第6話 突撃マイエンさんの朝ご飯


 そこにいたのは、二十代後半の男だった。

 すらっとした長身痩躯に、サラサラとした金髪、そして青色の切れ長の目。整った容姿というのはこういう人間の事を言うのだろう。

 服装は一般的な会社員のそれと同じだが、良い生地そざいを使っているのが、見ただけで伝わって来た。


(これは、あれだ。紳士か金持ちか、もしくは良い所のお坊ちゃんか、何かこう、そういう類の気配を感じる)


 幅の広い感想をマイエンが抱いていると、男は次にどう声を掛けたら良いのか迷っているようで、やや戸惑いがちな目を向けて来る。

 それにいち早く反応したのはイギーとルーナだった。


「カッツェルさん!」

「こんにちはー!」


 その男に向かって、イギーとルーナは元気に挨拶をした。

 どうやら子供達の知り合いらしい。

 カッツェルと呼ばれた男は、声を掛けられて少しほっとしたようで、ふわりと笑って、


「はい、こんにちは、イギー、ルーナ」


 と、挨拶を返した。

 カッツェルと呼ばれた男は、それからマイエンにも顔を向ける。


「こんにちは」

「ああ、どうも、こんにちは」


 挨拶をされたので、マイエンも返すように軽く頭を下げた。

 一瞬、自分の視界からカッツェルの顔が消えたので、マイエンはどう対応したら良いか頭の中で考えを巡らせる。


(さて、初対面の相手だ。仕事も出来そうな雰囲気である。第一印象は比較的残念な雰囲気になってしまったのが、とりあえず取り繕った方が良さそうだ)


 結論として、猫を被る事にしたようだ。

 マイエンはイギーとルーナの腕から、自分の腕を引っこ抜くと、服を整える。

 そして「コホン」と咳払いをし、改めて名乗ろうと口を開いた――――


「ほら、カッツェルさん! 前に言ってた移住者の!」


――――瞬間。

 狙ったかのようなタイミングで、イギーの言葉が遮った。

 顎を違えたマイエンは、半眼になってイギーを見たが、この元気な少年はまったく気にしない。


「そうなの! それでね、すごいの! リリのぬいぐるみをね、直してくれたんです!」


 さらにはルーナも一緒になって、マイエンがホシガエルのぬいぐるみを直した時の事を自慢している。

 マイエンは何か言いたげに口を開いたが、キャッキャッと楽しげな二人を見て、もう好きにしてくれと言わんばかりに肩をすくめた。

 やがて、しばらくして。

 二人から話を聞き終えたカッツェルは、先ほどの穏やかな表情から変わって、営業スマイルを浮かべていた。


「そうでしたか! いや、これはご挨拶が遅れました。 僕はカッツェル・ベリーと申します。ヴァイツェンを拠点にした、ベリー商会の代表を務めております」

「ベリー商会?」


 カッツェルの言葉に、マイエンは目を瞬いた。

 ベリー商会というのは、ここ最近、話題になっている紅茶メーカーの事である。様々な星で素材を探し、その星独自の紅茶の茶葉を作ったり、惑星同士の茶葉をブレンドしたりと、今までにない様々な種類の紅茶を取り揃えている。素材を採取する星の多くは、中央から遠く離れた辺境という事もあって、辺境の星にとっては救世主のような存在である。

