第24話 テトラの星


 夕暮れの濃い橙色に空が染まる頃。

 マイエンはベリー商会の三階、カッツェルの私室にて、カッツェル、ミストと向かい合って座っていた。

 綺麗に整頓された室内には様々な辺境の星の写真が飾られている。

 カッツェルが現地の人々と共に映っている写真だ。

 マイエンがそれを見ていると、カッツェルが話を始めた。


「それで、交渉という事ですが」


 マイエンを見るカッツェルの目は鋭い。

 表情こそ普段の穏やかなそれ、、を取り繕っているものの、纏っている空気はピリピリとしている。

 おお、怖。

 マイエンが膝の上で組む手が、緊張でじわり、と汗ばむのを感じた。


「その前に、一つ聞いても良いか?」

「何ですか?」

「あんた達は、テトラの星を使って何をしようとしているんだ?」


 マイエンがそう尋ねると、カッツェルは背筋を伸ばし、窓から空を見上げた。

 その視線の先、遥か空の彼方にあるのは、テトラの星だ。


「そうですね……“空を見上げれば、いつでもそこにはテトラの星がある”。マイエンさんなら当然それ、、はご存じですよね」

「ただのおまじないのようなものだ」

「ええ、そうです。おまじないのようなものです」


 カッツェルは頷くとマイエンに視線を戻し、頷いた。


「我々はそのおまじないを使って、中央に訴えかけるつもりです。我々の言葉に耳を貸せ、さもなくば――――テトラの星を落とすと」


 カッツェルがそう言うと、マイエンはその答えを予想していたように目を伏せ、息を吐いた。

 テトラの星は恒星の爆発から星を守る役割を持った人口衛星だ。

 星の周りをぐるりと、線を引くように等間隔に配置されたそれらは、宇宙船で使われている以上に耐久性のある特殊な素材で作られている。

 大気圏に入れば燃え尽きてしまうようなものではない。

 テトラの星を落とすという事は、決して燃え尽きない隕石が、そのままの大きさで空から降ってくるという事に等しい。

 しかも、たくさんの、である。


「それは脅しだ」

「ええ、脅しです。けれどそうでもしない限りは、中央は辺境に目を向ける事はない」

「中央も、中央の警察も馬鹿じゃない。あんた達が行動して、中央があんた達の要求をを呑んだとしても、捕まらないなんて事はあり得ない」

「おや? あなたのご友人の命を奪った相手は、辺境に逃げて捕まっていないらしいですが?」


 ミストがマイエンを挑発するような声色で行った。

 カッツェルは咎めるような視線を向けたが、ミストはお構いなしである。

 マイエンはミストを睨むように軽く目を細めた後で「そうだな」と言った。


「そのおかげで、私は今、こんな厄介な事になっているのだがね」


 両手の手のひらを天に向けて、大げさな調子でマイエンは肩をすくめる。


「カッツェルさん、私が前に聞いた事は覚えているかい?」

「前に、ですか?」

「私はあんたに『何故テトラの星を作ったと思う』かと問いかけた。あんたはそれに『世界の為』と答えただろう?」


 マイエンの言葉に、カッツェルは思い出したように頷く。


「ええ。半分は正解だと仰いましたね」

「あとの半分は何だと思う?」

「え?」

「……私はな、家族と友人達を守りたかったから、アレを作ったんだ」


 マイエンは空を仰ぎ、目を閉じる。

 頭に浮かぶのは守れなかった家族と、親友。そして、星の家の子供達の姿だ。


「――――それを壊す為じゃない」


 それはカッツェル達の提案に対する、はっきりとした拒絶だった。

 カッツェルはきつく目を閉じて、首を横に振る。


「マイエンさん、我々は……」

「それで、だ。その前提から、マイエン・サジェとして、カッツェル・ベリーに交渉をしたい」


 マイエンはカッツェルの言葉を遮り、ポン、と両手を叩いて鳴らす。

 カッツェルが目を開き、少し驚いた表情になった。


「あんた達が、辺境の星の現状を憂い、見て見ぬフリをしている中央に憤りを感じているのは理解した。理解した上で、聞く。あんた達は、この辺境の星に一体何が必要だと思う?」

