第68話 大図書館

 他の依頼の報告と、討伐した魔物の素材を売却して、宿に帰った。合計で金貨六枚、六十万円程になった。

 ドラゴニックゴブリンの素材については、とりあえず保留にすることにした。鱗と爪しか素材にならないので、放っておいても腐ったりはしないので安心だ。


 かなり激しい戦闘で疲れていたのだろう。僕とセリアもベッドに入ってすぐさま眠りについた。

 神域での訓練も今日はお休みとして、体と心に十分な休息をとった。




 次の日の昼過ぎ、僕達は大図書館に来ていた。大図書館と言うだけあって、かなり大きな建物だ。大きさは前世の図書館の比ではない。高さは五階建ての建物と同じほどで、広さは小学校のグラウンドくらいはあるだろう。

 真っ白な壁にはシミ一つなく、厳かな雰囲気を感じさせる。


 中に入ると、一面本で埋め尽くされていた。一階部分は所狭しと本棚が並べられ、所々にテーブルと椅子が用意されている。

 そして驚くことに、本棚が三つとテーブルと椅子が一組だけあるエリアが、島のように幾つも中に浮かんでいるのだ。それぞれの浮島を繋ぐように、階段がかけられている。


「何これ、凄いね……」


 思わず感嘆の息を漏らしてしまう。今まで見たこともないような本の量と、その幻想的な風景に圧倒されてしまったのだ。


「ん、凄い……」


 セリアも同様にこの光景に驚いているのか、いつもよりほんの少し目を見開いている。


「ふふっ、お二人はこの大図書館のご利用は初めてですか?」


 青い髪をポニーテールにした、眼鏡が似合いそうな女性が微笑ましそうに話しかけてきた。僕の頭の上のフューに少し驚いた様子もあったが、僕の見た目がまだ子どもなこともあって警戒はしていないようだ。


「そうだよ。この街に来たばかりなんだ」


 少し気恥ずかしくて、誤魔化すように早口で言った。


「それでは、簡単にご説明致しますね。まず、入館料として銀貨一枚が必要になります。この入館料には保険金も含まれておりますので、本を汚したりなさらなければ大銅貨九枚が返却されます。ですので実質大銅貨一枚が入館料ということになります」


 本の価値は前世ほど低くないからね。保険金が必要になるのも頷ける。銀貨一枚という設定には、大図書館に品位の低い人を入れないという狙いもあるのかもしれない。

 悪く言えば、貧乏人の入館を防ぐための制限だ。銀貨一枚はそう簡単に出せる額じゃないからね。

 保険金が返ってきても、大銅貨一枚、千円が必要になるわけだ。たかが図書館に入るためには高過ぎるけど、学ぶ為にその程度も出せない人は来るなということなのだろうか。


「本の貸し出しについてですが、本の価値にもよりますが保険金が金貨一枚、それとは別に貸し出し代として大銅貨五枚が必要となります。中に浮いている本棚の本は貴重なため貸し出しできませんので、ご了承ください。以上で説明は終わりですが、何かご質問はございますか?」

「中に浮いている場所で階段が繋がっていない場所があるんだけど、あそこにはどうやって行けばいいの?」

「あぁ、それでしたら、全体をよく見ていただければわかりますよ」


 全体を……? あっ、あそこの階段動いてる! あ、あっちも!


「ふふっお気づきいただけましたか? 階段は定期的に動くようになっているんです。行きたい場所へ繋がるとは限りませんので、少し不便なんですけどね」

「どうしてそんな作りに?」

「本との一期一会の出会いを楽しんで欲しい、という館長の想いが込められているんですよ」


 なんというか、それだけのためにこんなに大がかりな仕掛けを使うなんて、館長さんはかなり変な人なのかもしれない。

 特定の本を探して大図書館に来る人もいるだろうに……。


「ということは館長がこの図書館を作ったの?」

「いえ、館長が作ったのは階段を動かす魔術だけです。この大図書館自体は、知識の神インテレティア様がお作りになったと言われています。ほとんど魔力を使わず、物をずっと中に浮かせる魔術や魔道具は人には作れません」


