第53話 馬車の旅
少ししんみりした空気を乗せて、馬車が揺れながら走る。
「馬車って初めて乗ったけど、かなり揺れるんだね」
空気を変えようと、明るい声を意識しながら馬車の乗り心地について言及する。
〈この馬車は上等な部類だから、かなりマシだぞ〉
ソルは、馬車の中だからいつもより小さな文字を描き出す。
「こ、これでマシ? もうかなりお尻が痛くなってきたんだけど。セリアは揺れ、大丈夫?」
「ん、平気」
「そう? 激しい揺れだと思うんだけど」
ろくに舗装もされていない道なので、非常に良く揺れる。衝撃が直接お尻に伝わってくるのでかなりの痛みを感じる。
〈魔法を使ってるんだろ。そのくらい少し考えればわかるだろうが〉
「ん、正解」
セリアはこの十年で魔法の制御を磨いたおかげで、ある程度の魔法ならば属性眼を発現せずに使えるようになった。そのせいで魔法を使っていることに気づけなかったんだ。
「あ、そっか。魔法っていう手段があったね」
僕は座席とお尻の間に風魔法を発動させ、少しだけ浮いた状態にした。浮いているので、もちろん振動は一切来ない。
「おぉ、楽になった。これなら長時間馬車に乗っても大丈夫だね」
ついでに、少し暑かったので氷と風の属性を使った魔術を発動する。
「【
馬車の中が一気にひんやりとして、快適な空間になった。こんな魔術があれば便利だなぁと思って、前に開発しておいたのだ。
馬車をひいているフューも暑いかと思い、フューの周りの空気も魔法で冷やしてやる。嬉しそうにヒヒーンとひと鳴きしたあと速度をあげた。
〈貴族でもそうそう出来ねぇくらいの贅沢だな。こんな快適な馬車、魔道具で同じようにしようとしたらどれだけかかることか〉
「魔法って便利だね」
しばらく快適な馬車の旅を楽しんでいた僕達だったが、一つ問題ができた。
「暇だね……」
「ん、暇」
〈馬車の中はやることがねぇからな〉
「何か暇潰しになるようなもの……そうだ、チェスはどうかな」
僕の提案に不思議そうな顔をするセリア。ソルもきっと何のことだかわかっていないだろう。僕はチェスについて二人に説明した。
「面白そう」
〈暇潰しにはなりそうだな〉
「普通にやってもいいけど、魔法を使ったらもっと面白くなると思うんだよ」
せっかく魔法のある世界なんだから、遊びにも魔法を取り入れていきたいよね。それに魔法で動かすなら、ソルも参加しやすいし。
「駒を魔法で動かすんだよ。出来るだけ動きも本物っぽくしてさ」
〈悪くねぇな〉
「魔法……いい」
二人も賛同してくれたので、早速駒の作成に取りかかる。僕が使うのは氷魔法だ。理由は簡単で、クリスタルで出来ているかのような、透明感と高級感あふれる駒になるだろうからだ。
もちろん、氷が溶けないようにしておく。
本物のように動かすため、前世のチェスの駒のようなデフォルメされた形ではなく、出来るだけリアルな形にする。
関節も作るため、デッサン人形をイメージしながら手足がしっかり動くものをまず作り、そこにどんどんパーツを足していく。
特に、剣の部分にはこだわって作った。相手の駒を倒す時は実際にその剣で切り裂くことになったからだ。
「ふぅ、完成」
人数が三人だから、僕がソルとセリアの二人を同時に相手することになっているので、二セット分作り終えてから一息つく。
売り物になるくらいの出来栄えだ。十年前に魔法だけで作った某ゲームのフィギュアもどきとは比べ物にならない。自分の成長が目に見える形となり、少し嬉しくなる。
ソルもセリアも既に完成しているようで、駒を並べて待っていた。
ソルが作った駒は黒曜石で出来ているようで、艶のある黒色だった。無骨な鎧と剣をまとっていて、いかにも強そうな駒だ。
セリアはというと、なんと宝石のアメジストを使って駒を作っていた。土魔法で生み出したのだろうが、かなりの魔力を使っただろう。
こだわったのは素材だけではないらしく、駒には緻密な細工が施されている。鎧のデザインが凝っているだけではなく、剣にも美しい意匠が施されている。
実践で使う剣と言うより、儀礼用の剣といった様相だ。
アメジストの上品な紫の光が美しい。
「す、凄いねセリア」
僕の掛け値なしの褒め言葉にセリアはかすかに頬を緩める。
こういった細かい細工を魔法で施すにはとてつもなく繊細な魔法の制御が必要となる。こと、この制御力に関してはソルよりもセリアの方が上かもしれない。
「それじゃ、早速始めようか」
僕を待っている間にセリアが作ってくれた、黒曜石と大理石を用いたチェス盤に自分の駒を並べると、僕はまずポーンを前に進めた。
実際に戦っているかのように、慎重に歩く歩兵を再現する。
しばらく互いに駒を動かしていくと、セリアのポーンを自分のポーンでとれる状況になった。僕はポーンを動かし、目の前の敵に斬りかからせる。ポーンは三合ほど切り結んだあと、敵を斬り倒した。
セリアは演出にもこだわりたいのか、斬られたポーンを砂状にして散らせた。紫の粉が舞い散り、幻想的な光景を生み出す。
「け、結構難しいね、これ」
リアルな動きにするには、関節や重心を意識来て動かす必要がある。それはかなり神経を使い、そう簡単に出来ることではなかった。
事実、僕の動かしたポーンはかなりぎこちない動きだった。対するセリアは僕よりも段違いに自然な動きだったが。
〈かなりの制御力が必要となるからな。訓練にも丁度いいんじゃねぇか?〉
なるほど、遊びながら鍛えれるってわけか。それはいいね。
馬車が最初に寄る予定の村が見えるまで、三人で対局を続けた。
初心者のソルにはほとんど勝てたが、セリアには三戦目で負けてしまった。その三戦目以降は対戦相手を入れ替えながら戦ったが、コツを掴んだセリアに勝てる者はいなかった。
独学で字を覚えたくらいだし、セリアは頭が良いのだろう。
今度こそは勝つため、密かにチェスの特訓をすることを誓うのだった。
僕の密かな決意をよそに、馬車は新たな村へと近づいていく。もう一戦したい気持ちを抑え、僕は御者台へと向かった。
フューが馬車をひいてくれているので御者は必要ないが、御者のいない馬車が近づいてくれば村人達が怪しむだろう。面倒事を避けるには、形だけでも御者台に誰かいたほうがいい。
座席に一人いるのが嫌だったのか、セリアもついてきて一緒に御者台に座る。少し狭いが、二人で座れないこともない。
馬に変身したフューにつけられた手綱を握りながら、村へとゆっくり向かう。村の柵がある辺りにまで来ると、村人がやって来て迎え入れてくれた。
「ようこそ、私たちの村へ。ソーマさんとセリアさんだよね? スーノさんから話は聞いてるよ。ささ、こっちへ」
人の良さそうな男性が僕達を馬車置き場へと案内してくれる。
あぁ、父さんが僕達のことを話しておいてくれたのか。過保護だなぁ。
馬車を置いた後は、適当な理由をつけて案内をしてくれた男性と別れて、こっそりとフューを元の姿に戻した。
スライムになったフューを頭に乗せ、村の中を少し見回ることにした。初めてくる村なので、何があるか楽しみだ。
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