第23話 脱出

 自警団の詰所は、今、全員が出払っているようだだった。

 何でもルーナ達が何か騒ぎを起こしてくれているらしい。

 マイエンは心配そうに眉を顰めると、イギーは笑って「平気平気! 慣れてるから!」と言われて、逆の意味で心配になった。


 自警団の詰所は地下1階と、地上2階の建物だった。

 出入口までは、階段を登って2回ほど廊下を曲がった先である。

 本当に誰もおらず、建物の中は電気だけが点いた状態で、静かだった。


 詰所の部屋はカードキーで開くタイプの鍵が付けられており、歩きがてら確認したがどれも閉まっていた。

 流石にこのタイプの鍵はイギーには開けられないようだ。

 窓も同様に――牢屋に投獄された人物の脱走を阻む為か――上半分しか開かないようにもなっている。

 恐らく後から手を加えたものなのだろうが、こんな所に使う金があったら別の部分に使えばいいのにともマイエンは思った。

 牢屋が旧式のままの所を見ると、あまり利用もされてはいないのだろう。


「連れてきた!? 何故そんな事をしたんですかミスト!」


 三人が入口近くまで来たときだった。

 怒鳴るようなカッツェルの声が聞こえてきて、マイエン達は思わず物陰に身を潜める。

 そっと声の先を見ると、建物の外でカッツェルがミストと旅芸人の一座の座長相手に目を吊り上げていた。


「何故も何も、中央にバレたらマズイじゃないですかー。それに、どちらかと言うと、イーゲル一座さんの方に問題があったんですよ?」

「いやはや、面目ない。うちのピエロが、余計な真似を」


 何やら揉めているようだった。

 話の内容から察するに、どうやらマイエンを連れてきたのはミストの独断だったようだ。

 しかし、そんな事はどうでも良いのだ。問題はあの位置に立たれると、入口からの脱出は厳しいという事だった。

 マイエン達は気づかれないように、ゆっくりゆっくりと近づきながら脱出のタイミングを計るため、カッツェル達の様子を伺う。


「それはそうですが、納得をして協力して貰わねば意味がないのですよ。これではただの脅迫になってしまう!」

「あなたが理想を掲げるのは結構ですけど、あの様子を見るからにマイエンさんは絶対に首を縦にはふりませんよ? 少々予定は変わりはしましたけど、これはチャンスです。力づくでも制御キーの在り処を聞き出す事が出来れば、より早く行動も起こせる。もう大体の準備は整っているじゃないですか」

「そうそう。それに、この仕事を早くに終える事が出来たら、私達も次の公演に向かう事が出きます。我が一座の新しい花形もお披露目をしたいですから」


 そう言って旅芸人の一座の座長は腕に抱えた何かを撫でた。

 花形、という言葉に嫌な予感を感じたマイエンは、座長が抱えている何かを目を凝らして見た。

 色は、黒。両手で抱えるくらいの大きなものだ。

 マイエンには見覚えがあった。

 無意識のうちにマイエンは自分の拳を、白くなるくらい強く握りしめていた。


「あいつら、なかなか動かないな……」

「イギー、ジャンク屋」

「あん?」

「私に考えがある。あいつらの動きを止めるから、その隙に逃げろ」


 マイエンはカッツェル達を睨みつけたままそう言う。

 マイエンの目は怒りの色に燃えていた。

 オルヴァルとイギーはぎょっとしながらも、他に方法もないと、頷く。

 

「そう言えば白ウサギは良かったんですか? あのべとべとしたの外したら、ピエロさんが抱えて逃げてしまいましたけど」

「ああ、まぁ、惜しかったですね。あのウサギは一番の人気者でしたから。だが、まぁ、いい。次の稼ぎ頭も手に入れましたから」


 それを見てカッツェルが珍しく顔を顰めた。

 もともとの予定も崩された上に、これではただの物取りだ。

 カッツェルにもカッツェルなりに矜持があり、それ故に、二人の取った行動は受け入れがたいものなのだろう。


「それはマイエンさんのものでしょう」

「ふっふ。あの発明家さんには、もう必要もないものでしょう?」


 その言葉にマイエンは立ち上がった。

 イギーとオルヴァルもごくりと息を呑んでそれに続く。


「必用ない? 寝言は寝て言え、阿呆め。誰が渡すか、それは! 私の友人の形見だッ!」


 怒鳴りつけるようにそう言うと、カッツェル達の視線が集まる。

 マイエンは構わず、湧き上がる怒りをぶつけるように、パンッと力強く手を打ち鳴らした。


「メリー・メリー! よろしく!」


 音と言葉に反応して、メリー・メリーは目を開ける。

 そして「にゃあん」と鳴いたかと思うと、座長の腕から飛び出し空中でくるりと一回転した。


「なっ!?」


 そして空中で体を伸ばすような動作をしたかと思うと口を開き、ぶわっとキラキラした光の粒を噴き出した。

 それは一人の科学者が作りだした、科学で出来た星の魔法だ。


「ッ!?」


 光の粒は風に乗り、ぶわりとその場に広がった。

 反射的にカッツェル達は目を閉じて光の粒を防ぐ。

 マイエンはその隙にイギーとオルヴァルの肩を押し、逃げるように促すと、メリー・メリーの真下へ向かって駆け出す。

 イギーとオルヴァルは、押された勢いで足を一歩前に踏み出し、マイエンを振り返った。


「マイエンさん!」


 マイエンの目はメリー・メリーだけを映していた。

 そうして、落下するしてくるメリー・メリーを両手で受け止める。

 ああ、やっと、全員だ。マイエンは微笑んだ。

 そうして一度強く抱きしめると、マイエンは足に力を入れて振り返りざまに、イギーの名を呼ぶ。


「頼む!」


 マイエンはメリー・メリーを思い切り投げた。

 イギーはつっかえながらも走り、両手を広げてメリー・メリーを受け止める。


「ナイスキャッチだ、イギー!」


 マイエンはニッと笑った。


「行け」

「だけど、マイエンさ――――」

「ジャンク屋!」

「……ッイギー! 早く来い!」


 そのままマイエンの所へ駆け寄りかけたイギーの肩をオルヴァルは掴み、強引に走らせる。

 悔しげに歯を噛みしめたイギーにマイエンは頷いてみせる。

 メリー・メリーを頼む、そう目で言われれ、イギーはぎゅっと目を瞑ってオルヴァルについて走った。


「私のロボットが!」

「誰がお前のだ!」


 イギー達を追いかけようと動きかけた座長の顔面を、マイエンは振り向きざまに殴りつけた。

 予想外の事だったのか、座長はよろけて地面に倒れ込んだ。

 発明家であるマイエンは腕力はない。だが、全身でかかれば人一人、殴り飛ばす事は出来る。

 マイエンは座長を睨みつけながら、殴った方の手を痛そうに振ると、カッツェルに向き直る。

 カッツェルは困ったような、申し訳なさそうな、それでいてどこか覚悟を決めたような顔でマイエンを見ていた。

 マイエンはふっと息を吐くと、軽く両手を広げその青色の目を真っ直ぐに見た。


「交渉だ、カッツェル・ベリー」

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