第12話 ソースケ・リスト
それから数日後のことだ。
灰色の雲が覆う空から、ぽつぽつと雨が降り始めた頃、マイエンは家でごそごそと荷造りをしていた。
「あれとこれと……あー、これも必要か?」
などと独り言を言いながら、マイエンはトランクに荷物を詰めていく。
中に入れているのは歯ブラシやヘアブラシなどの生活用品に、作業で使う工具などの道具だった。
片方だけならばそれほどでもないが、両方を持って行くとなると、必然的に荷物は多くなる。
三つ目のトランクに差し掛かろうとした時には、さすがにマイエンも、
「……手が足りない」
と呟いた。言葉のままの意味である。
腕は二本でトランクは三つとなると、身体にアームでも装着して持っていかなければならない。
それはそれで、作れなくもないのだが、如何せん時間がなかった。
何故ならば、マイエンは明後日、中央の星を立つからである。
あの日、ソースケが空描きロボットを見せてくれた時に、マイエンは決めたのだ。
マイエンの父と母がそうしたように、自分も様々な星を歩いて回り、発明で、技術で、人の役に立ちたいと。
両親がやっていた事を、望んでいた事を、自分もやろうと思ったのだ。
テトラの星という、自分の目標は達成した。だからこそ、今度は自分の両親がやり残した事を、やり切りたいと思ったのだ。
だが、中央の星を立つという事は、親友であるソースケともしばらく会えなくなる。
それはやっぱり、マイエンも寂しかった。けれどソースケは、マイエンが星を立つ事を伝えた時に、
「それ、格好良いな! 何だよ何だよ、すげー良いじゃん!」
と、心から喜んでくれたのだ。
寂しいが、その事がマイエンはとても嬉しかった。救われた。
だから、ソースケに恥じないように、やれる所までやってこようと決めたのだ。
「……まぁ、ちょくちょく、戻って来るし? あいつも寂しがるだろうし?」
ソースケの顔が浮かんで、マイエンは自己弁論のように言っては頷く。
どちらかと言うと、寂しいのはマイエンの方だろうけれど。
そんな事をしていると、ふと、マイエンは自分の携帯が鳴っている事に気が付いた。
トランクをまたいでひょいひょいと近づくと、チカチカ光る画面には『ソースケ・リスト』という名前が表示されていた。
マイエンはふっと笑って携帯を手に取り、耳にあてる。
「もしもし。どうした、ソースケ。また納期でも早まったか? それなら――――」
そして普段通りにそう言った、次の瞬間。
マイエンは目を大きく見開き、血相を変えて部屋を飛び出した。
外はしとしとと冷たい雨が降っている。だがマイエンは雨具もささずに全力で走った。体が濡れるのも構わず、ばしゃりと水たまりを跳ねてマイエンは必死で走る。
向かった先は、マイエンとソースケが星空を見上げていたあの小さな公園だった。
ずぶ濡れになりながら公園に駆け込むと、マイエンは必死の形相で辺りを見回す。
その橙色の目は直ぐに、公園の隅で倒れているソースケを見つけた。
マイエンは転びそうになりながら、ソースケに駆け寄る。
「おい、ソースケ! おい!」
「……ッマイエン、マイエン、頼む。頼む……!」
駆け寄ったマイエンの白衣を、ソースケの手が掴む。
音がする程に握りしめたその手は赤く染まり、その顔には脂汗が浮かんでいた。
その口から、体から、じわりと滲む血の赤に、マイエンの顔がザッ青ざめる。
「お前、その怪我は……!」
「メリーが……メリー・メリーが……ッ! メリーだけじゃない、アリーも、トトも、全員だ。全員、盗られた。攫われた。頼む、マイエン、手伝ってくれ……! あいつらは、あいつらは全員、俺の人生なんだ……。あいつらが俺の家族なんだよ……ッ! マイエン頼む、あいつらを……」
マイエンは白衣を握ったソースケの手を握ると、ソースケを安心させるように力強く頷く。
握ったその手は、ぞっとする程に冷たかった。
「ああ、分かった! 安心しろ、私が必ず連れ戻す! 全員、お前の所に連れ戻してやる! だから、怪我なんかに負けるな、死ぬんじゃないぞ! お前があいつらの居場所だ。あいつらが帰る場所を、失くすわけにはいかんだろう!」
「――――――ッ!!」
マイエンは飛び起きるように目を覚ました。
気がつけば、びっしょりと汗をかいていた。
息が荒い。心臓が痛い。マイエンは胸元を握りしめ、気を落ち着けるように、大きく息を吸って吐いた。
しばらくそうしていると、呼吸も落ち着いてくる。
それから時計を見れば、暗闇でうっすらと光る文字盤が、午前二時過ぎを指していた。
「くうん……」
ふと、ツヅリオオカミのクロの鳴き声が聞こえた。
マイエンが顔を向ければ、隣で丸くなっていたクロは、心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる。
どうやら眠っていた所を起こしてしまったようだ。マイエンはクロに手を伸ばし、その頭を静かに撫でた。温もりが、酷く、心地良く感じた。
「ああ、すまないな。大丈夫だ」
そう言いながら、マイエンは部屋の奥に顔を向けた。
昨夜、マイエンが徹夜で作業をしていたものがそこにある。
それは大きな黒猫のぬいぐるみ。あの日、ソースケがマイエンに見せてくれた、空描きロボットのメリー・メリーだ。
ソースケが何者かによって襲われたあと、マイエンは必死に彼の発明品を探し回った。
そうして何とか取り戻せたのは、このメリー・メリーと、もう一つ。ソースケが依頼品として作っていた、アリーと呼ばれるプラネタリウム内臓の愛玩ロボットだった。
最後の一つの、トトと呼れるピアノ演奏のロボットは未だ見つける事が出来ていない。
そして何より、ソースケを襲った犯人も。
マイエンは、手を尽くし、必死に調べ回った。
その結果、犯人らしき人物は中央の星や、中央に近い星にはいない事が判明したのだ。
警察によれば、恐らく辺境に逃げたのだろうとの事だった。そして辺境に逃げてしまえば、見つけるのは絶望的だとも。
中央には辺境の情報はなかなか入って来ない。
けれど、同じ境遇の辺境の星は、それぞれが独自のネットワークを持って、お互いに情報を交換している。中央では分からない事も、辺境ならば分かるだろうと、マイエンは考えた。
だからこそ、
大事な者を立て続けに二度失ったマイエンにとって、ソースケの最期の頼みは、生きる目的になっていた。
それだけのために、全てをなげうって、マイエンはここへやって来た。親友の頼みを叶える事だけは、マイエンの生きる意味なのだ。
「――――必ず」
マイエンは昏い色を宿したその目を閉じて、天井の向こうにある星空を、瞼の裏側から見上げながら、拳を握りしめた。
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