 しかもその紅茶派味も美味しく、価格もお手頃。文句の付けどころがない、とはこういう事を言うのだろう。 

 ちなみに紅茶派のマイエンも、ベリー商会の紅茶は良く飲んでいる。新作が出るという情報を聞けば、即座に予約するはまりっぷりだ。

 だがしかし、そんなベリー商会の代表が、こんなに若いとは思っておらず、素直に驚いた。


「……意外と若い」

「ははは、良く言われます」

「ああ、いや、失礼」


 思わず呟いたマイエンの言葉に、カッツェルは気を悪くする事はなく、にこりと微笑んだ。

 実力に年齢は関係ない。だからこそ、つい言葉に出してしまった事に、マイエンがバツが悪そうな顔をしていると、


「カッツェルさんは、ヴァイツェンの支援をしてくれているんです」

「そー! カッツェルさんが来てから、食料も前より届くようになったんだよ!」


 と、イギーとルーナがカッツェルの事を教えてくれた。


 ここ、ヴァイツェンは前述の通り、辺境にある星である。

 いくら"移動短縮ワープ"を駆使しても、中央から一週間はかかるほど、遠い場所に位置する星だ。

 そのため、食料品や日用雑貨など、なかなか届かない上に、輸送費に掛かる金額も大きい。

 また、観光地らしい観光地も存在せず、とうの昔にホシガエルブームが去った今では、観光客もなかなかやって来ない場所である。宇宙船も、予約がなければ燃料の無駄遣いだと、途中で引き返してしまうくらいである。とにもかくにもビジネスには向かない場所だ。

 そんな場所に商会を構えても、いかにメリットがあったとしてもデメリットの方が多いだろう。


 だが、それは商売をする側の話である。

 辺境とは言え、そこに商売の拠点となるものがあれば、少なくとも営業に回るビジネスマンの分だけ、宇宙船の予約は発生する。予約があれば宇宙船はヴァイツェンまでやって来る。そして宇宙船が運行されれば、そのついでに物資も運ばれる回数も多くなるのだ。

 品物が当たり前のように届くという事。それはヴァイツェンの住人達にとっては、とても喜ばしい事だった。


「素晴らしいですね」


 マイエンは感心してそう言った。

 ベリー商会がやっている事を、言葉にするだけならば簡単だ。だが、それを実行する事は難しい。例え何かしらの思惑はあったとしても、その結果、人々は喜んでいる。それは素直に凄い事だと、マイエンは思った。

 マイエンのそんな視線と、イギーとルーナのキラキラキラした眼差しが、まっすぐにカッツェルへと向けられる。

 それを受けたカッツェルは、照れて真っ赤になると、手をぶんぶん振った。


「いえ! 僕は、自分の商会にもメリットがあるからと、ここを選んで始めただけですし!」

「それでも、前より生活が楽になったんだ。カッツェルさんには感謝してもしきれないよ」


 イギーの言葉に、カッツェルは顔をかいて、照れ臭そうに笑う。

 良い人なんだろうな、とマイエンは思った。

 さて、そんなカッツェルはしばらくあたふたとしていたが、話を逸らすように「そう言えば」と手を叩く。


「そう言えば、三人で何をしていたのですか?」

「あっそうだった! 俺達、これからご飯を食べに行くんだよ!」

「お昼ですか? 少し早めですね」

「ううん、朝飯!」

「はい?」


 カッツェルは思わず聞き返した。

 恐らくは規則正しい生活をしているであろうカッツェルにとっては、十時半過ぎの朝食というものが良く分からなかったようだ。

 不思議そうに自分を見るカッツェルの視線に居た堪れなくなったマイエンは、観念したように息を吐く。そうしていったん家の中へと入ると、財布を持って戻って来た。


「ええ、朝食です」


 そう言いながら、カチリ、と家の鍵を掛け、マイエンはイギーとルーナに向けて軽く両手を開いた。

 降参のポーズである。

 イギーとルーナは拳を空に向かって降り上げると、マイエンの両腕にそれぞれ飛びついた。


「ひゃー! レッツゴー!」

「突撃マイエンさんの朝ごはーん!」

 

 二人は楽しそうにマイエンの腕をぐいぐいと引っ張る。

 にこにこ笑顔で力任せに引っ張られるマイエンには、たまったものではない。


「こら、引っ張るんじゃない!」

「それじゃあ、カッツェルさん、またー!」

「お仕事頑張ってくださいー!」

「ええ、お気を付けて」

「ちょっとおい! 引っ張るなって! ぐえっ」


 スキップでもしそうな勢いで歩くイギーとルーナに両腕を取られ、その勢いと振動の直撃を受けているマイエンは顔をしかめる。

 ああ、あれ痛そう。なんて事を思ったカッツェルはマイエンに同情めいた視線を向けながら、そう言えばとさっきほどの会話を思い出していた。


「……マイエン? どこかで聞いたことがあるような……」


 そんな事を考えながらカッツェルは「はて」と首を傾げる。

 彼の視線の先では、眉間にしわを寄せたマイエンが、イギーとルーナに引っ張られ、やがて見えなくなった。

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