第5話 ドラゴンとの邂逅

 俺はヴェルート国の緑豊かな都市、ヴェルドアルブにいた。


 ヴェルドアルブの近くにある山の頂上に、世界樹と呼ばれる巨大な樹がある。その樹は夜になると、数十年に一度、翡翠色に輝く精霊が集まって来て、幻想的な風景を生み出すそうだ。


 そして今日はその数十年に一度の精霊が集まる日。


 俺たちはその光景を見るためにヴェルドアルブに来た。


 世界樹のある場所は危険な魔物が多く生息する地域に囲まれているため、たどり着くのは容易ではない。ランクA冒険者でも一人では厳しいほどだ。


 だが、俺は一人ではなくランクA冒険者4人で結成されたパーティ、《双月そうげつ》で来ているため、それほど危険ではないだろう。


「いよいよだね〜」


 パーティの要である魔術師のソレイユが期待に満ちた眼をしている。


「えぇ! 楽しみね!」


 パーティメンバーのサルタが、腰に差した剣をなでながら、山の頂上を見据えた。


「油断しないでくださいよ。今から行く場所は危険なんですから」


 パーティの生命線である治癒士ヒーラーのソワンが金の髪をキチッと七三分けにして、俺達をたしなめた。


 俺はソワンの背中を軽く叩いた。


「わかってるって! だけどさ、お前だって楽しみだろ? この世のものとは思えないほどの絶景、そう言われてるんだぜ?」


「ま、まぁ確かにそれは楽しみですが……」


「だろ? だから早く行こうぜ! 今日は天気もいいし月も見えるはずだ! だからめちゃくちゃ綺麗な景色になるだろうからさ!」


 俺は空を見上げ、ギラギラと照りつける太陽を見る。


「ん?今何か影が横切ったような……」


「なにしてんのよ! 早く行くわよ!」


 サルタがこっちを睨みつけていた。


「わりぃわりぃ、今行く!」


 俺達は世界樹を目指して出発した。



 ◇◇◇◇◇


 妙に生命力溢れる木々が生い茂る中、俺達は山を登っていた。山の中は大きな木々が太陽の光を遮っており、少し薄暗い。


 だが、決して不気味というわけではなく、むしろ神秘的な雰囲気を醸し出していた。


 こんな雰囲気なのも世界樹があるからなのかもな。


 そんなことを考えていると、ソワンが思案げな顔をしているのに気づく。


「ソワン? どうかしたのか?」


「いえ、聞いていた話より魔物が多いのが少々気になりまして……」


「確かにちょっと多いかもしれないわね……! でもその分魔物を斬り刻めるんだからイイじゃないっ!」


 サルタが、オーガの頭を斬り飛ばす。オーガの首から間欠泉のように血が吹き出した。サルタは自分の髪の毛と同じ、真っ赤なその血をうっとりと眺める。


 サルタは血を見ると攻撃的な性格になってしまうという困った体質なのだ。


「サルタちゃ〜ん? また性格変わっちゃってるわよ〜。それに異変があるってことは危険かも知れないってことよ〜?」


「ソレイユさんの言う通りですよ。魔物達は何かから逃げているようにも見えましたし、気をつけなければ」


「何かから逃げている、か。こいつらはBランクの魔物だぞ? そこそこ強いヤツらだ。そいつらが逃げるようなヤツって言えば……」


「Sランク以上の魔物……ですかね」


 ソワンが冷や汗を流しながら言った。


「もしそうだとしたら、しっかり確認しねぇとヴェルドアルブのヤツらが危ないな。あの都市はそれなりの戦力はあるがSランクなんて化け物を倒せるほどの戦力はない」


「そうねぇ〜状況を確認して増援を要請しなきゃいけないものね〜」


 のんびりとした口調のソレイユだったが、その声色に少し焦りが混じっているのに気づく。


「まぁSランクの魔物って決まったわけじゃないんだ! 最悪の状況を想定するのはいいが、それで弱気になる必要はない!」

「そうよ!何が居たって斬ればイイのよ!」

「サルタ……Sランクがいたら逃げますからね……」


 呆れ気味にソワンが返すが、サルタの考えなしの発言のおかげでどうやら雰囲気はマシになったみたいだ。


