第51話 最後の晩餐
荷造りと言っても、旅に必要なものはほとんど父さんと母さんが揃えてくれている。だから僕が準備するのは、衣服や持っていきたい物くらいだ。
『ほぉ? それを持っていくのか』
ソルが言っているのは僕が袋に入れようとしている、セリアがくれた人形のことた。
「別にいいでしょ。僕の宝物なんだから」
セリアからの初めてのプレゼントだ。当然大切にしている。
この人形のモデルは幼い頃の僕だから、成長した今見ると少し気恥ずかしいものがあるけどね。
セリアにあげた木の人形はどうなっているかな。十年前のセリアをモデルにして作った人形。セリアへこの人形のお返しとして渡した人形だ。
流石にもう忘れちゃってるだろうな。
さてと、準備はこのくらいでいいかな。他には必要なものってないし、挨拶に行こうか。この村に戻って来ることがないとは言いきれないが、それでもしばらくは帰ってこないだろう。
だから別れの挨拶は必要だ。といっても親しくなれた人なんてほとんどいないんだけどね。
おっと、フューは違ったんだった。
「フュー、みんなにお別れを言っておいで」
僕はフューにそう言いながら、旅に出る旨を書いた紙を持たせる。これを見せれば事情をわかってもらえるだろう。
フューは了解したとばかりに一度大きく跳ねると、窓から出ていった。これから仲のいい人に別れの挨拶をしてくるのだろう。フューの知り合いは多いので、かなり時間がかかるかもしれない。
その後、僕も数少ない知り合いに別れを告げ、最後にセリアの家に来ていた。セリアはどうやら居ないようで、イーナさんとイザギさんが迎えてくれた。
すぐに家の中に案内され、椅子に座らされてもてなしを受けた。セリアからすでに旅に出ることは聞いているのだろう。少し寂しげな面持ちだった。
「明日、セリアと一緒にここを出るんだったわよね」
「はい、冒険者になって旅をするんです」
「行き先は決めているのかね」
行き先か。あまり考えたことは無かったね。風の吹くまま気の向くままに旅をするのが楽しそうだったから。とはいえ、全く目的がないわけじゃない。
「そうですね、具体的な行き先は決めてませんが面白い町を巡ってみようかと思ってます」
「面白い町……か。そうだな、面白そうな町といえば少し遠いが学園都市ビブリオートニスだろう。あそこには世界の知識全てが集まっていると言われる大図書館がある」
面白そうな町がないか、父さんに聞いてみようと思っていたけどイザギさんが教えてくれるとは。学園都市ビブリオートニスか。この世界の図書館ってのも面白そうだし、調べたいこともあったから丁度いいね。
「学園都市というだけあって、様々な学校があるし楽しめるかもしれない。年に二度ほど学校同士で競い合う魔道祭というものが開かれているんだ。開催時期は一ヶ月後くらいだったはずだ。ここからビブリオートニスまでは馬車で一週間と三日ほどで着くはずだから、きっと間に合うだろう」
魔道祭、なんだか心躍るワードだ。是非とも見てみたい。
『魔道祭か。魔道のかなり派手な祭りだぜ。ま、所詮は学生のお遊び程度の魔道だけどよ』
興味無さそうな口振りだが、かなり楽しみにしているのが長年の付き合いでわかる。ソルのためにも絶対行かないとね。
「それは面白そうですね! じゃあ最初の目的地はそこにしようと思います」
「そうか、力になれてよかったよ」
イザキさんはその強面の顔を少し緩めて、嬉しそうに言った。そして、その顔を引き締め、真面目な顔になる。
「ソーマ君、セリアをどうかよろしく頼む」
イーナさんもその横で神妙な面持ちで頭を下げた。
「私からもお願いするわ。どうかセリアを幸せにしてあげて」
二人の顔はすっかり親の顔だった。十年前とは似ても似つかない。二人がセリアの親になろうと努力してきたことを、僕は知っている。だからこれは不思議でもなんでもない。二人の努力の結果だ。
だから僕も、このセリアの
「もちろんです。セリアは僕が守ります。付いてきたことを後悔なんてさせません」
「それを聞いて安心したよ。セリアはこんな立派な男と一緒になれて幸せ者だな」
「えぇ、本当によかったわ。セリアを末永くよろしくね」
ん? なんかおかしいな。少し言い回しがおかしいような……。いや、気のせいだろう。旅のパートナーとして一緒になって、長い付き合いをするってことだろう。
小さな違和感はあったが、特に言及することなくその場は帰ることにした。家では、最後の晩御飯だということで、いつもより豪勢な食事の準備中だった。
ここでは滅多に手に入らない海産物や、鳥の丸焼き、豪華なフルーツの盛り合わせに父さん秘蔵のお酒。
どれも手間暇かけられていて、昨日の晩から仕込んでいたであろうものまであった。
これでもまだ完成ではないらしく、部屋で待つように言われる。机に並んでいる料理だけで、十分すぎるほどの量があった。なのにこれ以上作るつもりなんだろうか。
部屋でのんびりと待っていると、フューがやっと帰ってきた。予想通りかなり時間がかかったね。それだけフューの人脈が広いということだ。
『スライムにすら劣るお前の人脈って――』
「言わないで! 別に人付き合いが苦手なわけじゃないんだよ!? ただ鍛錬に時間を割いてただけだよ!」
『そういう事にしといてやるよ』
心外だ。ちゃんと時間さえ作れば、もっと色んな人と仲良くなれたはずなのに。僕は人付き合いが苦手なんじゃない。それより鍛錬を優先しただけなんだ。
ソルとたわいもないことを話し続けていると、ようやく母さんから声がかかった。
「ソーマちゃん、パーティーの準備できたわよ〜」
「今行くよ」
あれ? パーティー? まぁ、あれだけ豪華だったらパーティーと言ってもおかしくないけど。
母さんの元に向かうと、そこにはセリアとイーナさん、イザギさんもいた。
「え? どうしてセリア達が?」
「明日ソーマ達はこの村から出るんだ。だからその前の日にお別れパーティーでもしようかって話になってな。三人をお呼びしたんだよ」
父さんがいたずらっ子のような笑みと共に理由を明かしてくれる。このことを隠していたのは、また僕を驚かせるためだろう。全く困った親だ。
「ソーマ、早く」
ご馳走を前にして、セリアが待ちきれないとばかりに僕を急かす。フューも僕の頭の上から飛び跳ね、自分の定位置であるフュー専用の椅子に座った。
僕も早く食べたかったし、父さんへの少しの不満を飲み込んで席についた。
「それじゃあパーティーを始めましょうか〜。遠慮なく食べてね〜」
母さんののんびりした合図でみんな一斉に食べ始める。
食べる勢いが一番凄いのはセリアだ。だか決して下品な食べ方ではない。むしろいいところのお嬢様のような上品な食べ方だ。いつもの無表情を崩し、幸せそうにぱくぱくと食べ続ける。
そんなセリアを見て、僕もなんだか幸せな気分になりながら、負けじと僕も食事に手を伸ばす。
母さんがいつもより張り切って作っただけあって、どれも絶品だった。
食事に集中していたせいで、せっかく飲めるようになったお酒には一切手を触れることは無かったが、まぁそれはいいだろう。またいつか飲む機会があるはずだ。
父さん秘蔵のお酒は、父さんとイザギさんによって飲み干された。
美味しいご飯を食べながら、楽しく会話を交わす僕達。この村での最後の夜は、こうして更けていった。
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