第13話 オルヴァルの頼み


 注文をしていた部品が入荷したとの連絡を受けて、マイエンはオルヴァルのジャンクショップを訪れていた。

 とは言え、マイエンとオルヴァルは別に、仲直りなどをしたわけではない。

 商売上のやり取りは別として、日常的なあれこれに関しては、相変わらずの中の悪さである。

 マイエンはオルヴァルと、カウンター越しにバチバチと火花を散らしながら、商品を受け取って生産を済ませた。


「レシートと釣りだ。落とすなよ」

「ああ。助かるよ、ありがとう」


 だが、まぁ、しかし。

 こういった取引においては、お互いにきちんと弁えているようだ。

 最初こそ若干の嫌味の応戦にはなったものの、それに関して言えば普通の対応だった。

 マイエンは部品が入った紙袋を抱えて、


「これでようやっと、依頼が解決できる」


 と、満足げに口元を上げる。

 依頼と言うのは、オクトーバーフェストの役所から受けた『空気清浄器の整備と修理』である。

 これからこの星に住む以上は必要な事ではあるが、何だかんだでマイエンは、機械をいじる事が好きなのだ。

 発明家という職業上、新しい物を考えて作り出すという事はもちろん好きだが、それと同じくらい、物を直すという事がマイエンは好きだった。

 彼女の両親がそうであったように。


「…………おい、発明家」

「何だい、ジャンク屋」


 オルヴァルに声を掛けられて、マイエンは「おや?」とそちらを向いた。

 相手の顔を見れば、何やら難しい顔をしている。いつもの怒っている顔とは少し違う。

 マイエンが何だろうかと言葉の続きを待っていると、オルヴァルは考えるように少し――本当に少し――時間を空けて、こう言った。

 

「お前さん、カッツェルからの依頼を受けなかったんだってな」


 オルヴァルの言葉にマイエンは目を丸くした。ここでその話を聞くとは思わなかったからだ。

 どこで、とか、何故、とか、色々思ったが、断ったという事を知られていた事が、少しだけバツが悪い。

 マイエンはそんな感情が滲んだ微妙な顔をしながら聞き返す。


「どうして知っているんだ?」

「カッツェルが、どうしたら落とせるかと、ここで散々悩んで帰って行ったからな」

「…………」


 マイエンはこめかみを抑え、眉間にしわを寄せた。

 確かにカッツェル自身も諦めが悪いとは言っていたが、何もここでその悩みを口にしなくても良いだろうに。

 マイエンが嫌そうな顔をしていると、オルヴァルは肩をすくめてみせた。


「まぁ、しつこいぞ、あいつは」

「商人ならば引き際も大事だとは思うけどね」


 頭痛を感じながらマイエンがため息を吐くと、オルヴァルは腕を組んだ。


「お前さん、何であいつの頼みを受けなかったんだ?」

「何でと言われても、受けたくなかったからだが」


 オルヴァルの質問に、マイエンは素気無くそう答えた。

 実際にそうだったからだ。もっとも、根本的な理由が、マイエン自身のこだわり、のようなものであったのだが。

 実のところマイエンは『テトラの星』の製作者だから、という理由で持ってこられた依頼は、全て断っている。

 理由はシンプル。その名前がマイエンの中に、大事な人たちを失った時の苦い思い出を、呼び起こすからだった。


「……無茶な依頼でもされたか?」

「いいや、内容自体を聞く前に断ったよ。まぁ、雰囲気的に、時間が掛かりそうな依頼の予感はしたけれどね」


 そう言ってマイエンは肩をすくめると「それに」と続ける。


「今は役所から受けている依頼が最優先だし、そもそも別件でやる事もある。実際に、手を出している余裕がないんだよ。別に私でなくとも、ベリー商会のお偉いさんからの依頼なら、引き受けたがる相手はたくさんいるだろうしな」

「……そうか」


 マイエンの言葉に、オルヴァルは静かに頷いた。その表情には、どこかほっとしたような雰囲気が混ざっている。

 依頼を受けなかった事を喜ばれているような気がして、マイエンは不思議に思って首を傾げた。

 イギーやルーナの様子を見ても、カッツェルやベリー商会はヴァイツェンの住人達から好意を持たれている。

 何せ、中央からほど遠い、この辺境の星を支援している人達なのだ。その相手からの依頼を素気無く断ったとすれば、あまり良い印象は持たれないだろうとマイエンは思っていた。

 なのでオルヴァルの反応が意外だったのだ。


発明家わたしが受けなかった事が嬉しいのか、それとも……)


 マイエンが考えていると、オルヴァルは少しだけ真剣な顔になって言った。

 

「発明家。俺からの頼みを、一つ受けちゃあくれないか」

「……内容によるが」


 さらに意外な言葉に、マイエンは思わず身構えた。

 すわ、どんな無茶振りが来るかと思ったのだ。

 だが。


「星の家って建物がある。オクトーバーフェストの孤児院だ。そこにある洗濯機と、電子レンジの調子が悪くてな。そいつを直して貰えねぇだろうか」


 だが、オルヴァルの依頼は、ごくごく普通のものだった。

 マイエンは目を瞬いて、 


「それくらいなら、大丈夫だが……」

 