 それからも会話を交わしながら山を登っていく。


 山頂に近づくにつれ、俺達は口を開くことが少なくなっていった。山は静まり返っており、鳥の声や虫の声すら聞こえない。周囲に生き物の気配が一切ないのだ。

 冒険者として培ってきた勘が危険だと告げている。そして、ここまで勘が強く働いた事は今までなかった。


「なぁ? これはやばくないか?」


 耐えきれなくなり仲間に問う。皆の顔を見ると、汗がびっしりと浮かんでいた。


「えぇ、そうね。間違いなく、恐ろしいナニカがいるわね」


 サルタも流石に性格が戻ったようだ。


「そうね〜魔物も一切出てこなくなったし、間違いないでしょうね〜」

「それでも行かないわけにはいかないでしょう。ヴェルドアルブが滅ぶ可能性だってあるんですから」

「そうだな、俺達が行くしかない、か。」


 俺達はたとえこの先にどんなものが待ち構えていても、進む覚悟を決めた。慎重に、だが確実に、ナニカがいる場所に近づいていく。


 すると


『人族よ、案ずるな。我に争う意思はない』


 突然頭の中に声が響いてきた。その声は重く、力強い声だった。


 そして、その声は俺にとてつもない衝撃を与えた。


 喋れる魔物だと!? それだけ知能のある魔物なんてSSランク以上の魔物くらいだぞ!? それとも魔族か!?


 みんなを見ると驚きで言葉もでないようだった。


 あぁ、くそ! しっかりしろ俺! 俺はリーダーだろ!? だったらこんな時こそ冷静にみんなに指示を出さないと!


「……行こう。向こうは争う意思はないって言ってるんだ。だったら大丈夫だろ」

「何を言ってるの!?どんな相手かもわからないっていうのに、そんな言葉を信じるっていうの!?」


 サルタが怒ったような表情で俺の方を見た。


「俺は相手との力量差がわからないほど弱くないつもりだ。これだけの力の差があれば、そんな嘘をつくまでもなく俺達を殺せるだろうよ。だったら本当である可能性の方が高い」

「た、確かに、それはそうかもしれないけど……」

「どちらにしろ、どんな相手かくらいは確認しておかないといけませんしね」


 ソワンはもう覚悟を決めたようだった。


「そうね〜それにスーノが決めたんだもの。私はそれに従うわ〜」

「わかったわよ! 私も腹をくくるわ!」


「それに俺達は何のためにここまで来たんだ? 精霊が集まるのを見るためだろ?数十年に一度なんだ見逃すわけにはいかないさ」

「うふふ〜確かにそうね〜」

「ぷっ。ええ、もう二度と見れないかもしれませんしね」

「あはは! 確かに見逃せないわね!」

「だろ? だからさっさと解決して、誰一人欠けることなく、みんなで一緒に見ようぜ!」


 いい感じに緊張もほぐれたみたいだな。


「じゃあ行くとするか!」


 しばらく進むと急に体が重くなったように感じた。この先にいるナニカの存在感のせいだろう。


 全員で一歩一歩踏みしめるように進む。近づけば近づくほど、その先にいるナニカの圧倒的な存在感をより強く感じ、気圧される。怖気づく心を奮い立たせ、竦む足を意志の力で動かす。


 この木を抜ければ……ヤツはいる! あと少しだ……あと少し!


 そんな思いと共に最後の一歩を踏み出す。すると、開けた場所に出た。薄暗い木々の中から急に出たせいで、太陽の強い光に目が眩む。


 ようやく光に慣れてきて周りが見えるようになった俺の目に信じられない光景が飛び込んできた。


 エメラルドのように輝き、強い意思を感じさせる眼。艶やかで、気品を感じさせる翡翠色の鱗。地に根を下ろすかのごとくどっしりと構えた、たくましい四本の脚。力強く、どこまででも羽ばたき続けられるだろう翼。鈍い光を放ち、万物を切り裂くかのごとく、鋭い牙。


 そこにいたのはSSSランクの魔物、エンシェントドラゴンだった。世界に八体しか存在せず、人の立ち入ることのできないような秘境に生息しており、国をたやすく滅ぼすことができるほどの力を持つという、伝説の魔物が目の前にいるのだ。


