第57話 フューの速さ
窓から優しい光が差し込んできた。外からは鳥たちが歌う、楽しげな歌が聞こえてくる。
「朝、か……」
僕は体を起こし、目をこする。一日寝ないくらい、なんともないんだけど、一晩中隣のセリアを意識してたから、精神的にだいぶ疲れた……。
「んん……そーま? どう、して?」
僕の動く音で目が覚めたのか、セリアが上体を起こす。まだ寝ぼけているのか、僕がここにいる理由を忘れているようだ。
「おはよう、セリア。セリアが二人部屋にするって言ったんでしょ?」
僕はそう言いながらセリアの方を振り向いて――――直ぐに目を逸らした。
「せ、セリア、服、服」
セリアの服装は寝ている間の動きのせいで、片方の肩紐が外れてしまっている。肩が完全に露出していて、胸元もかなり緩くなっている。色々と際どい格好だ。
「ん……? そーま、おはよ」
セリアは夢うつつのまま挨拶をする。少し乱れた髪を気にすることもなく小首をかしげて、慌てている僕を見る。
「とりあえず、顔を洗ってきなよ。まだ眠いんでしょ?」
セリアの方を見ないようにしながら、セリアに目を覚まさせようとする。
「ん……わかった」
セリアはゆったりとした動きで手を前に出すと、魔法で水球を作る。その水球を顔に近づけ、ぱしゃぱしゃと顔を洗うと、その水を消滅させた。
「目、覚めた?」
「ん、ばっちり」
確かに、呂律がしっかりと回っている。目が覚めたというのは本当なのだろう。
「じゃあ、着替えてから朝ごはん食べに行こうか」
「ん、ご飯」
セリアと僕はベッドから降りて、互いに背を向けて着替え始める。後ろでセリアが着替えている状況に何も思わないと言えば嘘になるが、昨夜の出来事の衝撃が強すぎて、なんというか慣れてしまった。
着替え終わると、僕達は荷物を背負って一階に下りた。荷物は空間魔法で収納出来るが、不審に思われないようにある程度の荷物は自分たちで持つことにしているのだ。
空間魔法の収納というのは、利便性が高すぎる。人に知られると少し面倒なことになるかもしれない。
行商人には
絶対に隠したいというわけではないが、隠せるに越したことは無い。
一階に下りるとアラナが笑顔で迎えてくれた。朝も早いっていうのに元気だね。
「おはようございます! お兄さん、お姉さん……って、その荷物どうしたんです?」
「おはよう、アラナ。朝食を食べたらこの村から出ようと思ってね」
「もう行っちゃうんですか……お二人は旅人ですし、仕方ないですよね……」
旅人向けの宿の看板娘だけあって、別れに離れているのだろう。アラナは寂しそうな顔をしているが、引き留めようとはしなかった。
その悲しそうな表情に少し罪悪感を抱くが、ここで出発を延期しても更に別れがたくなるだけだ。それに旅を続けるなら、こんな別れは珍しくないものだ。
早く慣れないとね。
「それじゃあ、美味しいご飯で送り出しますね! お母さんにとびっきり美味しい料理をお願いしてきます!」
「うん、お願いするよ」
「美味しい料理、嬉しい」
僕とセリアの言葉にアラナは笑顔を浮かべて、厨房の方に走っていった。その元気の良さに僕はほんわかとした気持ちになり、笑みを浮かべる
空いている席に座り少し待つと、アラナが料理を持って来てくれた。
「お待ちどうさま! 当店自慢の野菜たっぷりシチューです!」
ごろごろと野菜が入っていて、非常に食欲をそそるシチューだ。
早速食べようとすると、フューがひょこっとテーブルの上に顔を出した。
実は、フューは昨日の晩から姿を消していたのだが、あまり気にしていなかった。というのは、それが珍しいことではないからだ。
たまに夜中にどこかに出かけているようなのだ。次の日にはちゃんと帰ってくるので、心配することもなくなった。
フューにもシチューを分けてあげてから、スプーンで掬って一口食べてみる。食べやすい大きさで、同じ形に切りそろえられた野菜は食感が良く、濃厚なシチューの良いアクセントとなっていた。
自慢の品というだけあって非常にレベルの高い料理だ。
「うん、凄く美味しいよ」
「美味しい……おかわり」
セリアは早くも食べ終わったようで、おかわりを要求する。アラナも昨日の様子から予想できていたのか、驚いた様子もなく厨房の方に再び走っていく
程なく戻ってきたアラナの両手には、シチューとバゲットが入ったカゴがあった。