 と頷いた。了承したマイエンに、オルヴァルは表情を和らげて、紙に地図を描き始める。

 星の家という場所までの道筋だ。オルヴァルのジャンクショップから、それほど遠くはない。

 オルヴァルは地図を描き終えると、自分の紹介だと分かるようにメモ書きとサインを追加した。


「悪ぃな。俺が頼まれていたんだが、仕事が立て込んでいて、なかなか行ってやれなくてよ」


 そう言いながら、オルヴァルは紹介状を兼ねた地図と報酬、そして修理に必要な部品をテーブルの上に置いた。

 こうして部品まできっちりと用意してあるあたり、本当にオルヴァル自身も修理に行くつもりではあったようだ。

 マイエンは部品の中身を確認して頷いた。


「貸しひとつだな、ジャンク屋。あと、そこから仲介料と部品代を差し引いてくれ」

「何?」

「部品もタダではないだろう? それに、あんたを頼って来た依頼で、あんたが受けた依頼だ。私はそれを斡旋してもらった形なのだから、部品代含めて、そこはちゃんと引いてくれ」


 マイエンの言葉に、今度はオルヴァルが目を丸くした。

 こういった部分は、普段はずぼらなマイエンであっても、きっちりとしている。

 面倒くさくても、仕事を請け負うにあたって大事な部分だからだ。


 取引や商売といったものには、それに見合た対価というものが存在する。

 例えば店で出される料理であれば、素材などの原価やその完成度、そして料理人の技術料込みなどを合算して、値段というものが設定されている。

 今回のオルヴァルの頼みごとに関して言えば、報酬から、情報料と部品代が引かれるのが適当だ。必要なのはマイエンの技術料と、時間の拘束、くらいだろうか。


「いや、だがな……」

「引かなければ引き受けない」

 

 オルヴァルは「それでも」と言いかけたが、マイエンは頑として譲る気は無く。

 やがて、根負けしたオルヴァルは小さくため息を吐いた後、何か琴線に触れる部分があったようで、腹を抱えて笑い出した。

 あまりに笑われたものだから、マイエンは憮然とした顔になった。


「オイコラ」

「はっはっは」


 文句の一つも言ってやりたかったが、笑うだけで聞いてもいない。

 口をへの字に曲げるマイエンの目の前で、ひとしきり笑い終えたオルヴァルは、報酬の包みから部品代と仲介料を差し引いて手渡した。

 ちゃんと申告分を引かれた事を確認したマイエンは、頷いた。


「確かに。終わったら報告する」

「ああ、頼む」


 短く言葉を交わし、マイエンは出口に向かって歩き出す。

 その背中に、オルヴァルはふと、呼びかけた。


「……発明家」

「うん?」

「…………カッツェルには気をけろ」


 入口のドアに向かって歩き出そうとしたマイエンは足を止め、オルヴァルを振り向く。

 星の家の事を頼まれた時とは違う、それ以上の真剣な目で、オルヴァルはマイエンを見ていた。

 カッツェルには気をつけろ。そう忠告したオルヴァルの意図は分からない。

 だがその言葉に、先日向けられた、刃物のようなカッツェルの青色の目をマイエンは思い出した。

 昏い色をした目だった。


「良く分からんが、分かった」


 マイエンは頷くと、オルヴァルのジャンクショップを後にする。

 それを見送った後、オルヴァルは椅子に体を預け、遠い目をして天井を見上げた。




「星の家、星の家……ここか」


 オルヴァルのジャンクショップを出た後、マイエンはその足で星の家を目指した。

 空気清浄施設の修理は、役所に申請して日程を調整してからになる為、オルヴァルに頼まれた方を先に済ませてしまう事にしたのだ。

 依頼は洗濯機と電子レンジの修理。どちらもあるとないとだと日常生活が大違いなものだ。


 オルヴァルのジャンクショップから歩いて約15分。

 大通りから北へ逸れた先の開けた場所に、『星の家』と書かれた看板が立っていた。

 星の家は古い木造の2階建ての建物だった。 

 家の周りには、ぐるりと、マイエンの胸くらいの高さの木製のフェンスが囲んでいる。

 門扉の前まで来たマイエンは、入っても大丈夫かと少し考えたが、オルヴァルの紹介状も持っているからいいかと、一先ず入ってみる事にした。


 門扉を開けると、家まで赤いレンガの道が続いている。

 レンガの道を挟んだ左右の庭には、野菜やハーブが植えられた畑があり、綺麗に手入れされていた。

 明るい子供の笑い声も、家の中か、それとも建物の裏の方か、どこからか聞こえて来る。

 

 家まで来ると、マイエンはコホン、と咳払いした後でドアベルを引いて鳴らした。

 カラン、カランと澄んだ音が響く。

 その音に応えるように「はーい!」と元気な少女の声が聞こえた。

 マイエンはその声に聞き覚えがある気がして「ん?」と少し首を傾げる。

 ばたばたと走る音が近づいてきたと思うと、ガチャリとドアが開かれた。


「はーい! どちら様ですか……って、あれ、マイエンさん?」

「ルーナ?」


 入口を挟んで、2人は目を丸くしてお互いを見る。

 星の家から出てきたのはルーナだった。

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