第54話 屋台巡り

 村に来た時、出迎えてくれた男性からある程度案内を受けていたので、どこに何があるかは大体わかる。


「まずはどこに行きたい?」

「屋台」

〈最初が食い物かよ〉


 この村は旅の中継地点として使われることがあるらしく、旅人向けの商売が小規模だが行われている。その一つとして、屋台が挙げられる。

 馬車を置きに行くまでの間にも、香ばしい匂いを漂わせる屋台がいくつもあったので、セリアはそこに行きたいのだろう。


「じゃあ、さっき通った串焼きの屋台にでも行こうか」

「ん、賛成」

〈ちっ、仕方ねぇな。まぁ、こういう村での買い食いってのも悪くはねぇか〉


 ソルからも素直じゃない賛同を得られたことだし、早速屋台に向かいますか。

 屋台に着くと、食欲をそそる匂いに誘われた客が結構いて、繁盛していた。だが、殆どの客たちは串焼きを一本しか買っていないようだった。

 量的には一本じゃ物足りないと思うんだけどな。

 不思議に思い値段を見てみると、銅貨五枚と書かれていた。これは屋台の品物としては少し高級な部類に入るだろう。


 貨幣の価値としては、僕の十年間の経験に照らし合わせて日本円に換算すると


 銅貨は百円

 大銅貨は千円

 銀貨は一万円

 金貨は十万円

 大金貨は百万円

 聖銀ミスリル貨は一千万円


 とまぁ、大雑把にだがこうなる。もちろん、価値の変動なんかもあって正確にこの通りという訳では無いが普通に生活する分にはこんな感覚でいいだろう。


 その感覚によると、この串焼きは一本で五百円相当ということになる。前世での焼き鳥ほどのボリュームしかないので、それなりにいいお値段というわけだ。

 客たちが一本しか買わないのはそういう理由だろう。


「さぁさぁ、昼食と夕食のちょうど間で、小腹を空かせた旦那方に奥様方! 坊ちゃんに嬢ちゃんも! そのすきっ腹を埋めるのに、ちょっとした贅沢はいかがかな! 滅多に食べられないオークの串焼きだよ!」


 値段が高いのはそういうわけか。魔物の肉というのは基本的に美味しい。魔力を含んでいればいるほど、何故か美味しくなるのだ。

 その中でも、とりわけオークの肉は食用に適している。その美味さと、Cランクの魔物の肉で入手が容易ではないことから、高級肉という位置づけをされているのだ。


「おじさん、この串焼き――」

「十本」


 一人二本、合計四本で良いかな、と考えていたんだけど全然足りないのか。おじさんは少し驚いた顔をしたが、商品が売れるのは大歓迎とばかりにホクホク顔で串焼きを手渡してくれた。


「まいどあり! 一本おまけしといたよ。お代は大銅貨五枚だよ!」


 僕はお金を取り出し、屋台の店主に渡す。旅の資金は僕が全部預かることになっているのだ。その資金は僕とセリアの両親が用意してくれたもので、かなりの額だ。多分、父さんが魔物退治とかで荒稼ぎしてきたんだろう。

 これだけでも三ヶ月ほどは余裕で暮らせそうだけど、それに頼り切りには成りたくないので、早く冒険者になって自分で稼がないと。


 セリアは串焼きを受け取り、僕に半分渡そうとしてきたが、三本だけ受け取った。僕達は歩きながら串焼きを食べることにした。


 セリアは片手に四本ずつ持って、早くも串焼きを口にしている。その横顔を眺めながら、僕も同じように串焼きを食べる。

 柔らかい肉を噛み締めると、まず濃厚なタレの香りが口の中に広がり、その強い風味にも負けずに、肉汁が溢れ出てきてしっかりと肉を主張する。

 流石高級肉だ。前世で食べた串焼きより断然美味しい。


 セリアもこの味に満足したのか、次々と串焼きを平らげていく。最後の一本を食べ終わる頃、セリアの目は次の屋台に向けられていた。きっとそこの料理を食べた後も、まだまだ屋台を回る気なのだろう。

 僕は苦笑しながら、セリアの食欲が満たされるまで付き合うことにした。


 日が暮れ始めた頃、殆どの屋台をまわり、セリアもようやく満足したようだったので、宿をとることにした。

 この村には一つだけだが、旅人や商人向けの宿屋があるらしいのだ。その場所は教えておいてもらったので、僕達は迷うことなくその宿屋にたどり着いた。


 宿屋に入ると、一階部分は食堂になっているらしく食事をしている客が大勢いた。

 その客たちは、ドアの開く音に気づきこちらを振り返ると、セリアに釘付けになっていた。パートナーのいる男性は抓られたり、怒られたりしている。


 セリアに見とれるのは無理もないことだろう。セリアは本当に美人に成長した。村の中を歩いている間も、殆どの村人がセリアを見てほうけていた。


 幸い、男の僕が隣にいることと、セリアが近づき難い雰囲気のおかげで話しかけてくる人はいなかったが、この場には酔っている人もいるので、面倒なことにならないうちに用事を済ませてしまおうと、受付のおばさんに話しかける。


「ここに泊まりたいんだけど、部屋空いてる?」


 日本ならもっと丁寧に話すべきだが、こっちの世界ではこの場面で敬語を使うのは不自然なので、かなり砕けた話し方をする。


「あぁ、空いてるよ。二人部屋を一つでいいね? 朝食と夕飯もつけて、一泊大銅貨六枚でいいよ。あと、壁は薄いから気をつけておくれよ」


 僕達を恋人同士だとでも思ったのか、おばさんがニヤニヤしながら言うの慌てて遮る。


「あ、二人部屋じゃなくて一人部屋を――」

「二人部屋、一つ」

「せ、セリア?」

「節約、大事」


 さっきまで屋台でかなり使った後で言うことかな!?


「セリアは女の子なんだし、男と同じ部屋はまずいよ」

「ソーマなら平気。それとも、ソーマは襲う?」

「そ、そんなことしないよ!」

「なら、問題ない」

『お前の負けだな』


 笑いをこらえるようなソルの声が聞こえる。

 ソルめ、他人事だと思って……!


 結局、部屋は二人部屋を取ることになった。決まったことは仕方ないので、とりあえずその部屋に入ってみた。

 部屋は少し狭いが、値段の割に結構清潔で居心地は良さそうだった。ベッドの質は少し悪いが、十分休めるだろう。

 問題は――


「ベッドが一つしかない……」


 頭を抱える僕をよそに、セリアが僕の服の裾を引っ張る。


「ご飯、食べる」


 さっきまで屋台をまわっていたのにまだ食べるつもりなのか。まぁいいや。僕もこの宿の料理は気になってたし、食べに行こうか。


 僕はベッドの問題を先送りにして、一階に食事を食べに行くことにしたのだった。

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