「はい、おかわりです。こっちは焼きたてのパンなんですよ! シチューにつけて食べるととっても美味しいんです!」
焼きたてというだけあってサクサクのパンは、シチューとの相性が良く、いくらでも食べられそうだった。
セリアもとても美味しいそうに食べている。次々とおかわりを要求して、朝食とはとても言えない量のシチューとパンを平らげた。
シチューを食べ終わり、ポケットから取り出したハンカチで口と手を拭う。
「美味しかったよ。ありがとうね」
「ん、美味しかった」
アラナにお礼を言って、少し色を付けた代金を払うと僕達は席を立った。
「それじゃあ、そろそろ行くよ」
アラナは少し悲しげな顔をしたが、次の瞬間には笑顔を浮かべて手を振ってくれた。
「はい! また機会があったら来てくださいね!」
アラナと別れて、僕達は馬車を置いた場所へと向かった。馬車置き場は都合の良いことに人がほとんどいなかったので、その場でフューに変身してもらう。
たくましい馬へと姿を変えたフューを馬車と繋ぐと、一撫でしてから馬車へと乗り込む。合図を出すと、フューはゆっくりと歩き始めた。
門番の人に挨拶をして村を出た。後ろを振り返り、村を一瞥する。頭を振って気持ちを切り替えると、明るく声を出す。
「それじゃあ、旅を再開しようか!」
フューはリズミカルに音を立てながら馬車を引っ張っていく。村はどんどん小さくなっていく。僕は村を見るのをやめ、前を向く。
目的地の学園都市ビブリオートニスまでは、あと九日程で着く予定だ。だが、僕はそこでふと思いつく。
「フューが全力で走ったらどのくらい早く着くんだろう」
さっきの村に着くのも、本当なら日が暮れる直前の予定だった。だが実際に着いたのは昼を少し回った頃だ。
これにはフューの体力が関係している。本来ならこまめに休憩を挟む必要あるが、フューの体力ではその必要は無い。僕とセリアも魔法のおかげで、馬車の旅でもほとんど疲れないので休憩が必要ないのだ。
だから早く村まで辿り着けたわけだが、ただでさえ予定より早く進めている僕達が、更に速度まで出すと一体どれほど早く着けるのだろうか。
「試してみようか。ソル、この馬車はどのくらいの速さなら耐えられる?」
昨日逃げた罰として、朝食を食べ終わってから感覚の共有を戻したソルにたずねる。
〈前にも言った通り高級な馬車だからな。オレが魔力で強化すれば、まず壊れることはねぇだろ〉
「そっか、じゃあフュー、全力で走ってみて!」
僕のお願いに、フューは張り切って走り始めた。馬車はぐんぐんと加速していき、僕達は後ろに引っ張られるような力を受ける。それを魔法で打ち消しながら、窓から外を見てみる。
すると、恐ろしい勢いで景色が流れていっていた。前世の車以上の速度が出ているのは間違いないだろう。
「凄いよ、フュー!」
Bランクの魔物の肉体を再現している上に、ソルから教わった身体強化魔法を組み合わせたからこそ出せる速度だ。
この調子なら、明日か明後日にでも目的地に辿り着けるかもしれない。
時折魔物が姿を見せたがフューの速度に対応出来ずに、フューに轢かれるか置き去りにされていた。
順調な旅に満足した僕は、昨日のチェスの続きをすることにした。昨晩寝れなかった間はずっとこのチェスのことを考えていたので、セリアにも勝てるかもしれない。
「【
昨日作ったチェスの駒を、空間魔法で取り出し、チェスの準備をする。準備が完了すると、先攻後攻を決めた。
準備が全て終わり、勝負の火蓋が切って落とされた。
十時間ほどが経った頃、馬車がその歩みを止めた。僕達はそれまで、昼ごはんや休憩を挟みながらもチェスの勝負を続けた。我ながらよく飽きもせず続けたものだと思う。
その執念のおかげか、僕はセリアに一勝を勝ち取ることが出来た。まぁ、何十回と対戦した内の一勝なんだけど。
さて、馬車が止まった理由について説明すると、それは一言で完了する。
目的地、学園都市ビブリオートニスに
「こ、九日間の距離を一日で……」
フューのポテンシャルに驚きを隠せないが、なにはともあれ到着したのだ。学園都市ビブリオートニスに。
どんな町なのだろうか。今から期待で胸がいっぱいだ。
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