 あまりの驚きに固まる俺達を、エンシェントドラゴンはじっと観察する。


『少し落ち着け』


 エンシェントドラゴンがそう言った瞬間、強烈な風が吹いた。その風のおかげで冷静さを取り戻した俺は、緊張で乾いた口を動かし、エンシェントドラゴンに問うた。


「ど、どうしてエンシェントドラゴンがこんなところにいるんだ?」

『我はもう長くなくてな。死ぬ前にもう一度この世界樹に風の精霊が集まる美しい光景を見たかったのだ』


 そう言ったエンシェントドラゴンは少し寂しそうな目をしていた。


「長くないってどういうことなんだ?」

『魂がもうもたないのだ。あと十数年といったところだろう』

「魂がもたない? 何故だ?」

『我らの役目は魂を削る必要があるからだ』

「役目……?」

『それは制約によって話せぬ』

「制約ってなんだよ」

『それも話せぬ』


 エンシェントドラゴンは苦しそうな表情で首を振った。そして、真剣な表情になり、重々しく言った。


『人族よ、我ら・・の死に備えよ。我らが役目を果たせなくなった時、この地は大いなるわざわいに見舞われる』

「わ、禍ってなによ!」


 サルタは驚きから回復したようだった。


『すまぬ、人族の娘よ』


 エンシェントドラゴンはそう言って押し黙った。エンシェントドラゴンの迫力に押され、俺達はそれ以上何かを問う事は出来なかった。


 それからしばらくたち、太陽も完全にその身を隠した。


 そのまましばらく静寂が保たれていたが、それを破ったのはサルタの驚きの声だった。


「あ! 見て! 精霊が来たわよ!」


 サルタが指をさす方向を見てみると、確かに緑に輝く精霊が集まって来ているようだった。


「綺麗ね〜」

「美しい、ですね」

「あぁ、すごいな」


 精霊はその数をどんどん増やし、世界樹を取り囲み、くるくるとまわり出す。それは精霊達が踊っているようで、月明かりと精霊たちの光も相まって、幻想的な風景を醸し出していた。


 精霊たちが増加が止まった頃、突然エンシェントドラゴンが空を見上げ、自らの体と同じ、翡翠色に輝くブレスを放った。


 しばらくすると、空からブレスの欠片と思しき、翡翠色に輝く塵のような物が降ってきた。


 天からの祝福のごとく降り注ぐそれは、世界樹の葉や枝、幹に付着し、世界樹をぼんやりと光らせる。

 翡翠色に薄く輝く巨大な樹の周りを、月のスポットライトを浴びた精霊達が舞う様は、まるで神話の一ページのようだった。


 俺はあまりの美しさに、言葉が出なかった。仲間たちを見ると、同じようにこの光景に魅入っていた。


 やがて、翠の雨はやみ、夜空の舞姫たちも帰っていく。

 俺は全ての精霊たちが帰ってしまっても、口を開くことが出来なかった。言葉にしてしまえば、さっきの光景の素晴らしさが薄れてしまう気がしたからだ。


 それは仲間たちも同じだったのか、誰一人口を開くことなく、余韻に浸っていた。


 そして、ようやく落ち着き、深くため息をつくと、突然強烈な風が吹いた。あまりの風の強さに、目を開けていられなかった。


『さらばだ。人族の子達よ』


 風がやみ目を開けてみると、エンシェントドラゴンの姿はなかった。空を見ると、翠の宝石を撒き散らしながら飛ぶ、巨大なドラゴンが月明かりに照らされていた。





◇◇◇◇◇


「と、まぁこれが俺がドラゴンに会った時の話だな。」


 父さんは誇らしげに語った。


 僕は興奮が抑えきれなかった。話を聞いているだけでも本当にワクワクした。ドキドキした。僕もその場に居れたら、そう強く思った。


「ぼくもぼうけんする!!」


 あ、抑えきれずに言っちゃった。これじゃあただの変なやつじゃないか。


 両親は僕の突然の宣言に、目を丸くしていたが、すぐに笑い出した。


「そうかそうか! ソーマも冒険するか!」

「うふふ〜ソーマちゃんも冒険者になるのね〜」


 冒険者。それもいいかもしれないな。何にも縛られず、自由気ままに旅をする、そんなのも悪くないかもしれない。


「うん! ぼーけんしゃになってたびするの!」


 僕のやりたいことが決まった瞬間だった。

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