第56話 一つ屋根の下

『じゃあな。オレは知らねぇから』

「え、ソル!? ちょっと待って!」


 僕の静止もむなしく、ソルは感覚の共有全てを切った。面倒ごとに巻き込まれたくなかったのだろう。

 今から魔術の開発でもするつもりなのかもしれない。困っている僕を放置して。


「どうしたの?」


 セリアが首をかしげてこっちを見ている。


「いや、ソルが逃げたみたいでね。感覚の共有を切っちゃったんだ」

「ソルは今、見えない?」

「そういうこと」


 セリアは二度、三度頷くと唐突に服を脱ぎ始めた。セリアの白磁のような肌がちらりと覗く。


「せ、セリア!? なんで脱いでるの!?」

「体拭いて、寝る」

「わ、わかった、僕が部屋の外に出るから脱ぐのはちょっと待って!」


 僕は慌てて部屋の外に飛び出す。ドアに背中をつけ、ずりずりと滑り落ちるように座り込む。


「はぁ、セリアにはもうちょっと恥じらいを覚えて欲しいな……」


 あんなに無防備だと、勘違いする人もいるだろうし。なんとかしてセリアに恥じらいを教えないと。


 そのための作戦を考えていると、部屋の中から水音が聞こえてきた。セリアが体を拭くために水を使っている音だろう。


「壁だけじゃなく、扉も薄いのか……」


 時折聞こえる水音に、セリアが体を拭いている様子が脳裏に浮かんでしまう。僕は頭を振ってそれを掻き消すが、やはりどうしても考えてしまう。

 この扉一枚向こうでは、セリアが一矢纏わぬ姿で……。駄目だ駄目だ! セリアは旅の仲間! 旅の仲間で変な妄想するなんて許されない!


 僕はセリアのことを考えないために、チェスの勝ち方を頭の中で考えることにした。


「終わった」


 ひたすら頭の中でシュミレートを繰り返していると、扉の向こうからセリアが声をかけてきた。


「じゃあ、入るよ」


 声をかけてから扉を開け、中に入る。もちろん、セリアは服を着ていたが、その服が問題だった。


 黒のワンピース型のキャミソール一枚という、かなり露出が多くスキのある服装だったのだ。

 艶めかしい首筋や鎖骨が大胆に露出され、丈の短いワンピースからは滑らかな白い太股が見えている。

 胸元も大きく開いているため、普段の服装では目立たない控えめな胸が強調されている。


 いつもの神聖ささえ感じる格好とは違い、露出が多く黒色基調とした服装は、蠱惑的な色気を演出していた。

 つややかで銀に輝く長い髪と、黒の服、そしてセリアの真っ白な肌。三色のコンビネーションがセリアをより美しくする。


「どう?」


 セリアが小首をかしげながら聞いてくる。セリアがよくするその仕草も、この格好だとまた違う魅力を生み出し僕の心を揺さぶる。


「に、似合っていると思うよ。その、凄く魅力的だ」

「良かった」


 セリアは少し口角を上げ、嬉しそうな笑みを浮かべる。再び揺さぶられる心を押さえつけながら、乾いた口を動かす。


「その服どうしたの? いつも夜はそんな服なの?」


 セリアは首を横に振る。


「村を出る前、ママがくれた。ソーマに見せなさいって」


 イーナさんの仕業か! イーナさんは何を考えてこんなことを……。これは僕に対する試練なのだろうか。


「そっか。その服、他の男の人には見せない方がいいよ。セリアが可愛すぎるから」


 こんな格好のセリアを見た男が変な気を起こさないとは限らない。なら、見せないに越したことはないだろう。


 セリアは少しだけ頬を赤くすると、小さく頷いた。


「元から、そのつもり」


 ん? あぁ、イーナさんに言われたから僕には見せたけど、本当は恥ずかしいんだね。セリアにもちゃんと恥じらいがあるみたいで良かった。


「じゃあ僕も体を拭くよ。セリアは――どうしよっか」


 流石にセリア見られながらは恥ずかしいし、かといってこの格好のセリアを外に出すわけにはいかない。どうすれば――


「闇魔法で隠せば、問題無い」


 そうだ、魔法という手段があったんだ。ちょっとパニックになって忘れてたよ。

 前世だとこんなふうにパニックになる事なんて滅多になかったのに……。アサシンとして鈍ってきたのかな。いや、こんな状況に耐性が無いだけか。戦闘時なら冷静に対処できるし。


 闇で体を覆い隠し、手早く体を拭いて寝る用の服に着替えると魔法を解除した。


「じゃあ、そろそろ寝ようか。僕は床で――」


 体を拭きながら考えていたけど、何もベッドで寝る必要は無いんだ。寝袋も持ってきているんだから、それを使って床で寝ればいい。そう思いついたが、僕の名案はセリアに遮られた。


 セリアは既に布団に入っていて、僕を見ながら不思議そうに言う。


「寝ないの?」

「いや、僕は床で寝るからベッドはセリアが使いなよ」


 セリアは少しムッとした表情になる。


「休める時に休む、旅の基本」


 うっ、確かにその通りだ。ベッドで寝るのと寝袋で寝るのとでは休息の質が違う。


「いや、でも――」

「早く、明日は早いってソーマが言った」


 セリアは自分の横をぽんぽんと叩きながら僕を急かす。しぶしぶ、僕はベッドで寝ることにした。


 セリアの横にそっと寝転がると、セリアが掛け布団をかけてくれる。その時にセリアの甘い香りがして全身が一瞬固まる。


 部屋の唯一の光源である、明かりの魔道具を消すと部屋の中は真っ暗になる。

 だけど僕の鍛えられた目は、闇の中でもある程度の視界を確保してしまう。横を見ると、セリアが無防備に目を瞑っている。

 しばらくすると、隣からは小さな寝息が聞こえてくるようになった。


 僕はセリアをなるべく意識しないようにしながら、目を瞑って必死に眠ろうするが、覚醒した脳は休まる兆しすら見せない。

 心臓はいつもより早いリズムを刻み、体はうっすらと汗ばむ。どれだけ意識の外に追いやってもセリアの気配や寝息を感じ取ってしまい、眠気がなかなか訪れない。



 結局、その日は一睡も出来なかった。

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