 神様が作った図書館、か。確かにこの図書館の壁も昔からある建物とは思えないほどに綺麗だった。あれも神様の力のおかげなのかな。


「館長、いる?」


 今まで会話に入ってこなかったセリアが、急に質問をした。館長が階段を動かす魔術を作ったと聞いて興味を持ったのかもしれない。セリアの魔法、魔術好きは昔から変わらない。


「申し訳ございません。館長は今留守にしております。いつ帰ってくるかはわかりません。数時間後か、あるいは今日は帰ってこないか……」

「ん、残念」


 セリアは少し肩を落とした。


「僕達が大図書館を出る頃には帰ってきてるかもしれないんだし、そう落ち込まないでよ。それより、早く本を読みに行こう」

「ん、わかった」

「それでは、入館料銀貨二枚頂戴します」


 銀貨二枚を支払い、僕達は本を探しに行くことにした。僕が探しているのは魔族についての本だ。十年前、フラムが僕達人族が魔族にした仕打ちを忘れないと言っていた。それが何のことなのかずっと引っかかっていたのだ。

 出来る範囲で調べてはみたものの、結局分からずじまいだ。だから、すべての叡智が集まっていると言われるこの大図書館で調べてみようと思ったのだ。


 セリアも手伝ってくれ、身体強化魔法で目を強化してタイトルから魔族関連の本を探し、二人がかりで調べてみたが――


「どれもこれも人族の都合のいいように改竄されているみたいだ」


 二時間かけて調べてみたが、魔物を従えた邪悪なる魔族が人族を襲って来た為、人族はそれに対抗しただけだと書かれている本しか見つからないのだ。どこにも人族の仕打ちについては書かれていない。

 フラムの言葉にも、ソルの、魔族全体が悪というわけではないという実体験にも反する。自分たちの戦争に正当性を持たせるため、過去をねじ曲げたようにしか思えない。


「あと探していない場所となると……浮島か」


 浮島は数百以上ある上に、階段が不規則に掛けられるため狙った場所に行けない。調べるのはかなり大変だろう。だが、浮島の本は貴重な物らしいので、僕達の求める情報が載っている本がある可能性は高い。


「どうしようかな……。ここからタイトルは読めるけど、行く方法が……」

「ソーマ、こっち」


 セリアが突然僕の手を取って歩き出した。何か考えがあるのだろうと着いていくと、階段を上り始め、数分後には魔族の本がある浮島へと辿り着いた。


「セリア、どうやったの?」


 当てずっぽうではないはずだ。セリアの歩みに迷いはなかったし、恐らく最短ルートでここまで来た。


「規則性、わかった」

「規則性? 階段の動きの?」


 こくん、とセリアは頷いた。

 数百以上の浮島を繋ぐ階段は、どう見てもランダムで動いているようにしか見えない。右隣と繋がったかと思えば、四つ左と繋がる。真下と繋がったその次は斜め右上と繋がる。と言ったふうに、ぐちゃぐちゃに動いている。

 セリアはそれに規則性を見出したというのだ。

 やっぱりセリアは頭が良いんだね。


 セリアの案内に従って探すこと三時間、未だに見つからない。一階の本よりは情報量が多いが、それもやはり改竄されているようだ。そもそも国家が隠そうとしていることなのだから、そう簡単に見つかるはずがない。この大図書館にも存在していない可能性すらある。


 諦めるしかないのかな、そう思ってふと後ろに振り向くとセリアがとある一点を見つめて立ちつくしていた。


「セリア、どうしたの?」

「あそこ、おかしい」


 セリアは自分が凝視している一つの浮島を指さす。


「おかしいって?」

「あの場所だけ、行けないようになってる」

「行けないって、階段が繋がらないってこと?」


 セリアは頭を縦に振る。規則性を理解しているセリアがそう言うということは、館長のミスでない限り意図的に行けないようにしているという事だろう。

 なぜそんなことをしたのか。読まれたくない本でもあるのだろうか。


「……行ってみようか」

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