「先程から質問をしてばかりですね」

「片側だけでは話が進まないのでね。双方の話を聞くには、これが一番だろう?」

「質問内容が偏っていると思いますが……」

「なら、あんた達も質問をすると良いさ。それよりも、返答は如何かな?」


 マイエンの譲らない視線に、根負けしたカッツェルは考えるように顎に手を当てる。

 そうして少しして答えた。


「そうですね……棚に上げられた状態の援助や、星を維持する為の設備投資……」

「そうではなく」


 マイエンは真っ直ぐにカッツェルを見た。

 カッツェルはマイエンが何を言おうとしているのかが分からず、少し首を傾げる。


「何があれば辺境は暮らしやすくなるか、どんなものがあれば安心して生活できるようになるか、それを具体的に言って欲しい」

「マイエンさん?」

「何が足りない? 何が必要だ? それを私は聞きたいんだ。あんたは言葉を尽くすと言った。ならばその言葉通り、カッツェルさんの言葉で示してくれ」


 マイエンはソファーから立ち上がり、テーブルに手をついて身を乗り出す。

 そして力強く、自分の胸を叩いた。


「必用なものを全て言え。欲しいものもだ。どんなに些細なものでも、どれほどに大きなものでも。あんたが辺境に、ヴァイツェンに必要だと思うものを全部、私に言え。その全部を私が作る。その代わり、今回の計画を全て白紙にして欲しい」


 マイエンにとってテトラの星は、世界中の人々を守る為にと考えたものではない。

 家族や友人を守りたいが為に考えて、考えて、考えて、作り出したものなのだ。

 マイエンが今までの人生のほとんどを使って考え続けた未来、、への可能性なのだ。


「中央に憤り行動を起こすくらいの熱量があるなら、それを全部つぎ込んで、辺境ここを中央にでもしてしまえ! 辺境の事を少しでも中央に知って貰う為に、ベリー商会はやって来たんだろう?」

「そ……」

「あんたは!」


 マイエンが一際大きな声を出す。

 カッツェルが僅かに仰け反った。


「商人だろう!」


 カッツェルが撃たれたように固まった。

 その目は痛いくらいに大きく見開かれている。

 マイエンが言うのはただの夢物語だ。

 少なくともカッツェルはそう思った。

 だが、他人にどう思われようが、マイエンの言葉に嘘偽りはない。本気でそれを実行するつもりで言っているのだ。

 そしてその夢は。商人にとってもそう、、なのだ。

 必要とされているものを調べ、探し、それらに投資をして広げ、利益を得る。そしてそこからまた新しい何かを探す。それが商人だ。

 だからカッツェルにはマイエンの言葉を「ふざけるな」と一蹴する事が出来なかった。

 カッツェルが今まで力尽くなどの強引な手段を取らなかったのも、商人としての誇りを捨てきれなかったからだ。

 カッツェルはゆっくりと、持ち上げた手を額に当てる。

 出来た影は、苦しげなカッツェルの目を隠した。


「そんな、事が……本当に、出来るとでも」

「出来ると思わなければ、私はテトラの星なんて作ろうとは思わなかったよ」

「1人で出来る事じゃない」

「そうだな。知り合いに声を掛けるつもりではあるが、あんたの所で上手く販売してくれれば、より現実に近づく。……カッツェル・ベリー。これが、私の提案だ」


 絞り出すような声のカッツェルに対し、マイエンははっきりと、堂々と言う。

 マイエンは発明家だ。

 発明家とは夢を実現させる職業だ。少なくとも、マイエンはそう信じている。

 ずっと、そうやって生きて来たのだ。


「……………………説得するの大変だなぁ」


 長い、長い沈黙だった。

 その後で、カッツェルはぽつりとそう漏らした。

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