第55話 魔法動物園

 一階に降りて、宿の食堂を覗いてみるとほとんどの席が埋まっているほど賑わっていた。席を探してきょろきょろしていると、小さな女の子がとてとてと小走りでやってきた。


「お食事ですか?」

「うん、この宿に泊まったら夕食も付いてくるって聞いてね」

「それなら、こっちのお席へどうぞ!」


 女の子は愛らしい笑顔を浮かべて、嬉しそうに案内してくれた。明るい茶色のツインテールが機嫌良さそうに跳ねている。

 僕達はその女の子に着いていき、食堂の隅の方の空いた席に座った。その女の子は、木で出来たメニューを手渡してくる。


「この宿に泊まっている方は、この中から一つを選べます! 別料金で他の料理も頼めるので、ぜひ!」


 しっかりと教育されているのだろう。完璧とはいかないが、丁寧な口調で商品を勧めてくる。

 見たところ、歳は七歳程だろうに商魂たくましい子だ。


「じゃあ、おすすめを二つお願いするよ。一つは別料金で。セリアは?」


 僕はフューの分とあわせて二人前を注文する。


「これとこれとこれ。あとこれとこれも」


 セリアは次々とメニューを指さす。十人前は優に超えている。

 さっきまで屋台回ってたよね!? 長い付き合いだし、セリアがよく食べるのは知ってるけどこれほどとは……。


「お姉さんそんなに食べれるんですか!? 凄いなぁ。わたし、一人前も食べきれないから、尊敬します!」


 女の子は両手を胸の前で組みながら、アーモンド型の大きな目を輝かせる。しばらくセリアを尊敬の目で見ていたが、自分の仕事を思い出したのか、はっとしてパタパタと店の奥に駆けていった。


「随分しっかりしてて、可愛い子だったね」


 セリアのような目の覚める美人ではないが、素朴な可愛らしさみたいなものがあると思う。村人らしいというか。


〈あぁん? ああいうのが好みなのか?〉

「ソーマ、変態?」

「ち、違うよ!」


 どことなく機嫌が悪そうなセリアに、僕は慌てて手を振りながら弁解する。


「変な意味じゃないって! 子どもらしくて可愛いなって、それだけ!」


 未だに疑わしそうなセリアに弁解を続けていると、さっきの女の子が料理を運んできた。良かった、助かった。

 この機会を逃さないように、僕は素早く話題を料理にすり替える。


「お、料理が来たよ。すごく美味しそうだね!」


 まだ少し納得していないようだったセリアだが、料理の方が気になるのか、ひとまずその話題は置いておいてくれるようだ。


「ふふっ、ありがとうごさいます! お兄さん。残りの料理もすぐ持ってきますね!」


 流石に一度では持ってくることが出来ないので、複数回にわけて持ってきてくれた。最後の料理を運び終わると、その女の子は僕達のテーブルの空いていた椅子に座った。


「お兄さんとお姉さんって、この村の外から来た人ですよね! 良かったら、少しお話聞かせてもらえませんか?」

「いいよ」

「ん、かまわない」


 そんな純粋な瞳で見つめられたら、断れないよ。それに断る理由もないしね。こういった、旅先の人との交流も旅の醍醐味なんだし。


「あ、ごめんなさい。その前に、自己紹介が先ですよね。わたしはアラナって言います! この宿の看板娘をやってます!」

「僕はソーマだよ。旅をしているところなんだ」

「私はセリア。ソーマとの旅の最中」

「お二人共、旅人さんだったんですね! じゃあ旅のお話を……と言いたいんですが、その前に。頭の上のそれ、なんですか?」


 アラナは不思議そうな顔で、僕の頭の上のもの――フューを指さす。

 あ、村だとみんな慣れていたから不思議がられなかったけど、普通スライムを頭の上に乗せたりなんかしないよね。


「この子は、スライムのフューだよ。魔物だけど、僕がつくった従魔だから危なくないよ」

「お兄さんがつくったんですか!?」


 驚くアラナに、フューを差し出してみる。フューもアラナに興味があるのか、されるがままだ。

 アラナは恐る恐るフューに手を伸ばし、その弾力ある体を触る。


「わわっ! ぷるぷにゅってしてます! だ、抱っこしてみていいですか!?」


 フューが嫌がっていないようなので許可を出すと、アラナはフューを腕に抱き、見つめる。


「か、可愛い〜〜〜!」


 ほぼ球体の形になっているフューは、そのツヤっとして丸っこいフォルムから、村人達からも可愛いと言われていた。その可愛さはどうやらアラナにも通じたようだ。


 アラナはフューを抱きしめたり、撫でたり、軽く押しつぶしてみたりと散々楽しんでいた。しばらく堪能したあと、微笑ましいものを見る目で見ている僕達に気づき、頬を掻きながら顔を赤くする。


