第9話 オクトーバーフェストの自警団


 太陽が真上から傾いた頃。

 オクトーバーフェストの自警団の詰所では、一際不機嫌そうなマイエンの目の前で、ミスト達自警団員はへこへこと頭を下げ、平謝りをしている姿があった。


「いやーすみません! こちらの早とちりだったみたいで、ご迷惑をお掛けしました!」


 あの後、自警団員に飛び掛かられたマイエンは、泡だらけのまま自警団の詰所へと連れて行かれた。

 『ツヅリオオカミの密猟』の疑いである。

 マイエンにとっては濡れ衣も甚だしいのだが、あの子犬――――ツヅリオオカミの子供と一緒にいたのが決め手になったようだ。何度も何度も「違う」と説明したのだが、残念な事に信用がなく、なかなか疑いは晴れなかった。

 その理由は幾つかある。

 例えば、最近になってこんな辺境に引っ越して来た事とか。

 例えば、オルヴァルのジャンクショップで言い争っていた事とか。

 例えば、大通りで何かを喚き散らしていた事とか。

 それらを通行人に目撃されていたため、詰所の方に『ちょっと危ない人がいる』という話が届いていたのだそうだ。

 理由だけ聞けば自業自得とも言えるし、マイエン本人も多少は悪い気はするが、それだけでここまで疑われるとは思っていなかった。


「最初から怪しいと思っていたとか」

「いやーはははは」

「いつかやると思っていたとか」

「あっはっはっは! いや、ホント、すみません……」


 自警団の詰所にて行われた事情聴取で言われた言葉を、マイエンはちくちく繰り返す。割と根に持つ方である。

 マイエンが自業自得な部分は棚に上げ、笑って誤魔化すミスト達に恨みがましい視線を向けていると、


「まぁまぁ、その辺りで」


 と、見かねたカッツェルが双方の間に入った。

 先日会ったベリー商会の代表のカッツェル・ベリーである。その近くにはルーナが子犬、もといツヅリオオカミの子供と遊んでいる。

 二人が何故ここに、と思うかもしれないが、実はマイエンの無実が証明されたのはカッツェルと、もう一人、ルーナのおかげだった。 

 マイエンが自警団に引っ張っていかれる時に、たまたま町を歩いていたルーナがそれを見かけたのだ。それで慌てて、頼りになる大人カッツェルを探して、引っ張って、駆けつけてくれたのである。

 これは本当に有難かったとマイエンは感謝している。


「ルーナ、ありがとう。カッツェルさんも助かりました」

「えへへへ。びっくりしましたよー、もー」

「いえいえ。私もマイエンさんのお家に伺おうと思っていた所だったので。それでルーナから話を聞いて驚きました」


 マイエンがお礼を言うと、ルーナはにこりとはにかみ、カッツェルは苦笑気味に言った。

 まぁそれはそうだろう。移住して数日の人間が、自警団に連れて行かれたのだ。何事かと思うだろう。

 移住したてという事で信用があまりないのは事実だが、

 

