第67話 昇格
フューの背に乗って冒険者ギルドへ帰る途中、僕はソルに訝しげに問いかけた。
(ねぇ、ソル。さっきの戦い、本気出してなかったでしょ?)
『あぁん? どういう意味だ』
(そのままの意味だよ。魔王すらも倒した魔導師の力があってAランクの魔物に手こずるなんておかしい)
人類の敵とまで言われた魔王の力がAランク以下ということは有り得ないだろう。そしてその魔王を倒したソルの力もAランクなんてはるかに超えているはず。
そうとなるとソルが手加減したとしか考えられない。
『ちっ、流石に気づくか。お前らがせいぜい苦労すればいいと思ってな』
(なるほど、僕達に経験を積ませるために力を調整してくれてたってわけか。優しいね)
『そう思いたいならそう思っとけ』
素直じゃないなぁ。長い付き合いなんだから、そのくらいわかるってのに。
「どうかした?」
後ろからセリアの声が聞こえてくる。ソルと話していることを雰囲気から悟ったのかもしれない。
「なんでもないよ。ソルは優しいねってだけ」
「ん、ソル、優しい」
『ちっ……調子狂うぜ』
フューも賛同するように声を上げ、二人と一匹から優しいと評価されたソルは照れているようだ。
そんな様子がおかしくて笑いを漏らすと、ソルから不機嫌な舌打ちを貰ってしまった。
死闘のあととは思えないほど、穏やかな会話をかわしながら、ギルドに到着した。
ギルドの扉を開けると、ぴりぴりして殺気立った雰囲気が伝わってきた。ギルド内の全員がギロっとこちらを見た。
その中で、僕の担当をしてくれた受付嬢が慌てて駆けつけてきた。
「ご無事でしたか!」
僕達のもとまでやって来た受付嬢は僕達の服装を見て、顔を真っ青にした。
「どこかお怪我を!?」
「あぁ、いや。今はどこも怪我してないよ」
しまったな。着替えるのを忘れてた。
今、僕達の服装は土まみれで、特に僕の服装は酷かった。穴だらけで所々焼け焦げているし、かなりの量の血がついている。
そんな瀕死の状態に見える服装だと、心配するのも当然だろう。僕達が大丈夫だということを伝えると、受付嬢はほっとため息をついて頬を緩ませた。
「それで、何があったの?」
僕がたずねたのは勿論、ギルドの雰囲気のことだ。酒を飲んで騒いでいるものは誰一人としておらず、武器の手入れや体の調子を確認している者が殆どだ。
「はい。ソーマさんたちが向かった森で、Aランクの魔物、ドラゴニックゴブリンが確認されたのです。Bランク以上の冒険者を緊急招集して、今から討伐に行くところなのです。ソーマさんたちは遭遇しませんでしたか? よろしければ森の状況など、情報提供していただきたいのですが」
なるほど。僕達がドラゴニックゴブリンを見つける少し前に、他の冒険者が発見していたんだね。それでその情報をギルドに伝えたと。
……どうしよう。ここまで準備している人達の前で、ドラゴニックゴブリンはもう倒したから準備しても無駄だよ、なんて言えるはずがない。そもそも、僕達みたいな新人がAランクを倒したなんて知られたらどれだけ目立つことか……。
『あぁ、もうめんどくせぇな』
僕が悩んでいると、ソルが
どさっと、地面に投げ出されるドラゴニックゴブリンの死体。
大勢の冒険者たちの前で出されたソレは、その場の全員の視線を集め、ギルドを揺らすほどの大声を出させた。
「そ、そ、ソーマさん!? これ、ドラゴニックゴブリンですよね!? どうしてここに!? どこから出てきたんですか!?」
「えーと、その、僕達が倒したんだよ」
「Aランクの魔物ですよ!? 少し冒険者証を拝借致します!」
僕が首にぶら下げていた冒険者証をなかば奪いさるように手に取ると、魔道具の中に入れた。いつもは冷静で、出来る大人の女というイメージの受付嬢だが、今はかなり驚いているようだ。
「ほ、本当に討伐履歴がある……」
「信じてもらえました?」
「ごほん。失礼致しました。ドラゴニックゴブリンの討伐を確認致しました。ギルドマスターに知らせて参りますので、少々お待ちください」
咳払いの後、取り繕ったように冷静な口調に戻した。取り乱したのが恥ずかしかったのか、少し頬を赤くしている。
受付嬢が奥に引っ込むと、他の冒険者達が近づいてきた。おおかた、Aランクの魔物を倒した僕達に興味があるのだろう。登録したてで、最弱の魔物のスライムを頭に乗せた子どもがAランクの魔物を倒したのだ。興味を持たないはずがない。
まいったな。相手をするは面倒だ。それもこれもソルがあんなことをするから……。
『オレがああしなくても、どうせ誰が倒したかはバレて、遅かれ早かれこうなってただろうよ。だったら力を見せつける意味でもアレが最善だった』
一理あるかもしれないけど、目立つのは苦手なんだよ……。前世ではアサシンとして目立たず、隠密行動を心がけていたから、どうにも人の注目を浴びると落ち着かない。
冒険者達が話しかけようとしてきた時、ギルドマスターがやって来た。
「ふむ、ソーマというのはあの時の
これ幸いと、すぐさまギルドマスターに着いていった。僕達は奥の応接室に案内された。質のいい椅子に座り、受付嬢が出してくれたお茶を飲む。
セリアはお茶請けを遠慮なく堪能しているようで、受付嬢が慌てて追加分を取りに行く羽目になっていた。