「ご、ごめんなさい。そ、それで、このフューちゃんをつくったって、やっぱり魔法ですか?」

「まぁ、少し違うけど大体合ってるかな」


 魔力を一箇所に放出してつくったっていうのが正しいけど、小さい子からしたらそれも魔法みたいなものだろう。


「お兄さんは魔法が使えるんですね! 若いのに凄いなぁ。みんな大人になってから覚えるんですよ?」


 え、魔法ってそんなに後になってから覚えるものなの? じゃあ、前世の経験とソルの助けがあった僕はともかくとして、セリアはやっぱり天才ってやつなのかな。


「これでも僕は十五歳だから、一人前の大人だよ?」

「そうなんですか? もっと若く見えました! 十二歳くらいかと」


 うっ、そんなに童顔なのかな、僕。結構男らしくなったと思ったんだけど。母さんには可愛いってよく言われるし……。身長のせいなんだろうか。もっと背が欲しい。


『そうだな、お前はガキっぽく見える。もっと背を伸ばせ』


 ソルの心無い言葉が胸に突き刺さる。伸ばそうと思って伸びるなら苦労はないよ!


 僕の苦々しい表情から、なにかまずいことを言ったと悟ったのか、アラナが慌てて話題を変える。


「お二人共大人ってことは、もしかして結婚してたりするんですか?」

「な、何言って、僕達はそんな仲じゃないよ!」


 成人するとともに結婚することは、多くはないが無いこともない。だけど、僕とセリアが結婚してるだなんて、そんな風に思われるとは考えたこともなかった。


「じゃあ、恋人?」

「それも違うよ」

「ふーむ? なるほどなるほどー!」


 アラナは何かを納得したように、腕を組んで何度も頷く。そして席を立って、セリアの方にとことこ歩いていくと耳元に口を近づけ、何かを囁く。


「頑張ってくださいね、お姉さん」


 聞き取れなかったが、セリアはその言葉を聞くと料理を食べる手を止め、ゆっくりうなづいた。


「どうしたの?」

「なんでもないですよ、それよりお兄さん、少しでいいので魔法見せてくれませんか? わたしもあと少ししたら魔法を教えてもらえるので、参考にしたいんです!」


 うーん、魔法か。どんなのがいいだろう。やっぱり子どもに見せるものだし、見てて楽しいものがいいよね。そうだな、子どもが喜ぶもの……動物とか?


「よーし、じゃあよく見ててよ」


 僕は水魔法で色んな動物を形作る。猫や犬、兎や羊、ゾウやキリンなんかを再現してみる。この世界でゾウやキリンを見たことはないからいるのかどうかわからないけど、楽しめればそれでいい。


「わあぁぁぁ!! 凄い! 動物さんたちがいっぱいだぁ!!」


 アラナは手を叩いて喜んでいる。


 動物達を本物っぽく動かしていると、セリアも参加したくなったのか水魔法を発動した。

 草や岩、木や小さな家などが作られていき、動物達の世界が出来上がっていく。さらにシャボン玉のようなものを作り出し、光魔法を使ってそれを輝かせる。


「凄い凄い! とっても綺麗っ!」


 そして最後の締め括りに、そのシャボン玉を全て弾けさせて、動物達をキラキラと光る光の粒で覆い隠す。

 セリアは光魔法で、様々な色に照らすという凝った演出をしたので、幻想的な風景になっていた。

 やがて光の粒が晴れると、動物達は姿を消していた。


「わぁぁ……」


 アラナはその光景にうっとりとして、熱に浮かされたような声を出す。数秒ほどその余韻に浸った後、ばっと僕達の方を見た。


「お二人はとっても凄い魔法使いなんですね!」


 そんな賞賛の言葉とともに、アラナは小さな手で拍手を始めた。すると、どこからともなく大きな拍手が聞こえてくる。驚いて音のした方を見てみると、食堂にいた人全てがこっちに注目していて、笑顔で拍手を送っていた。


「め、目立ちすぎたみたいだね」

『このガキが騒いでたしな。この程度の魔法でも使えるやつは限られてるんだ。目立つのは当然だ』


 ちょっと魔法で遊んだだけだったのにな。これ、誰にでもできるわけじゃないのか。魔法使いの最高峰の魔導師であるソルに教わったせいで、その辺の感覚がズレてるのかな。

 人の注目を集めるのに慣れていない僕は、居心地が悪く、部屋に戻ることにした。幸い、僕もセリアも食事を既に終えている。


「じゃ、じゃあ今日はもう寝るよ。また明日」


 僕は逃げるようにそう言うと、代金をテーブルの上に置いてからセリアの手を取って足早に二階へと上がり、部屋に入った。


「ふぅ、慣れないことはするものじゃないね」

「ソーマ。寝るの?」

「そうだね、明日の朝にはこの村を出る予定だし、体を拭いたら寝ようか」


 流石にお風呂なんてものは無いので、水で濡らした布で体を拭うのだ。父さんから旅ではそうなることが多いと聞いていたので、戸惑いはない。

 さっと体を拭いて早く寝よう。あまり疲れはないが、休める時にはしっかりと休んでおくべきだ。


 そう思って僕は寝床――たった一つしかないベッドに目を向ける。



 ――わ、忘れてた! 寝る場所どうしよう!!

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