第22話 協力者
「どういうつもりだ! 話し合いで解決すると、カッツェルは言っていただろう!」
怒鳴り声に起こされる形で、マイエンは目を覚ました。
はめ殺しの窓から差し込んで来る光の具合で、まだ昼間である事が分かる。
マイエンは鳩尾に鈍い痛みを感じて顔を顰めた。だが、それでも何とか体を起こし辺りを見回す。
そこは鉄格子がついた部屋――――というか、牢屋だった。
恐らく自警団の牢屋なのだろう。冷たい石の床は、しらばく使われていなかったのか埃が積もっている。
鉄格子を挟んだ先には灯りと、上の階へ続く階段が見え、その階段の前にミストを含めて二人の男が立っているのが見えた。
「――――あ、良かった。気が付かれましたか、マイエンさん」
身体を動かしたマイエンに気が付いて、ミストが声を掛けてくる。
自分がやっておいて良かったも何もないものだが、ミストは素知らぬ顔で笑っていた。
それよりもマイエンは、その後ろに立つ見覚えのある人物に目を細めた。
「……なるほど、あんたもグルか。ジャンク屋」
「…………」
オルヴァル・ランドである。
マイエンに名前を呼ばれ、オルヴァルは気まずそうに目を逸らす。
全部、グルか。マイエンが小さく息を吐いた。
「こうなってしまった以上、選択肢はないですよ、マイエンさん。カッツェルさんの依頼を承諾するか、しないか。良く考えて下さいね」
「自警団が聞いて呆れるよ。……ついでにこの中、埃まみれなんだが。さすがに手を抜きすぎじゃないか」
「う、今度掃除しないと……」
ミストは困ったように顔をかくと「それでは後で」と階段を登って行った。
その後ろ姿を見ながら、マイエンは腕を組む。
旅芸人の一座や、カッツェルだけならばまだ良かった。しかし自警団まで関わっているとなると、これはいよいよ面倒な事になる。
マイエンは流石に自分の見通しの甘さに小さく唸りながら、どうするかと窓を見上げた。
そんなマイエンに、オルヴァルは声を掛けた。
「……だから、気をつけろと言っただろう」
「そっちには気を付けたんだがね。
軽蔑の色を込めてマイエンが言うと、オルヴァルは目を伏せる。
その姿には店でマイエンと喧嘩をした時のような元気の良さはなく、本当に年相応の老人のようだった。
張り合いがない、なんて、マイエンは一瞬思った。
「……俺のかみさんは病気で死んだ。知っているか、発明家。薬すらまともに届かねぇんだぜ、ここは」
苦しげに泣いているような、そんな小さな声だった。
それがオルヴァルの理由なのだろう。大切な家族を失った、ゆえに、オルヴァルは彼らに協力をしている。
失う辛さはマイエンにも理解が出来た。
原因への怒りもマイエンには理解が出来た。
けれど、それを良しとする事は、マイエンは出来なかった。
「私は私の大事な奴に、顔向けが出来なくなるような事は、死んでもしない」
マイエンはオルヴァルを静かに見上げると、静かに首を横に振った。
自分の感情のままに生きようと思うのならば、マイエンはあの時、ピエロに向かって本物の銃を向けていた。
その引き金を引いていれば、一時的にはスッキリしたのだろうともマイエンは思う。
けれど、それでは駄目なのだ。
きっとそれをソースケは望まない。そしてソースケがそんな事を望まない奴だとマイエンは良く知っている。
マイエンはずっと昔からソースケを見ていたし、ずっと一緒に育ってきた。家族のような人で、家族になれたら良いな、とも思っていた人だ。
だから分かる。それだけは駄目だと知っている。
自分の役割はソースケの発明を取り戻し、ソースケやマイエンの両親が出来なかった事を、彼らの代わりに続ける事だとマイエンは思っていた。
「あんただって分かっているんだろう? だから私にああ言った。そして、関わらせないよう、追い返そうとした」
「……そんな綺麗な理由じゃねぇなぁ。俺はただ、あんたに懐いていたイギー達に、悲しい思いをさせたくなかっただけだ」
マイエンは町の人間達が交代で、星の家の子供達の様子を見に行っていた事を思い出した。
もしかしたら家族を失ったオルヴァルにとっては、星の家に子供達は自分の子供のようなものだったのかもしれない。
マイエンの頭の中にジャンクショップで楽しそうに笑っていたイギーとルーナの顔が浮かぶ。
「そうか。ありがとうよ」
ふっと口元を上げてマイエンは少しだけ笑った。
オルヴァルは驚いたように目を張って、何か言いたげに口を動かしたが、そのまま背を向けて出て行った。
カツカツと響いた靴音が聞こえなくなると、マイエンは壁に体を預けて丸眼鏡を外して息を吐く。
「……さぁて、どうするかな」
はめ殺しの窓からは、橙色の灯りが差しこんでいる。
脱出の手立てを考えていたマイエンだったが、なかなか思い浮かばない。
マイエンはすっかり冷めた手つかずの昼ご飯と並んで、相変わらずはめ殺しの窓を見上げて唸っていた。
「……この位の壁なら一気に爆破……いやでもなぁ、下手に使ってしまうと後が困る。それに出た後にどこへ逃げるか……役所はあんまり期待できそうにないしなぁ」
若干不穏な言葉を交えつつ、ぶつぶつと脱出手段を考えていたマイエンの耳に、カツカツと二つの靴音が聞こえてきた。
一つは重く、一つは軽い。
壁に体を預けたまま顔だけ振り向くと、現れた人物にマイエンは目を丸くした。
「マイエンさん、大丈夫?」
現れたのはイギーだった。
「イギー?」
「しー!」
驚いて名前を呼んだマイエンに、イギーは人差し指を立てて「静かに」のポーズを取る。
その後ろには周囲を警戒するように見回すオルヴァルがいる。
「おいこらジャンク屋、あんた、子供を何て所に連れて来るんだよ」
「俺が言い出したんじゃない」
「そーそー。俺が勝手に来たんだから、オルヴァルさんは関係ないよ」
そう言ってニカッと笑うと、イギーはポケットから細い鉄の棒を取り出して、鉄格子の錠前に手を伸ばした。
呆気にとられるマイエンの前で、イギーはカチャカチャと棒を動かす。
ほんの数秒でガチャリと錠前は外れた。
「よし!」
「よしじゃなくて、どこでそんな技術を身に着けた」
「オルヴァルさんに教わった」
「やっぱりあんたじゃないかジャンク屋」
「ちなみにルーナの方が上手いぞ」
「待てオイ」
半目になってマイエンが言うとオルヴァルは肩をすくめた。
しばらくそうしていたが、お互いふっと噴き出した。
「まぁ俺の子供のようなもんだからな。……会えねぇような事になるのは、ごめんだ」
「最初からそう言えばいいだろうに。ツンデレかこのくそジジイ」
「人を変な名前で呼ぶんじゃねぇよ、このクソ発明家」
「ちょっと二人とも、いつまでそうやってるんだよ。早く出ないとミストさん達戻ってきちゃうんだけど!」
低レベルな言い合いをしていたマイエンとオルヴァルの腕を引っ張ってイギーは言う。
マイエンとオルヴァルは二人揃って「はーい」と言うと、詰所からの脱出を開始した。
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