第52話 旅立ちの日

 この村を出る日がついにやってきた。僕は太陽が登り始めた早朝に、馬車が準備されている場所に来た。フューはいつも通り頭の上にいて、まだ眠いのかほとんど動かない。

 セリアもすでに来ていたようで、僕に気づくと顔を上げた。


「早いね、セリア。イザギさん達は?」

「後で、来る」

「そっか、セリアだけ先に来たのか。僕の両親も後で来るんだってさ、先に行っとけって言われちゃった」


 今日のセリアの服装は、旅をするという事もあっていつもより装飾が控えめで、動きやすい格好だった。

 だからセリアの可憐さが損なわれているかといえば、そうではない。むしろ、スポーティーな感じがあって親しみやすく、可愛く見える。


 そんなセリアはどうやら荷物を持っていないようだ。それは僕も同じで、旅をするというのに持っているのは短剣や刀などの武器だけだ。


「空間魔法ってほんとに便利だよね。長旅でも荷物を手に持たなくていいんだから」

「ん、楽」


 空間魔法には、荷物を収納する魔術があって、それを活用しているのだ。だからどれだけ大量の荷物だろうと旅に持っていける。


〈便利とはいえ、空間魔法で空間を作ってそこに入れているだけだからな。お前が言ってたような中の時間を止めるような機能はねぇぞ〉

「うっ、あれは前世でのイメージのせいなんだよ。亜空間に収納するってなると、時間が止まってるのが定番だったんだ」


 この魔術を知った時は、てっきりお約束で時間も止めれるものだと思っていて、ソルに呆れられたんだよね。そして、ソル自慢の魔術にケチを付けたせいで、未だに根に持たれているのだ。


 時間は止められないとはいえ、この魔術の有用性は非常に高い。空間を作る時にこそ時間と魔力が必要だが、空間を作ってからはほとんど手間無く収納、取り出しが可能だ。魔力もほとんど必要としない。


 そんな自慢の魔術に、悪気は無かったとはいえ文句を言ってしまったのだ。多少の嫌味を言われるのは仕方ないが、嫌味を言われたい訳では無いので、なんとか話を逸らそうと辺りを見回して話題を探す。


「そういえば、この馬車馬がいないけど、どうするんだろ」

「御者、いない」

〈馬ってのは高価だからな。準備できなかった、とかじゃねぇといいな〉


 さ、流石にそれはないと思いたい。馬車だけ準備しても馬も御者もいなければ、旅なんて出来るはずもない。


 あれこれ理由を考え、話し合っていると父さん達がイザギさん夫婦と一緒に来た。


「ん? 馬がいない理由か? そのひつようがなかったからだよ。御者も同じだ。必要ない」

「ふふふ〜。どうしてかって言うとね〜。フューちゃん、見せてあげて〜」


 眠気がもう無くなったのか、フューは母さんの声に機敏に反応し、僕の頭から飛び跳ね、無駄に三回転を決めて僕達の前に降り立った。

 そして体をどんどん大きく膨らませる。そしてその体をぐにゅっと粘土のようにして、形を変えていく。


 数十秒後、僕らの目の前には立派な黒馬がいた。

 地を蹴るために太く、しなやかに発達した脚。どっしりとして、頼もしさを感じさせるたくましい体。つややかで、触り心地が良さそうな黒の体毛。

 大きさをわかりやすく説明するならば、軽自動車と同じサイズだと言えばいいだろうか。

 フューは、圧倒的な存在感をもつ馬に変身した。


 呆気に取られる僕とセリアに、父さんが誇らしげに説明する。


「フューが変身した馬は、ノワールホースっていうBランクの魔物でな。この間フューと一緒に仕留めてきたんだ。それをフューが捕食したから、変身できるってわけだ」


 二週間ほど前、フューと一緒にしばらくどこかに行っていたのはこのためだったのか。たしかに、フューが馬車をひいてくれるなら、馬も御者も必要ないね。


「フューはそれでいいの? ずっと馬車をひくって大変だと思うけど」


 フューはブルルと鼻を鳴らし、首を上下に振る。どうやらフューは僕達の役に立てるのが嬉しいらしい。


 セリアはフューに感謝を伝えるためか、頭を撫でた。その撫で心地が気に入ったのか、セリアはしばらくフューの頭を撫で続けた。

 そんなに気持ちいいのかな。僕も後で撫でよう。


 セリアがフューを撫でている間に、フューを馬車に繋ぎ、出発の用意を整えた。


「じゃあ、馬車のことも解決したし、そろそろ行くよ」

「ちょっと待った」


 そう言って父さんが僕を引き止めた。


「どうしたの?」

「ソーマに渡すものがあるんだよ。ほれ、餞別だ。持ってけ」


 父さんは僕に布に包まれた大きなものを投げ寄越した。


「おぉっと」


 想像以上の重さに、少し慌てながらもなんとかキャッチする。布を解いてみると、中には大剣が入っていた。鞘から引き抜き、刀身を眺める。色は光を吸い込むような漆黒だった。


「知り合いの鍛冶師に作ってもらったんだ。結構な腕利きだから、業物だぞ?」

「父さん、ありがとう!」


 今までの武器は全部ソルに魔法で作ってもらったものだから、それほどいい武器では無かった。これは魔法で作った武器なんかより遥かに良い武器なのが見ただけでわかる。

 かなりの値段がしたはずだ。これは最上級品と言っても過言ではないほどの業物だ。


「私からはこれよ〜」


 母さんは五冊ほどの本を渡してくれた。


「ソーマちゃんが気に入ってた《魔道の極め方》と、後は名所なんかを紹介してる本よ〜」

「凄く嬉しいよ! ありがとう!」


 馬車に乗っている間の暇潰しにもなるし、面白い場所に行くために旅に出る僕にとっては非常に嬉しいものだ。


 セリアも、イーナさん達に何かを貰っているようだった。イーナさんがセリアに何か耳打ちしていたけど、何を貰ったんだろう。


 僕とセリアは餞別の品を受け取り、空間魔法で収納すると、馬車に乗った。馬車についている窓から、二人並んで顔を出す。


「ソーマ、ソル、元気でな、しっかりセリアを守るんだぞ」

「ソーマちゃん、ソルちゃん、セリアちゃんも、ちゃんとご飯食べて、体を大事にするのよ〜」

「セリア、気をつけて行ってこい」

「セリア、幸せに過ごしてね、いっぱい、いっぱい楽しい楽しい思い出作るのよ」


 僕の両親とイザギさんは笑顔で送り出してくれたが、イーナさんは泣き笑いになっていた。他のみんなも我慢しているだけで、寂しく思っているのだろう。どこか無理して見えた。


 フューが歩き出し、馬車が村を出る。僕とセリアは窓から身を乗り出し、みんなが見えなくなるまで手を振り続けた。


 村とはここでお別れだ。いつかは帰ってくるだろうけど、長い間会えない。それは悲しいけれど、この先にはたくさんの出会いが待っている。だから、前を向いて、明るくいこう。





 ――――でも、今だけは、寂しさに浸っていてもいいよね。


 僕とセリアは、静寂の中で故郷との別れを惜しんだ。

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