「では、森での出来事を詳しく教えて欲しいのである」
ギルドマスターはその巨体を乗せるため、特注サイズの椅子にどっかりと座って、僕に向かってそう言った。セリアに言わなかったのは、セリアがお菓子に夢中だからだろう。
「わかりました」
「我輩は堅苦しいのは苦手なのである。もっと砕けた口調で構わないのである」
流石にギルドマスターには敬語を使うべきかと思ったけど、必要ないみたいだ。
「じゃあ、そうさせてもらうよ。えーと、僕達は依頼で森に行ったんだけど、浅い部分でオークにあったんだ。これは奥に何かあると思って行ってみると、ドラゴニックゴブリンがいたんだ」
「ふむ、周りにはなにか居たであるか?」
「いや、生き物の気配はしなかったよ」
「奇妙であるな。ドラゴニックゴブリンはゴブリンと集団で生活するはずなのであるが……。やはり例の件と関係があるのであろうか……」
ギルドマスターはそのつるつるの頭を掻き毟りながら言った。ギルドマスターの言葉には聞き逃せない部分があった。
「例の件?」
「ソーマ達も当事者であるし、知る権利くらいはあるであろう。最近、各地で突然変異した魔物が増えているのである。それらには三つの共通点があるのである。一つ目は、本来起こりえない突然変異であること」
ドラゴニックゴブリンもそれに当てはまるね。もっと魔力の濃い場所でしか突然変異しないらしいし。
「二つ目は、ドラゴンに関連していること」
二つ目もそうだ。ドラゴニックゴブリンにはドラゴンと同じ鱗があった。
「三つ目は、同族であろうと見境なく襲う凶暴性である」
これは今となっては確認出来ないが、周りにいるはずのゴブリンがいない理由もこれで説明がつく。ゴブリンたちはドラゴニックゴブリンに襲われ、死んだか逃げ出したのだろう。
「原因はわかってるの?」
「正確にはわかっていないであるが、一つそれに関連していると思われることがあるのである。今から十八年ほど前、エンシェントドラゴンがある冒険者に警告をしたのである」
それって……
「我らの死に備えよ、そう言われたらしいのである」
やっぱり、父さんのことだ! 父さんがしてくれたエンシェントドラゴンと会った話に、その警告もあった。
「その後も何人かエンシェントドラゴンから警告を受けたのである。その頃から突然変異する魔物が少しずつ増えてきたのである。変異先もドラゴン関連であるし、無関係とは思えないである」
確かに、時期も一致して種族も関係しているとなると、何かしらの繋がりがあると疑うのは自然だろう。
「この話はこのくらいにしておいて、そろそろ報酬の話をするである。今回は町にも危険が及ぶ案件だったので、この町の領主からも報酬が出るのである。ギルドからの報酬も合わせると……いくらになるのであるか?」
「……はぁ。
ギルドのトップなのに把握していないギルドマスターに冷たい目を向けながら、受付嬢が事も無げに告げた。
聖銀貨一枚といえば、日本円で一千万円だ。魔物一匹倒すだけで一千万円……。冒険者が一発逆転出来る職業だと言われるのも納得だ。
「色々と手続きがありますので、受け取りは明日以降でお願いしたいのですが……」
「わかった。じゃあ明日にでも取りに来ることにするよ。受付嬢さんに報酬を取りに来たって言えばいいのかな?」
「あぁ名前をまだ教えていませんでしたね。私はシュティエアと申します。私のところに来ていただければ、報酬をお渡しできます」
シュティエアさんか。しっかり覚えておこう。
「それと、冒険者ランクのことですが」
そうか。二百体くらい魔物を倒したし、Aランクの魔物まで倒したんだ。ポイントが溜まって昇格できるようになったのかもしれない。
今はGランクだから、三つ飛ばしてDランクまで昇格もあるかもしれない。Dランクと言えば初心者を抜け出して、ちゃんと冒険者と呼ばれるランクだ。普通はそこまでいくのに半年ほどかかる。
「お二人はCランクに昇格しました」
「し、Cランク!?」
Cランクは一人前と認められるランクで、普通は一年はかかる。三年かかってようやくCランクになったという人もいるくらいだ。
そんなものに、登録して三日の新人がなれるはずが無い
「Aランクの魔物のポイントは二万から五万ポイント程ですからね。驚くことではありません」
さ、流石はAランク。桁違いだね。
個別のポイントとしては、僕が約三万五千ポイント、セリアが約一万五千ポイントだった。これにはドラゴニックゴブリン以外の魔物のポイントも含まれている。
僕とセリアでポイントがかなり違うのは、ドラゴニックゴブリン討伐の貢献度の違いだろう。フューとソルの活躍が僕のポイントに加算されているのが原因だと思われる。
「ポイントを満たしても、試験が必要なんじゃ?」
「Cランクになるのに必要な試験は戦闘力をはかる試験だけである。ソーマ達は初日、我輩に十分な力を見せたので必要ないのである」
どうやら僕達は、冒険者として一人前のCランクに昇格したようだ。あまり実感はないが、かなり凄いことのはずだ。
……セリアはそんなことを気にもせず、お茶請けのお菓子を食べ続けていた。
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