一座が招かれているそうだ。

 ヴァイツェンは辺境の星であり、中央のように、娯楽施設が多いわけではない。

 もちろん地元の音楽家達が開催するライブや、レトロなゲーム機を集めたゲームセンターもないわけではないが、それでもやはり少ない。

 それを聞いたベリー商会が、旅芸人の一座に連絡を取って招いては、芸を披露して貰っているのだそうだ。


「へぇ、ベリー商会が……」

「今回はどんなの?」

「何か色々やってたよ」

「具体的によ、具体的に」

「えーと、俺が見た時はさ、白いウサギが跳ねてピアノ弾いていたっけ。あれ、すごかったぜ。今度皆で見に行こうよ!」

「―――――」


 興奮気味に話すイギーの言葉を聞いた瞬間、マイエンの表情が凍りついた。

 だがそれは一瞬で、直ぐに元の表情に戻る。

 リリだけは、マイエンの様子に気が付いて、少しだけ首を傾げた。


「そうね、今度行ってみましょう。どこでやってるの?」

「クロウサギ食堂の前。何かさ、昼間と夜と、二回公演しているらしいよ」

「あら、それなら観に行けそうね!」


 子供達はイギーに「もっと!」と旅芸人の話を聞きたがった。

 その賑やかな声の中でマイエンは一人、静かにイギーの言葉を頭の中で繰り返す。

 跳ねてピアノを弾く白いウサギ。

 

 マイエンの脳裏に浮かんだのは、あの夢の夜の事だった。

 心臓がドクンと強く波打つ。知らず知らずの内に、スプーンを握った手は汗ばんでいた。


「マイエンさん! マイエンさんも一緒にどう?」

「ああ、そうだな。うん――――考えておくよ」


 イギーに声を掛けられて、マイエンはにこりと笑顔を返す。

 取り繕ってはいるものの、その橙色の目は笑っていなかった。

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