「マイエンさん、そういう事する人じゃないと思うもの。やるなら、もっと堂々とやるんだろうなって。ねー」

「わん!」


 と、ルーナが言って、ツヅリオオカミが元気に鳴いた。

 マイエンは褒められているのかいないのか、いまいち分からなかったが、堂々とやるという彼女の認識には頷いた。

 裏でこそこそ何かやるよりも、堂々とぶつかる方がマイエンは性に合っている。

 ルーナと交流を持って身近いが、意外と把握されていて、マイエンは少しくすぐったい気持ちになった。


「でも、この子かわいいねー」

「ああ、そうだな」


 ルーナがわしゃわしゃと頭を撫でると、ツヅリオオカミは気持ちが良さそうに尻尾を振った。

 先ほどまでずぶ濡れだった体はmどうやらすっかり乾いたようだ。灰色の毛並や尻尾はふさふさに戻っている。その尻尾を見て、やはり絵筆みたいだな、とマイエンは思った。


「それで、このツヅリオオカミでしたか? こちらは、やっぱり密猟で?」


 マイエンが聞くと、ミストは頷いた。


「ええ、その可能性が高くなりましたね。親よりも子供の方が攫いやすいですし」


 酷い話である。まだ親が必要であろう時期に、親と引き離されたのだ。

 それもただの金儲けのためにである。反吐が出る、とマイエンは思った。


「……ちなみに、この子の体を洗ってしまったんですが、野生に戻せますかね?」

「はい。ツヅリオオカミに限っては、その辺りは大丈夫ですよ」


 ミストの言葉に、マイエンはほっとした。

 野生の動物に人間の匂いがつくと、仲間に受け入れて貰えないどころか、殺される事もあるのだ。

 ただの子犬だと思っていた時は良かったが、野生動物と知ればそれがマイエンには気がかりだった。

 出来れば親の元に返してやりたい、と思ったのだ。そのマイエンの気持ちが伝わってか、


「ツヅリオオカミは基本的に仲間思いですから」


 と言って、ミストはツヅリオオカミについて簡単に説明してくれた。

 ツヅリオオカミは、基本的に仲間思いで、大人しい動物なのだそうだ。

 一匹一匹はあまり強くはないが、その分を群れの連携で補ってい。そのため、他の動物よりも仲間同士の結びつきが強いのだ。

 だから人の匂いがついていても、群れからはじき出すような事はないらしい。


「子供を攫われて怒っているかもしれませんが、逆にその方が、この子のいた群れを探しやすいですし。何とか群れに戻れるよう、全力で探します」

「それは良かった。それでは、お願いします」


 マイエンはそう言うと、ツヅリオオカミを見た。

 その視線に気がついたツヅリオオカミは、少し首を傾げて尻尾を揺らす。


「お前、良かったな。家族のところへ帰れるぞ」

「わん!」


 マイエンの言葉にツヅリオオカミのはひと鳴きして、そのままぴょんとマイエンの膝の上に飛び乗った。

 言葉を分かっているのか、それともただ反応しただけなのか。どちらにせよ、本当に人懐っこい子である。


「こら、急に飛び乗るんじゃない」

「わんわん!」


 分かったよ、と返事だけは元気なツヅリオオカミに、マイエンは小さく息を吐いた。 

 その様子を見て、カッツェルは微笑ましそうに目を細める。


「その子の群れを探す間は、マイエンさんの所に預けてみてはいかがでしょう? ほら、その子もマイエンさんが大好きみたいですし」

「えっ」

「わっ」


 カッツェルの言葉に、マイエンのルーナはそれぞれ別の意味で反応をした。前者は戸惑い、後者は喜びのそれである。

 ミスト達も「これだけ懐いているならその方が良さそうだ」と頷いている。


「いやいや、私は動物なんぞ、飼った覚えもないですし。何を食べるかすら分からないので……」

「大丈夫です、資料はお貸しします! 餌の方も、こちらで用意しますので!」

「そういう問題ではなくてだね?」

「わーい! マイエンさんの所なら、この子と遊びに行けますね!」

「いや、ルーナ。あのな、まだ私のところで預かると決まったわけではだね?」

「わん!」

「いや、わんじゃなくて、ってこら! お前は人の頭によじ登って来るなあいたたたたたた」

「それじゃあ、マイエンさん! よろしくお願いしますー」

「いや、おい、こら!」


 マイエンがツヅリオオカミにじゃれ付かれている間に、話はどんどんと決まって行く。

 本来ならば必要であろう当事者の意見が、何故か通らないのだ。

 人の話を聞いているようで聞いていない、一種のこの強引さには覚えがあった。


「……これは土地柄か?」


 ツヅリオオカミを引きはがした時には、すでにマイエンが預かるという事で話がまとまっていた。

 この間、マイエンは一度も同意や了承はしていない。

 なのに決まっていた。決まってしまっていた。

 ここ最近で似たような事があったな、とマイエンはルーナを見る。

 イギーとルーナが押しかけて来た時だ。何とも言えないこのデジャブに、マイエンは遠い目になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る