第7話 クロウサギ食堂
ルーナとイギーに引っ張られて行ったマイエンが到着したのは、クロウサギ食堂という名前の食堂だった。
入り口には、店の名前である黒色のウサギが描かれた看板が掛けられている。
ここ、クロウサギ食堂はオクトーバーフェストに昔からある、いわゆる大衆食堂、のような店だ。
メニューは日替わりのみと限られてはいるが、子供達曰く「すっごく美味しい!」らしい。地元住民の意見は信用できると、マイエンはそわそわしながら席に着いた。
「おかみさーん! 今日の日替わりなにー?」
「シチュー定食だよー」
「やった! 俺、シチュー好き!」
イギーは手を叩いて喜んだ。
どうやら、本日の日替わりメニューはシチュー定食らしい。
「シチューか、シチューはいいな」
「マイエンさんもシチュー好き?」
「ああ、好きだとも。シチュー自体も美味しいし、多めに作ってグラタンにするのも良いし、とにもかくにも素晴らしい」
フフフ、と笑いながらマイエンは頷く。
そんなマイエンの発言を聞いて、イギーとルーナが目を丸くした。
「マイエンさん、料理するの!?」
「出来るの!? 非常食じゃないよ!?」
「いや待て、料理するとか出来るとか置いておいて、私はあの非常食は作れんぞ!?」
どうやら日常食は非常食、というマイエンの言葉に、イギーとルーナの頭には『マイエン=料理が出来ない』という図式が出来ていたようだ。
しかも料理を作ってもマズイものが出来上がる、という認識までされているらしい。
マイエンは頭を抱えた。
「発明家って料理が出来るもんだと思ってた」
「だから出来る出来ないで言えば、私だって多少は――――」
「おや、何だか楽しそうだねぇ。お待ちどうさま!」
マイエンが反論しかけた時に、ちょうど料理が運ばれてきた。
ふわん、と鼻腔をくすぐる良い香りに、マイエンは口を閉じる。久しぶりのホカホカとした美味しそうな食事に、一瞬で意識が奪われたからだ。
「わーい! いっただっきまーす!」
「いただきます!」
「……いただきます」
三人はスプーンを手に取ると、それぞれにシチューを具ごとすくって、頬張った。
直後、マイエンの目が見開いた。
(――――美味しい)
その味に、スプーンを握ったマイエンの手の動きが早くなる。
ミルクの甘さと塩加減が絶妙なこのシチューには、大きく切られた野菜がごろごろと入っている。しかも、ただ入っているだけではなく、その全てにしっかりと味がしみ込んでいるのだ。
口に入れればほろほろと崩れるじゃがいもの、美味しい事、美味しい事。
そんなシチューを、一緒に出てきた焼きたてのライ麦パンに浸して食べてみれば、ミルクの甘さとはまた違うパンの甘さも相まって、お互いの味を引き立てていた。
美味しい。それ以外の感想など浮かばなかった。
マイエン達は食事の間中、
「うま」
「おいしー!」
「シチューだー!」
などと、笑顔であった。
さて、そんな賑やかな食事を終えたマイエンは、久しぶりのまともで、かつ美味しい食事を終え、満足そうにお腹をさすりながら店を出た。
その後ろではルーナとイギーも嬉しそうに、両手を空に突き出して大きく伸びている。
「ね! 非常食より美味しかったでしょう?」
「ああ、美味しかった。だが、まぁ別に、私は非常食が美味しいとは言ってはいないがね」
「そうだっけ? ま、いーじゃん。美味しかったー!」
マイエンがひねくれた事を言っても、イギーとルーナは気にしなかった。
そんな二人を振り返りながら、マイエンは「ふむ」と顎に手を当てる。
ルーナとイギーオススメのクロウサギ食堂は、料理も美味しく、量も多い。
値段に関しては、やはり原価の関係もあってそれなりだが、店主の人柄も含めて良い店だった。
また来よう。そんな事を思いながら頷いていたマイエンは、ふと『そう言えば』と、ある事を思い出した。
それは店を出ようとした時の事だ。
食事を終え、代金を支払おうとした時、マイエンはイギーやルーナ達の分も払うつもりだった。
だが二人に「自分達で払うから大丈夫!」と断られたのだ。
マイエンからすれば自分の支払いのついでではあるし、昨日のお礼も兼ねての事だった。なので何気なくそう言ったのだが、二人は頑として「大丈夫」と譲らなかったのだ。
そのあまりにも頑なに拒まれた事に、マイエンは少し驚いていた。考えてみれば、昨日、ハンバーガーを渡した時も、ほんの少しだが様子が変だったな、とマイエンは思う。
何かしらの理由はあるだろうが、知り合って間もない相手が聞いて良い話題でもないような気がして、深く追求はしていない。
まぁ、聞いたら聞いたで、イギー達は話してくれるのではないか、とも思ったが。
マイエンは、人付き合いの、この辺りの微妙な匙加減があまり得意ではなかった。
元々がひねくれ気味な性格である。そのつもりはなくとも言った事で誤解された事はあるし、話がこじれる事も良くあった。
知り合いに「落ち着いて相手を見て話せば大丈夫さ」と言われたが、染みついた苦手意識はどうしようもない。
何とも言えない気分になって、マイエンはがしがしと髪をかいた。
「マイエンさん?」
「お腹でも痛い?」
そんな事を考えていたら、足が止まっていたようだ。
気が付けば、動かないマイエンを心配して、イギーとルーナが顔を覗き込んでいた。
そんな二人に、マイエンは「平気だ」と笑って首を振る。
「それじゃあ、町を案内するよー」
「ああ。よろしく頼む」
「最初、どこへ行く? 役所にジャンクショップ、食事処は今行ったし……」
「あ、自警団の詰所は?」
「あっそうね!」
ぽんと手を打つイギーにルーナは賛成する。
自警団、と聞いてマイエンは目を丸くした。自警団という組織を、中央ではほとんど聞かないからだ。
「へえ、自警団があるのか」
「うん、警察がないからね」
「…………何?」
自警団があるのは安心だな、などと感心して言った言葉に、さらっと恐ろしい言葉を返され、マイエンは真顔になった。
警察がないとはどういう事だろうか。あまりにも不穏な言葉に、マイエンは思わず聞き返す。
「警察がない?」
「そう。人手が足りないからって、中央からなかなか派遣されないんだ。駐在所自体はあるから、役所に申請して自警団の詰所として使わせて貰っているんだけど」
「…………」
マイエンは天を仰いだ。
(幾らなんでも、放置されるにもほどがあるだろう……!)
イギー達の言葉に、空気清浄施設を思い出し、マイエンは遠い目になる。
「マイエンさん、大丈夫?」
「色々ダメージが大きいが、大丈夫。……自警団だったか、つまり、警察代わりという認識で良いんだな?」
「そうそう。だから、何かあった時の為に、場所教えとくね」
「出来れば何も起きない事を願いたいがね……」
マイエンがこの辺境の星ヴァイツェンに移住してから数日。
知りたくなかった事実が色々と発覚していく現状に、マイエンはカルチャーショックに違い衝撃を受けていた。
「中央は、恵まれていたんだなぁ……」
政治の中心地というだけで、恵まれていた中央の星での生活を思い浮かべて、とりあえず空気清浄用の機械だけは早めに修理しようとマイエンは固く心に誓ったのだった。
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